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01 別れ話は駅前で

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「あのね秋空あきらくん、別れよっか」

 6月中旬のとある日曜日、三度目のデートの終わりで。
 俺の彼女ガールフレンド長谷部はせべ千冬ちふゆは、俺の元カノとなった。

「理由聞いてもいいかな?」

「だって、最近全然かまってくれないじゃん」

「俺が?」

「うん」

「今日のデートで何か気を悪くした? 楽しんでくれてたと思うけど」

 純粋な疑問。
 
 今日のデートの感触は悪くなかった。
 五番街のゲーセンでは千冬の好きな子猫のぬいぐるみをたった2回の挑戦でゲットしたし、姉さんが教えてくれたイタリアンの店も喜んでくれていたし……何が問題だったのやら。

「今日のデートは最高だったよ。猫ちゃんぬいぐるみ可愛いし、カルボナーラも美味しかったし」

「だよね。あれは本格的だったな。パルミジャーノ・レジャーノとペコリーノ・ロマーノを配合させた濃厚なチーズが──」

「黙ってくれる?」

「おっと失礼」

 つい語り過ぎた。
 姉さんがイタリアン好きなので、俺も気づけば詳しくなっていたのだ。

「あたしは別に、秋空くんが嫌いになったわけじゃないの」

「じゃあどうして?」

「秋空くんのあたしへの愛が、最近少なくなってきているような気がして……」

「そんなことないって。千冬可愛いし、大好きなのは変わらないよ」

「そんなんじゃだめ!」

 急に声を張り上げる千冬。

 ここは俺たちの暮らす佐世保させぼの中心地、佐世保駅の真ん前。
 夕方5時になり、友達を待つ高校生の集団や、ちょうど解散しようとしている大学生の集団がたむろしている。

 千冬の叫び声で、この街の人類が俺達二人に視線を注いだ。

 別れ話の最中という修羅場。

 佐世保という田舎では、カップルの修羅場など最高のイベントだ。

「わかった。愛してる。こう言えば満足してくれる?」

「そういうことじゃないの……」

 じゃあどういうこと?

「愛は言葉で示すものじゃなくて、行動で示すものだから」

「今日のデートで、ちゃんと行動で示したはずだけど?」

「ううん、手は繋いだよ? でも、もっとやることあるんじゃない?」

「キスとか?」

 残念ながら、俺はまだキス未経験だ。
 千冬は人生初の彼女だったわけだし、まだ付き合い初めて2週間くらいしかたってない。

 初心者にいきなり中級者の振る舞いを求めるのは間違ってる。

 ていうか、千冬の方も男女交際は初めてだと言っていたじゃないか。

「キスはもちろん、それ以上のエッチなことだって、高校生なんだからするものだよね?」

「そんなものかね?」

「そんなものなの」

 中学の時は、誰かと誰かが付き合う、という現象は珍しかった。
 3年生でも、クラスにカップルが2組いるかいないか。

 都会ではもっと恋愛が盛んだと聞くが……いや、俺の中学に独身貴族が多かっただけなのかもしれない。とにかく、高校に入学してたった2ヶ月程度で彼女がいることですらレアなのに、それ以上を求めてどうする?

「そういうことは自分たちのペースでやっていけばいいと思う。少なくとも俺は、千冬とどこかに遊びに行ったり、話したりするだけで楽しいんだ」

「ふぅん」

 素っ気ない感じで言っているが、実は嬉しいんじゃなかろうか。

 頬を赤らめ、わかりやすく視線を逸らす千冬。
 肩にかかるかかからないかぐらいのふわっとした巻き髪が、春のそよ風によって空中に舞う。

「とにかく、だから別れて」

「わかった。別れよう」

「え?」

 粘ることもなく、すんなり受け入れる俺。
 これには元カノ・・・の千冬も、丸い瞳をさらに丸くする。

 俺は見てしまった。

 ──千冬が、爽やか系イケメンと肩を並べて歩いている姿を。

「短い間だったけど、楽しかったよ」

 1週間ほど前、漫画を買いに行った帰りに、俺は千冬が別の男と親しげに歩いているところを目にした。

 俺の愛が足りないとかいう理由も、新しく好きな人ができた、もしくは、すでに彼氏ができた、という事実の言い訳なんだろう。

 少し傷付いた。

 でも、ほんの少し。

 元々俺は、恋愛をするような人間じゃないのだから。アオハルを噛み締めて生きている高校生じゃないのだから。

 元カノ・・・に背を向ける。

「ちょっと待って!」

「ん?」

「同棲してくれるなら、また付き合ってあげる。ていうか、別れないでいてあげるから」

 別れないでいてあげる、ね。
 吹っ切れた俺には癪でしかない。

 もう一度しっかり千冬を見つめてみる。

 うん、確かに可愛い。

 小動物のような円らな瞳も、小柄で華奢な体も、ペタッとした胸も。
 全てが千冬という高校1年生の女の子を構成していて、何かが欠けることは許されない。

 こんなキュートな女子と付き合っていたわけだ。人生は経験だよ主義の俺にとって、この経験は今後も重宝されることだろう。

「同棲はできない」

 俺は千冬の目を見て言った。言い終わると、すぐに踵を返し、我が家へと歩き出す。

 ていうか、何言ってんだこの人。

 高校生で同棲とか、フィクションではあるまいし、頭のネジが12本くらい外れているとしか言いようがない。

「それじゃあ、また学校で。千冬のことはこれからも友達だから。映画の話とか、またできるといいね」

「え? 嘘だよね……」

 茫然自失の千冬のために、もう一度振り返る。

「気を付けて帰ってね」

 デートでは女性を家まで送るのがルール。
 今の時代、そこまでしなくてもいいのではないか、とも言われているが、一応最後までエレガントでありたい。

 俺は理想通りに生きる。

 今日に限っては、振った相手に家まで送られるのは嫌だろうと思ってのことだ。

 新しい彼氏君と、幸せになってくれ。
 俺はフツメンだから、あの爽やかイケメンに勝てる気がしない。あの爽やかイケメンに負けるのなら、仕方ない。

 落ち込んでないと言ったら、それは嘘になる。自分に嘘はつけない。

 俺はこれ以上振り返らなかった。
 横断歩道を渡ればすぐのマンションに向かって、複雑な表情で足を動かす。



 ***



「秋空ぁぁああああ!」

 千冬は秋空が見えなくなると、膝から地面に崩れ落ちた。

 周囲の視線など気にしない。
 気にする余裕もない。

 ちなみに、駅には交番もある。
 この光景を青春の終わりと捉えるか事件の始まりと捉えるかで、交番勤務の警察の仕事量が変わる。

(そんなつもりじゃなかったのに……別れるって脅したら、絶対同棲してくれると思ったのに……)

 ──振ったはずなのに、振られた。

 一部始終を見ていた観客からすれば、振られたのは千冬の方だった。





《作者コメント》
 ちょっとヤバい系元カノですね、千冬さんは。

 少し補足ですが、この物語の舞台は佐世保させぼ
 佐世保バーガーとハウステンボスが有名な街です。
 本来なら佐世保弁という方言があるのですが、わかりやすさのために標準語にしています。

 現実ではなく、フィクションなのでご了承ください。


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《次回2話 姉がブラコン過ぎて》
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