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1章
狩る側の悲鳴にこそ意味がある
しおりを挟む服を買ってもらったあと、併設されている食堂に行くことになった。
「上着ありがとう。でも貰いすぎな気がするから、何か俺に出来ることがあれば、協力させてほしい」
「ん~。そしたら私とパーティーを組んで欲しいかな。さっきみたいなのに絡まれた時の断る理由の一つにも出来るし」
「そのぐらいなら構わない」
「やった!じゃあ連絡先交換しよ!」
「う、実はデバイスを持ってないんだ」
「嘘!?どうやって生活してたの!?」
「まぁ、ちょっと色々あってね」
「色々?」
「色々」
流石に会ったばかりの人に今まであったことを言うつもりは無い。はぐらかして別の話題を振る。
「とりあえず、次のダンジョン攻略の日を決めて集まろう。申し訳ないんだけど、俺はこのダンジョンにしか入れないから白羽根ダンジョンで頼む」
「分かった。じゃあ、さっきのチンピラが張ってたら面倒だから明日にしましょ」
「了解」
具体的な内容を詰めてレイナとは別れた。
「随分と静かだったじゃないか」
「ケケケケ。良質な食事には静かになるもんだ」
「良質?あぁ、暖色系だったからか。どのくらい力に還元されるんだ?」
「認識遮断が多少しやすくなる程度だ」
「それにも力を使ってたのか…」
「当たり前だろ。今はお前の余剰分で賄ってる」
「マジかよ」
「そんなことより、あのチンピラ共をしばきに行くぞ」
「その必要ある?」
「あるよ。あいつらは初心者狩りらしいからな。狩る側の悲鳴にこそ意味がある」
「どういうことだ?」
「俺らは正と負の感情を集めてるんだ。下卑た喜びに殺されるかもしれない恐怖で二度美味しいってことさ」
「なるほど。効率的ってやつか」
「そうだ。ああいう連中は単純だからな」
随分と酷い言い様だとは思ったが、カラレの要望は出来るだけ叶えてあげたい。
やるべきこと、やりたいこと、自分の在り方、未だに決めきれない信念。
これらを考える機会をくれたのだから。
変容を使い、レイナの姿になってからダンジョンの入口に戻ってきた。
あれからずっとこの辺りに居たという話を聞いたので、帰った事を知らないだろうという判断からだ。
警戒をしていない振りをして、あいつらが居る近くを通ると面白い様に釣れた。
「おう、姉ちゃん。さっきはよくもコケにしてくれたな」
「勝手に尻尾巻いて逃げたのはそっちじゃない。言いがかりもいいところだわ」
レイナの口調の再現が上手く出来ているか不安ではあったが、そもそもこいつらとは言い合いしている時しか会話していないから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「ふっ、この状況で口の減らねぇ姉ちゃんだな!」
「強気な女の泣き叫ぶ姿が俺は好物なんだ!いい声で鳴いてくれよ」
「おい、お前は最後だからな!お前の後じゃ使いもんにならねぇんだ」
チンピラ達がニヤニヤしながら近付いて来た。
カラレの言う通り、初心者狩りというのは間違ってないのかもしれないが、俺にはもっとたちの悪いモノに思えた。
恐らくこいつらは、初心者“も”狙いつつ女性をメインターゲットとしているのかもしれない。
ひとまず、このままだと俺が戦いにくいので、誘導を開始する。
逃げ道にちょうどいいところに居る男に向かってタックルをして突き飛ばす。
男は意外にもヒラリと躱したが、逃げ道は確保出来た。
タックルのために付けた勢いをそのままに人気がない方へと走った。
「もう逃げられねぇぞ!」
袋小路まで誘い込む事に成功した。
チンピラ達は、自分の欲望が満たされる様を思い浮かべてニヤニヤしている。
「これも正の感情になるのか?」
「ケケケケ。喜びなんだから仕方ねぇさ」
「なんか絶望感の方が集めやすそうだな」
「ちげぇねぇ」
「おい!何をブツブツ言ってんだ!ここまで来たら助けなんか期待出来ないぞぉ」
「それはこっちのセリフ。女の子にボコボコにされたって噂はさぞ行動しにくくなるんじゃない?」
この問いかけに対してチンピラ達はゲラゲラ笑い始めた。
「昨日デビューの初心者がC級の俺らに勝てる訳ねぇだろ」
「レベルは存在しないけど、影響はあるんだ。どんなにいいスキルでも無駄さ」
「じゃあ、あんたらはそれだけサボってたってことにしよう」
ここで変容を解除して元の姿に戻る。
「それにC級だろうが、この程度の変装を見抜けないようじゃ大したことないしな」
「ギャハハ、てめぇあの時の出しゃばり半裸野郎じゃねぇか!」
「お前もブチ殺してやりたいと思ってたからちょうどいい」
姿を表したことで、さっきまでとはまた違った喜色が見られる様になった。
「デビューしたばっかりの初心者が出しゃばっても良いことないって教えてやるよ!」
リーダーっぽいやつがさっそく突っ込んで来た。
一番火力が高そうなので一発受けてみる。
ドカッ!
っと激しい音が鳴ったが、ただの拳ではそこまでのダメージは受けないことが確認出来たので、行動の方針が決まった。
「C級は初心者にダメージも与えられないんだな」
「なんだと!おい!やっちまうぞ!」
ここで、3人全員が臨戦態勢となった。
始めに突っ込んできた男はそのままボクサーの様な構えをしているが、後ろの2人は、剣と槍を持っている。
刃物は適応出来ていても、出血はしてしまうので、服を守るために気をつけなければいけない。
「脱ぐか」
今にもかかってきそうだが、とりあえず服を脱いで投げ捨てる。
「ケケケケ。何やってんだ?」
「俺のスタイルだと破けそうだから。服も高いし」
「おい!雑魚!舐めてんのか!」
服を脱いだ様を見て挑発していると感じたらしい。
冒険者はTシャツでもちゃんと防具としての機能があるようなので普通はこんなことしない。
「くたばれ!」
槍持ちが鋭い突きを放ってくる。
俺は、粘着性の液体に成ることで槍を受け止める。
槍だけが貫通した状態で男が一瞬止まったので、顔を掴み口から液体を流し込む。
ほかの二人には見えにくい位置で行われたため、近付いて来ている。
俺は先日保存した火魔法を変質させて、自身を燃え上がらせる。
「うわっ!あっつ!」
慌てて下がった男達に燃えた液体を投げつける。
簡単に躱されるが、剣持ちの方に近づくことは出来た。
後ろから抱きつく様に纏わりつき、こちらにも強引に口から液体を流し込み呼吸を奪う。
呼吸が出来なくなったことで暴れ始めたが、顔を焼いて視界も奪う。
「離れろ!」
「やだね」
リーダー格に殴りかかられるが、こいつの打撃は俺には効かないので無視して武器を持っていた二人の脚を潰しにいく。
「シカトしてんじゃねぇぞ!」
構ってほしそうなので、相手をする。
この状況で逃げの選択をしないのはありがたい。
「一番弱そうだから相手しなかっただけだよ」
「なんだと!?」
逆上して拳の回転が速くなるが、ダメージは無い。
気にすることなく、先程と同じ様に呼吸を奪う。
呼吸を奪っただけでは、すぐに動ける可能性が高いので、アキレス腱辺りを金属に変えた手で斬りつける。
焼かれたことと呼吸を奪われたことで藻掻いている二人も同様に動きを封じて、一箇所に集める。
「なぁ、このままだとマズイよな?」
「当たり前だ!バカ。良いところで呼吸はさせておけ」
「分かった」
「繰り返し出来るなら、何回か繰り返しておけよ」
「分かった」
顔色が変わったタイミングで口に入れた液体を空気に変え、何か喋りそうになったところでもう一度液体を突っ込み呼吸を奪う。
しばらく続けていると、負の魔力が多く出始めてきた。
「これ、いつまで続ければいいの?」
「とりあえず一時間もやればいいだろ」
「そこまでやる意味は?」
「意図が読めないから更に不安になる。恐怖はマシマシよぉ!」
「でも、これだと悲鳴聞けないよ?」
「ありゃ例えだよ。きったねぇ悲鳴なんざ俺も聞きたくねぇし」
「分かりにくいなぁ」
「分からないリオンが悪い」
「で、こいつらは殺す?」
「どっちでもいいぞ」
「分かった。任せて」
しばらく繰り返して来たこの行動も終わりが近づいてきた。
「これで解放だよ。気分はどうだい?」
「ゲホッゲホッ。ぢがよるな」
「最高の様だね。今回は殺さないけど、次に君達が初心者狩りとかしたって聞いたら分かるよね?」
「もう、やりまぜん」
「カラレ、こういう信用出来ない場合にはどうすればいい?」
「今の俺にはなんも出来んから、とりあえず、大事なもんでも奪っとけ」
「大事なものか…」
今までに大切なものなんて持った記憶が無い俺には、何が大切なものなのか分からない。
性欲に忠実な奴らの大事なものって言えば何になるのか。
「じゃあ、睾丸でも引っこ抜くか」
「や、やめてくれ!それだけは!」
「なんだってやるから!」
「た、たすけくれ!」
「ん?何をそんなに慌ててるんだ。1つだけなら子孫繁栄も出来るから問題ないだろ」
「本当にもう悪いことはしないから!」
「でも、大切なものを奪わないといけないんだよ」
「金をやる!」
「それはみんなが大切なものだろ?別に要らないって人も居る」
「武器を渡すぞ!」
「俺は武器使わないし」
そろそろ面倒になって来たので、実行に移す。
「これで、大人しくなってくれよ」
「「「ぐあぁぁぁぁぁぁ」」」
「ケケケケ。きたねぇ合唱だぁ。おい、こいつらのポーション適当にかけとけ」
「了解。これはどうする?」
「大切なものだからな。そいつらに召し上がって頂こうぜ!」
「生で?」
「心配なら焼けよ」
ポーションを見つけ、それぞれの股間に振りかけ出血を止める。
意識までは失っていないようなので、火魔法で炙ってから、口の中に突っ込み吐き出さない様に口を塞ぐ。
男達は涙を流しながら、こちらを睨んでいる。
「じゃあ、約束だよ。初心者狩りや女性を弄ばないってさ」
チンピラ達を放置して俺は帰ることにする。
「ケケケケ。ミッション終了だな。いい感じに逆恨みも買えたし上出来上出来」
「上出来かもしれないけど、レイナまで巻き込まないかな?」
「そっちのが都合いいだろ。助けたら好感度爆上げよ」
「それ、危ないってことだよね?」
「ケケケケ。俺は知ったこっちゃないねぇ。あいつらを殺さなかったのもお前だしな」
「殺す訳にはいかないんだから、しょうがないだろ。」
とりあえずレイナは俺が守ることに決めた。
たぶんカラレは、逆恨みを買いまくって今日と同じ様に正と負の魔力を集める気なのだろう。
俺は巻き込まれる人が少しでも少なくなる様に立ち回らないいけない。
そう思わされる一日となった。
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