カメレオン小学生

ウルチ

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序章

眩んだ世界は足早に

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「あら、もう目を覚ましたのね」

あの女の声がした。
すると、何も無かったはずの空間にホログラムが現れた。

「私、これでも上位クラスの能力者なのよ?ホントに危険だわぁ」
「あ、あの!ここはどこなんですか?なんでこんなところに?」
「もっともな疑問ね。ここは、私の研究室。あなたの能力について知るためにここに連れてきたのよ」
「俺の能力って何なんですか?」
「教えると危険だけど、教えないと始まらないのよねぇ」

そんなことを言いながら、なかなか話そうとしない川北に俺は、イラついていた。

「危険危険ってさっきから言ってますけど、どう危険なんですか?」
「私の能力と相性が悪いの。ね、危険でしょ?」

なんてことないように言ったその言葉が信じられず、固まってしまった。

「それ以外には?」
「とっても有用な能力よ。それこそあなたの憧れた人助けできる能力ね」
「本当ですか!?早く教えてください!」
「しょうがないわねぇ」

そういってさっき受けた検査の紙を取り出した。

「あなたの能力は、「適応再帰」、あらゆる環境、事象に適応し、元の自分へと帰るって能力よ」

いまいち内容が分からなかったが、あらゆる環境に耐えられる可能性があることが分かり、ガッツポーズした。
そしてそこでふと疑問が生まれた。

「あの、なんで俺は、眠らされていたんですか?それに俺の憧れのことだって話してませんよね」
「あなたを眠らせたのはどんな能力なのか私が試したかったから、ほかの人間に連れていかれない様にするためね。憧れについては、あなたについて調べたからよ。そうすれば、どういう方向性で試していけばいいかわかりやすいじゃない?そういうわけだから、人の為になるように精いっぱい実験していきましょうね」
「はい!」

この人は、俺のことを思って動いてくれる人なんだとこの時に勘違いをした。
そこからは検証の日々。

最初はまだよかった。
サウナぐらいの温度の室内に24時間入れられる。
入ってすぐは暑くどうにもならないと思ったが、能力が働いているのか快適になっていった。

冷凍庫に閉じ込められる。
こちらも徐々に体が慣れていき普通に過ごせるようになった。

このほかにも、1日中電流を流されて過ごしたり、飲まず食わずで1週間、空気の薄い空間や魔力濃度の高い空間で過ごすといった、災害の際にありえそうなシチュエーションが試されていった。

「涼子さん!俺、いろんな人救えるね!」
「そうね。あなたはきっと立派な能力者になるわね」

川北は常に俺に優しかった。
俺がお利口さんだったのもあるだろうが、常に笑顔で、実験が終わるたびに、労いの言葉とともに抱きしめてきた。

この人は、俺の為に能力を伸ばしてくれているんだ。
頑張って期待に応えるんだ!
次第にそう思うようになっていった。

しばらくして俺は、家に全く帰ってないことに気が付いた。

「涼子さん、俺っていつになったら帰れるの?俺の能力は人を傷つけないし、家族に会いに行っても問題ないよね?」
「もう適応したか。ホントに厄介ね」

川北はボソッと何かを呟いた。

「大丈夫よ。次の検証が終わったら、ちゃんと帰してあげるから」
「本当!?」
「えぇ」
「よかったぁ。突然ここに来ちゃったから、絵麻さんたち心配してると思うんだよね」
「そうね。きっと心配しているでしょうね」
「帰ったら能力のこといっぱい自慢するんだぁ」
「立派な能力だもの。叔母さんたちも喜ぶでしょうね」
「どうしたの?涼子さんさっきから素っ気ない。もしかして寂しい?」
「え?えぇ、そうね、あなたがここから離れてしまうのは、とても寂しいわね」
「安心して!ちゃんと帰ってくるから!」
「そうね。リオンは私のところが居場所だもの」

この時の川北は、酷く暗い顔をしていた様に思う。

次は、再帰の部分の検証をしていくことになった。
実際、環境への適応は十分なほどに成果を出したからだ。
そして、この検証から相手が現れるようになった。
目の前には、プロレスラーよりも体格が良さそうなムキムキな大男。
手には、大きな槌を持っている。

「おい、研究者の嬢ちゃん。俺にこのガキを殴れっ
て言っているのか?」
「そうよ」
「冗談だろ?」
「事実よ。早くして」
「こんなヒョロガキ殴ったらすぐくたばっちまうぞ」
「あなた程度の力量では、そんなことにはならないから安心しなさい」
「はっ。俺もずいぶん舐められたもんだな」

そういって大男は、俺に歩み寄ってきた。
「悪いな、坊主。こっちも仕事なんでね。恨むんじゃねぇぞ!」
大男が振り下ろした槌が、俺の体を吹っ飛ばした。
槌が当たった瞬間、聞いたことのない砕ける音。
境界の分かりにくい空間の壁にぶつかるまで、ひどく長く感じた。
「ぐはっ」
壁に打たれた俺は、しばらく起き上がることが出来なかった。

(なんで涼子さんはこんなことするんだろう)

こんなことを考えていたと思う。

「おら。やったぞ。次はどうする」
「いえ、今日のあなたの仕事はもう終わり。明日また来てちょうだい」
「あいよ」

(うぅ。痛い。動けない。なんで無事なの。俺の能力は凄いんだ。痛い俺は凄い痛い…)

「なるほど。自身の危機であればあるほど適応する速度は速くなるのか。最高だわぁ」
近づいてきた河北が何か言っていたが、痛みが凄くて聞き取れはしなかった。

「リオン君、頑張ったわね。偉いわよ。時期に痛みもなくなるわ。頑張って」

そうして川北は俺は優しく抱き上げられ意識を失った。

それからは毎日のようにボコボコにされ続けた。

一番精神的にキツかったのは、3時間かけて腕を一周切られ続けたことだ。
腕にナイフが入り続けている違和感に流れ続ける血、俺を槌で殴った大男の苦虫を嚙み潰したような顔、痛みは最初だけで、ただただそれだけの時間が流れた。

ほかの痛みを伴う検証作業では、一瞬の出来事ばかりだったが、これは自分以外の人が巻き込まれた苦痛だったからだろう。

ある時、川北はとんでもないことを言い出した。

「リオン、今日はあなたの腕を切り落とそうと思うの」
「涼子さん!?」
「再帰がどの程度までの回復が可能なのか知る必要があるでしょう?」
「で、でも、もしも戻らなかったら腕が無くなっちゃうよ」
「安心しなさい。上級ポーションを用意しているわ。もし生えて来なくても修繕できるわ」

そういって川北は俺の頭を優しくなでた。

「わかった。俺、涼子さんのために頑張るね!」
「いい子ねリオンは」

その言葉を残し、川北は部屋を出ていき、代わりに斧を持った大男が部屋に入ってきた。

「おい、坊主。お前正気か?」
「おじさん、俺は正気だよ。これを乗り越えれば人助けできるんだ。頑張るよ」
「いや、だが…」
「及川さん、準備ができたわ。いつでもいいわよ」
「あ、ああ」

大男あらため及川は斧を振り上げ俺の右腕に振り下ろした。
飛び散る鮮血、力なく落ちていく右腕。
酷く緩やかに時間が過ぎていくのを感じていた。

(あ、ヤバい)

そう意識した瞬間、激痛に襲われ意識が飛びかけるが、飛びかけた意識は激痛に覚まされる。

周りがどんどん騒がしくなっていくが、俺はそれどころではなく、ただただ痛みに耐えていた。
これも今までの検証の成果なのか痛みに対する感覚は、とても鈍くなっていた。

そうして耐えていると川北が誰かを連れて戻ってきた。

「及川さん、その右腕は私のよ。あなたには渡さない」
「おい、それどころじゃねぇだろ!早く治療しろ!」
「治療したら実験にならないじゃない」
「な…」
「それから、クリアさん。しっかり仕事はしてもらうわよ」
「貰った金の分は、きっちり仕事する」
「そう。じゃあ、この子に余計な記憶は不要だわ。今の記憶は事故という認識にして、両親が死んでからの記憶は、私に引き取られたことにしてちょうだい。」
「承った」

ここからの記憶はあいまいだ。
俺は、川北を自身の親の様に懐き、新薬の開発のモルモットにされ、薬漬けにされても捨てられまいとする一心で耐え続けた。

ある日、川北が学会のためにしばらく研究室に戻ってこなかった時だ。
突然、俺は正気に戻った。
そして、腕を切り落とされた時の場面が思い出される。
今は、元に戻っている右腕を握りしめて叫んでいた。

悔しくて悔しくて仕方がなかった。
最初から利用するつもりだった。
俺のことなんか人として見ていなかった。

(逃げよう)

そこからは早かった。
俺が薬漬けにされているからという理由で警備は手薄になっていることも理解できている。
逃げるなら川北のいない今しかない。

こうして、さらに警備が薄くなる夜まで怪しまれないように正気じゃない振りを続けた。

そして決行の時。

「開いてる…」

俺がいた部屋を含め、セキュリティは不思議なほどに解除されていた。
10歳で捕まった時からろくな教育を受けていない俺ならば問題ないと思われている。
そう感じていた。

しばらくして守衛室が見えてきた。
あそこを越えれば外に出られる。
自然と早足になった時、扉が開いた。

「坊主…」
「及川さん」

そこには、俺の腕を切り落としたあの大男がいた。

「やっと正気に戻ったんだな」
「えぇ、情けない話ですけど」
「いや、仕方ねぇさ、あの女は魅了系の能力者だ。それだけじゃなく人を操る術ってのをよく理解しているらしいからな」
「りょう…川北が俺の能力と相性が悪いって言ってたのはそういうことか」

どんどん適応する俺に手を焼いたに違いない。
最終的には薬を使って優先的に対処しないといけない事を作っていたのかもしれない。

「及川さん、そこをどいてください」
「坊主、いや、リオン。謝らせてくれ」
「謝罪はいりません。通してください」
「ここのセキュリティは俺が解除したって言ってもこのまま通るか?」
「なんであなたが?」
「みっともねぇ償いさ。いくらでもお前を開放することは出来たんだ。だが、目先の金欲しさにそれをしなかった。だからだよ」
「そうですか」
「リオン、すまなかった」

そういって及川さんは深く頭を下げた。

「俺の気は収まらないけど、今は逃げることにします。頭を上げてください」
「なにか困ったことがあったらいつでも言ってくれ。俺が生きていれば助けになろう」
「そうさせてもらいます。ちなみに俺の背けっこう伸びてますけど、あれからどのくらい経ったんですか?記憶がすごくあいまいで」
「10年だ」
「は?」
「俺がお前の腕を切り落としたあの日から10年経っている」
「嘘だろ…」

とても信じられなかったが、この状況で嘘をつくとも思えない。

「監視カメラの映像も上手いことやっておく。足止めした俺がいうのもなんだが、そろそろ行け」
「そうですね。及川さんありがとうございました」

こうして俺は逃走に成功したのだった。
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