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2章 王国編

39話

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「若さって、すごいねえ」


眼帯の男はつぶやく。
渓谷を覗きながら。


下には川が流れる。
落ちたとしても、即死はしないだろう。


だが、普通はしない。
渓谷に飛び込むなど。


「皇女アリシア。想像以上だね」


「追いますか?」


「いいや。今日はやめだ」


眼帯の男は立ち上がる。
そして猟犬を抱える。


頭をなで始めた。
猟犬はうれしそうに舌を出す。


眼帯男の顔を舐めた。


「よ~しよし!いい子だ!」


「作戦が台無しです」


「構わんよ。目的は、一応達したんだ」


猟犬を投げ捨てる。
渓谷の下へと。


悲しい鳴き声が響いた。
犬の、断末魔が。


「・・・あまり無駄にしないでくださいね」


「無能は、いらんよ」


「撤収命令だ。帰るぞ」


兵士達に指示を出す。
彼らは装備を調え、来た道を帰ろうとした。


その時だった。


「お?」


「隊長?」


眼帯の男がよろめく。
肩を抑えながら。


そして音が響いてきた。
乾いた音だ。


拳銃ではない。
もっと、大きな音。


ライフルだ。


「ははは、外してやの」


森の奥から、男の声が聞こえてくる。


足音が響く。
一人ではない。


大勢の足音だった。
完全武装を施した兵士達。
彼らが取り囲んでくる。


黒い竜の紋章。
帝国への所属を意味する証であった。


「抵抗はしないでくれよ。面倒くさいから」


一人の男が出てきた。
月明かりが彼を照らす。


その男の名は、パウル。
アリシアと共に、王国に来た人物であった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「囲まれたねえ」


「笑い事ではないですよ、隊長」


帝国兵に囲まれる。
彼らは精鋭だ。


内戦を生き延びた猛者達。


訓練を受けただけの人間とは違う。
れっきとした生き残り達だ。


ただでさえ脅威だというのに。
彼ら全員が完全武装を施している。


こちらに銃を構えている。


「戦うのは、お勧めしないけど?どうする?誘拐犯さん?」


パウルは告げる。
少し相手を小馬鹿にするように。


「帝国の犬は鼻がいいのだね。もうご主人の匂いを嗅ぎつけてきた」


「ああ、そうだとも。鼻は、昔からいいんだ」


パウルは自身の鼻をつついた。
眼帯男の言葉をからかうように。


「おかしな奴だね」


「おかしな奴?ひどいなあ、お前達に言われたくはないよ」


「ほお?なぜ?」


「だって、お前の顔、見たことがあるもん」


パウルは指さす。
眼帯の男を。


目を細め、にらみつける。


「確か、北方遠征の時だ。共和国の軍人だろ、君。なんで王国の服を着ているのかな?」


「はははははは!それは秘密だよ!」


「あははははは!そうかい、それは残念だ!」


二人は笑い合った。


「「撃ち殺せ!」」


男達の声が重なる。
合図と共に、兵士達が引き金を引く。


銃撃戦の始まりだ。


「よくもうちの皇女様で遊んでくれたね」


「すごく楽しかったよ。生きていたら伝えてくれ。また遊ぼう、と」


「くたばれ」


パウルと眼帯の男が撃ち合う。
無数の銃弾が誘拐犯達を襲う。


一人、また一人と倒れていく。
あっという間に、蜂の巣だ。


「今度は僕たちが追いかけられる側かあ~」


「笑ってないでくださいよ!」


「でも、笑うしかないよ、こりゃあ」


すでに誘拐犯達は壊滅だ。
残っているのは眼帯の男ともう一人。


たった二人だけ。


それに対して帝国兵は無傷。
まだまだ余力を残している。


勝てる見込みなどなかった。


「パウル君、だったっけ?いい腕だね。うちに来ない?」


「戯れ言を」


「本心だよ。本気で勧誘しているんだ。兵士さん達も、どう?」


帝国兵は揺るがない。
彼らは皇帝陛下に忠誠を誓う者達だ。


動揺すら、してくれない。


「ダメそうだ。ごめんね」


「え?隊長?」


眼帯の男は拳銃を向ける。
残った最後の部下の頭に。


引き金を引いた。
部下の顔が吹き飛ぶ。


どさりと地面に倒れた。


「おいおい、仲間じゃないのかよ」


「情報吐かれても困るからね」


眼帯男は銃を捨てる。
そして走り出した。


渓谷の方へと。


「皇女様、真似させてもらうよ」


そのまま渓谷へと飛び込む。
川に落ちた音がした。


「逃がしちゃった」


渓谷を覗く。
パウルが嘆いた。


「部隊を回せ。下流をすべて捜索しろ。アリシア様が最優先だ。あの男は後でいい」


パウルは部下に指示をだす。
そしてため息をついた。


皇女の誘拐に、共和国の介入。
いろいろきな臭くなってきたからだ。


「とりあえず、生きていてくださいよ、アリシア様。死なれたら困るのです」


パウルは願う。
主の無事を。


よく誘拐される皇女様のことを。


彼女が落ちたであろう、渓谷を見つめながら。
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