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1章 帝国編

27話

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「陛下!?」


パウルの声が響いた。
戦艦クラーケンの艦橋に。


皇帝クロード。
彼は拳銃を抜いた。


そして銃口を向ける。
自分自身に。


パウルは、焦った。
皇帝の行動の意味が、分からなかった。


拳銃を、パウルに向けるのならば分かる。
自身を殺そうとする相手に向ける。


それが銃の正しい使い方だ。


にも関わらず。


クロードは自分自身に向けている。
自分自身を、傷付けるように。


理解など、到底できなかった。


「パウル」


引き金に指をかけた。
クロードはまっすぐ前を向く。


冷たい瞳で、見つめている。


「お止めください、陛下!」


パウルが叫ぶ。
拳銃を向けて、警告をする。


自決をやめてください。
さもなければ、撃ちます、と。


笑ってしまいそうなくらい、おかしな警告だ。


死のうとする相手に、殺します、など。
警告ですらなかった。


脅かされているのだ。
拳銃を持ち、脅すパウルの立場が。


必死にクロードに懇願をする。


もはや、どちらが脅す立場か。
攻守は完全に逆転していた。


どうしてこうなるのだ。
パウルは思った。


クロードに皇帝でいてほしい。
それが、彼の唯一の願いだった。


愛情深い父としてではなく、
皇帝としての冷酷な彼で、いてほしかった。


断じて、殺したいわけではない。
なのに、どうしてこうなるのだ。


「パウル、アリシアを、頼む」


「ああ!」


皇帝が引き金を引く。


パウルの右腕が無意識に動く。
乾いた音が響く。


クロードの、手を掴む。
拳銃を持っている手を。


そしてずらした。
銃口の位置がずれた。


弾がクロードの肩を貫く。
クロードはよろめき、地面へと屈んだ。


「なにを!しているのですか!」


パウルは狂乱する。
銃を捨て、崩れる皇帝を支えた。


急いで、手で傷口を押さえる。


血があふれ出してきていた。
クロードの意識は薄れていった。


(アリシア)


薄れゆく意識の中。
考えたのは、娘のこと。


数年間会っていない、大切な存在。
彼女を思い出しながら、クロードは意識を失った。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「この大馬鹿さんめ」


クロードは目を覚ます。
目の前にはクロージャがいた。


死んだはずにも関わらず。


目の前に。元気な姿で。
平然と笑っていた。


どうやら彼女に膝枕されてるようだ。


辺りを見回す。


明るく、暖かい空間だった。
懐かしい匂いもした。


クロージャの、甘い香りだ。
懐かしい、思い出の香りだった。


「クロージャ?」


「一人だけ、楽になろうとしないでよ」


クロージャは、怒っていた。
顔は笑っている。


けれど目は笑っていない。


彼女特有の怒り方だった。
このときのクロージャは怖い。


心ではなく、体にすら、染みついた記憶。


クロードは楽になろうとした。


多くの仲間達を殺した。
無実の民を殺した。


内乱を鎮圧するという名目で。
たくさん殺した。


罪の重さは、計り知れない。
その罪の重さが、クロードを苦しめる。


アリシアが生きている。
その事実は、喜ばしい。


だが、クロードは考えてしまった。
自身に、アリシアに触れる権利があるのか、と。


汚れきった手だ。
悪魔のような人間だ。


自身が触れば、アリシアが汚れてしまう。
そう、思っていた。


「俺には、ムリだよ」


クロードは弱音を吐く。


パウルの事は利用させてもらった。
自分が死ぬ、理由として。


生きていれば、アリシアは必ず自分の元に来る。
なでてもらおうと、やってくる。


拒絶する勇気など、なかった。


「弱虫なところは、変わらないね」


クロージャは笑った。
今度は、目も笑っていた。


「俺のせいで、君が死んだ」


「そうかな?」


「俺のせいで、父が死んだ」


「そうかも?」


「俺のせいで、一杯、無実の人が死んだんだ」


「そうだね」


「あのとき、俺が死ねばよかった」


目頭が熱くなる。
自身が泣いているのが分かった。


今まで封印していた気持ち。
心の奥底に、しまっておいた感情達。


彼らが、あふれ出してくる。
無様な姿だ。


男性として、成人として、皇帝として、
あり得ないほど愚かな姿。


「でもね、そんなあなたに、生きていて欲しい」


クロージャは、告げた。
クロードの手を握りながら。


「もっと、もっと苦しんで、クロード。あの子と、一緒に」


意識が薄れていく。
まぶたが重くなっていく。


「またね、クロード。今度は、すぐ来ちゃだめだよ」


◆◇◆◇◆◇◆◇


「・・・・・・」


「お父さん?」


クロードは目を覚ました。
鉄でできた天井が見えた。


そして、クロージャとそっくりな顔も見た。
涙を流しながら、顔を覗いてきている。


手が温かかった。
アリシアが、ずっと握っていたようだ。


血で汚れた、おぞましい手を。
何のためらいもなく。


「おかえり」


アリシアが、しがみついてくる。


あの子と一緒に、苦しんで。
クロージャに言われた言葉が、頭に残る。


苦しめ、か。
楽しめ、ではなくて。


実に、彼女らしいと、クロードは思った。


「ただいま、アリシア」


クロードは口を開く。


「うん」


おかえり。


ただいま。


それは、離ればなれであった親子が、
再会した証であった。
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