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1章 帝国編

22話

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「陛下、いかがいたしましょうか」


パウルは告げる。


戦艦クラーケンの艦内は騒然としていた。


エルメラの船が衝突したのだ。
同型艦であるリヴァイアサンに。


帝国の最新鋭艦。
クラーケンの姉であるリヴァイアサンは横腹を刺されている。


現在、同艦では大規模な白兵戦が行われているそうだ。


火砲の発達が著しい現在。
白兵戦など時代遅れの戦法だ。


故に、対策を知るものはすくない。
目の前の味方の危機に、どう対応すればいいのか、誰も分からないのだ。


「すぐに増援を送りましょう!クラーケンを接近させるのです」


「まて。それでは危険だ。こちらにまで乗り込まれるかもしれない」


「ではどうしろと!味方が苦戦しているのだぞ!」


臣下が叫んだ。
甲高い声だ。


あまりのヒステリックさに、パウルは耳を塞ぐ。


これだから馬鹿は嫌いなんだ、と思いながら。


「あのまま沈めてしまえばいいではないですか」


パウルは淡々と言った。


リヴァイヤサンとエルメラの艦。
現在はどちらも停止している。


クラーケンの主砲ならば、命中など容易だ。


下手に白兵戦という危険を犯す必要などない。


相手の土壌に踏み入ってやる必要はない。


こちらには強力な火砲があるのだ。
相手の届かないところから。


一方的に、なぶってやればいい。


それに、陛下にリヴァイアサンへ行かれるのも困るのだ。


アリシア様と、出会われてしまっては、とても困る。


エルメラとアリシア様。
どちらも海の藻屑にしてしまえる、チャンスなのだ。


「パウル!いい加減にしろ!味方もいるのだぞ!」


臣下が激怒する。
パウルの首を掴み、にらみつける。


鼻息は荒く、顔は真っ赤にゆであがる。


「どういたしますか、陛下?」


けれど、パウルは臣下を気にすることはない。


落ち着いた声で、皇帝に説いた。


皇帝クロードは、見つめていた。
冷たい目で、感情のこもらない目で。


目の前の、戦艦達を。


「・・・攻撃用意」


「陛下!?おやめください!あれは、味方なのです!」


「犠牲は、織り込み済みだ」


皇帝が攻撃の指示を出す。
クラーケンの主砲が動き始めた。


ひっそりとパウルはほくそ笑む。
これで、すべてが上手く終わるのだと。


◆◇◆◇


艦内は地獄だった。


たくさんの兵士さん達が傷ついている。
どうやら船がぶつかったらしい。


リヴァイヤサンが揺れて、壁に叩き付けられた。


私はなんとか無事だった。


でも、多くの人が、ひどいケガを負っていた。


手足があらぬ方向に、曲がってしまっている。


船医さんと共に、治療していく。
みんなの傷を。


艦内は血だらけだ。
うめき声が響いている。


やっと手に入れた、大切な居場所なのだ。


誰にも、奪わせたくはない。
みんな、元気でいて欲しい。


だから、必死に動く。
あふれ出る血を、必死に抑えた。


「あいつら、バケモノかよ!」


「しゃべってねえで手を動かせよ!」


兵士さんが叫んだ。
悲鳴のような叫びだ。


反乱兵達に向けて、言っている。
彼らもひどい状況だった。


衝突の衝撃で負傷している。
手が折れて、血だらけになっている人もいる。


なのに銃を持って、こちらにやってくるのだ。


死体が、動いているようだった。


「だめだ!押されてる。アリシアちゃん!移動だ!」


「はい!」


兵士さんの指示に従う。
負傷して動けない兵士さんを背負う。


とても重かった。
でも、置いてなどいけない。
いけるわけがない。


船医さんも兵士さんも、他のことで手一杯だ。


この人の命は、私にかかっている。


出来るかどうかではない。
やるしか、ないのだ。


「みつけたあ~」


そんな風に、移動している時だった。
声が聞こえた。


喜びに震える声。
だが、背筋がゾッとする声。


声のする方向を向く。
そして、その人物が目に入った。


「アリシア~!」


思わず目を見開いた。


「エルメラさん!?」


私達が逃げようとした先。
そこにいたのは、エルメラだった。


エルメラは私を見つけた途端に走り出す。
こちらに全速力で、向かってきていた。


ヒッ、という声が漏れた。


「止まりやがれ!」


船医さんが発砲をする。
だが当たらない。


慣れない拳銃。


急いで発砲したせいだ。
エルメラは止まらない。


そのままこちらに撃ち返してくる。
ウ!という声と共に船医さんが倒れた。


「おじさん!」


「俺はいい!逃げて!」


「にがさねえよ!」


エルメラが拳銃を向けた。
倒れる、船医さんの方に。


逃げたら撃つ。
そういう意図が伝わってきた。


「ああ、久しぶりだね~、アリシアちゃん。大きくなったね~」


エルメラは、告げた。
狂気の笑みを浮かべながら。


「さあ、いっしょに来てもらうよ、あいつの元に」


ゴクリとつばを飲み干す。


エルメラ。
父の弟。


母とおじいちゃんの仇。


そんな人物との、最悪な状況での、
最悪な再会であった。

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