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1章 帝国編

18話

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戦艦クラーケンの一室。


皇帝クロードは写真を見つめていた。
自身と、妻と、子が写る写真だ。


産まれ、まだ日が浅いアリシア。
そんなアリシアを抱えながら、困った顔をするクロード。


二人を見て、笑うクロージャ。


「・・・・・・」


まだ平和だった時の記憶。
一つ、ふいに思い出す。


するとダムが決壊したかのように溢れだしてくる。


「初めまして、クロード様」


クロージャはよく笑う少女だった。


彼女と出会ったのは、幼少期。
先代皇帝によって決められた政略結婚。


その顔合わせとして、出会った。


第一印象は散々なものだ。


静かに座ってられずに体を揺らす。
こちらをしきりに見つめてきては、目が合うと微笑んでくる。


そしてとがめられると子どものように泣いた。


とても貴族の令嬢だとは思えなかった。


政治の世界に、永遠の味方などいない。
だから、常に警戒は忘れてはならない。


そのはずなのに。


彼女はすぐに相手を信用して、警戒を解いてしまう。


嫌みを言われても、気づかず大笑いする。
よそ見をして、ふらふらとどこかに行ってしまう。


そんな頭を抱えたくなるような、
恣意的な少女だった。


「ねえねえクロード様、あのね!」


「これおいしいよ!」


「いえ~い!」


彼女常に何かしゃべっていた。
そして動いていた。


感情を出さず、機械の様に動く
クロードとは正反対だ。


散歩中、元気な飼い犬に、飼い主が振り回されるように。


クロードはクロージャに振り回された。


これは妻ではない。
ペットだ、とも思った。


だが悪い気はしなかった。


面従腹背をする家臣。
近づき利益をすすろうとする同期。


気の休まらない日々。


それなのに、彼女といるときだけ、安心できた。


肩の力を抜いて話せた。


「あ!笑ってる!」


クロージャが顔を近づけて言った。
今にもぶつかってしまいそうな距離で。


クロージャは手を後ろで組む。


彼女の言葉にクロードは動揺した。
笑う?自分が?と。


笑っているつもりはなかった。
勝手に口角が上がってしまっていた。


「うへへへへへへ!」


クロージャも笑う。
貴族らしくない、無邪気な笑みで。


貴族としては、皇帝の妻としては0点だ。
だがクロードは、そんな彼女だからこそ、気を許した。


十数年後。


「クロード、みて、私達の宝物だよ」


クロージャがアリシアを産んだ。
目を閉じて、スヤスヤと眠る小さな命。


今にも壊れてしまいそうな、脆い命だ。


「パパでちゅよ~」


「・・・どう触ればいい」


「優しく持てば大丈夫だよ。ほら、手を広げて」


手の中にアリシアが収まる。
奇妙な生き物だ。


下手に動いてしまったら、壊れてしまう。
そう思い、体が固まる。


「ほら、お父さん。パパでちゅよ~って、やってみて」


「断る」


「え~、絶対やったほうがいいよ~」


スヤスヤと眠るアリシアと、理不尽な要求を押しつけるクロージャ。


そんな二人に振り回されながら、時が過ぎていく。


数年後。


「父さん」


アリシアが歩いてやってきた。
職務中に付き、椅子に座るクロード。


そんな彼の膝の上に座ってくる。


アリシアは、外見はクロージャ似だった。


端麗な容姿に、綺麗な金色の髪。
幼いながらも、その素体の良さがわかる。


けれど性格はクロード似であった。


同世代の子のようにはしゃぎはしない。
常に落ち着いていて、本あたりを読んでいる。


転んだとしても、泣きもせず、難しい顔をしている始末だ。


「昔のお前を見ているようだよ」


先代皇帝は、そういった。


他人から見ると、自分はこう見えているらしい。


心外だな、とクロードは思った。


アリシアがこちらを見つめてくる。
手を握る。


アリシアは、少しだけ口角を上げた。
クロージャとは、まるで違う笑み。


(誰に似たのだろうか?)


クロードは疑問に思う。


当然、クロードだ。


自身も、そっくりな笑みを浮かべているというのに。


だがそんな事にも気づかずに、時間がゆっくりと過ぎていく。


「アリシアも大きくなったね」


スヤスヤと眠るアリシアを見ながら。
クロードとクロージャが話す。


未だに夢を見ているような気分だった。
暖かくふわふわとした夢を。


「ああ、そうだな」


「これじゃあすぐお嫁さんに行っちゃうよ」


「・・・それは、嫌だな」


「お?おお!今嫌だって言った!?いったよね!?めずらしい!?珍しすぎる!?」


「・・・うるさい」


クロージャはここぞとばかりにクロードをからかった。


満面の笑みで。


うるさいやつだと、クロードは顔をそむける。


素直になれない自分がいた。
だがクロージャはその事について理解してくれていた。


気も悪くせず、微笑み続ける。

これからも、こんな日常が続いていくのか。
悪くないな、とクロードは思った。


そして、その数日後。
あの事件が、起こるのであった。

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