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1章 帝国編

2話

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私はもともと帝国と呼ばれる国で生まれた。


そこでの暮らしは、とても幸せだった。
父と母は私を愛してくれて、いつも楽しかった。


こんな日がずっと続くと思っていた。


でもそんな日は唐突に終わりをつげた。
母が毒殺されたのだ。


夕食を取っている際、飲み物を飲んだとたん、母は血を吐いて死んだ。


犯人は父から皇帝の座を奪おうとした父の弟だった。


本当は父を狙ったらしいのだが、それを誤って母が口にしてしまったらしい。


それからは、もう大変だ。
すぐに現皇帝が死んで、父の派閥と弟の派閥で次期皇帝を巡る、大きな内戦が始まった。


誰が裏切り者で、誰が味方かもわからない。
そんな状況で、幼い私を守り切ることはできないと思った父は、私を隣の王国へと養子に出した。


「アリシア、お前は生きてくれ」


父はそう言い残し、去っていった。


こうして私は王国の、地方の貴族の元へと引き取られることになった。


共に来てくれたのは、数名の赤子の時から使えてくれている使用人さん達。


知らない土地の、知らないことばかりの世界で。


彼らが唯一、私の信じられる人達だった。


「ようこそ、アリシアちゃん。君の新しい家族だよ」


私を引き取った貴族は、私を歓迎してくれた。


それもそのはずだ。


彼らには多額の報酬が渡されていたのだ。
私を引き取ったお礼として。


しかも帝国は私が不自由がないようにとたくさんの仕送りまでしてくれていた。


金の卵を産むヒナを、彼らは笑顔で受け入れる。


それだけなのに。


当時の私は、そんな背景も知らずに、優しそうな人達でよかったと微笑んでしまった。
地獄の日々が始まるとも知らずに。


「あれ?私のブローチは?」


「え?机の上にありませんでしたか?」


最初の異変は、よく私の身の回りのモノがなくなることだった。


まずはお気に入りのブローチが無くなった。


使用人さん達と一緒に探したけれど、見つからない。


その時はどこかで無くしてしまったのだろうと、皆で納得していた。


でも、それからも次々と私のモノが無くなっていく。


どれだけ落とさないように注意をしていても、なくなっていくのだ。


おかしな事が起きている、ということはすぐに分かった。


そのことについて、使用人さんが義父達に相談をすると、彼らはひどく怒った。


私達を疑うのか、と。


そうして相談をしただけの使用人さんは解雇されてしまった。


彼らが盗んでいるというのは明白だった。
それに明らかな越権行為もしている。


そのことについて使用人さんは、急いで帝国本土に連絡を入れてくれた。


でも、帝国は内戦で急がしく、その返事が返ってくることはなかった。


私達は、そこで気づいたのだ。


私達は、今、とんでもなく危険な状況に置かれているということを。


結局、連絡をした使用人さんは、前の人と同じように解雇されていった。


それからは坂を転げ落ちるように状況が悪くなっていく。


こちら側が何も出来ないと知ると、義父達は態度を大きく変えた。


態度は横柄になり、次々と私達の私物に手を出しては換金していく。


さらには自分達の分だけでは飽き足らず、私の分や、使用人さん達の分である仕送りにすら手を付けはじめ、そして逆らった人間は一方的に解雇を告げた。


義父達の身につける装飾は日に日に豪華になっていくのに対し、こちらは日に日に衰えてく。


給与もなくなり、使用人さん達も一人、また一人と減っていく。


善意から残ってくれた方も何人かいたけれど、結局解雇されてしまい、誰もいなくなってしまった。


「もっとだ!もっとよこせ!」


使用人さんがいなくなった、無力な私。
そんな無力な金の卵を産むひなを、義父達は見逃さない。


だた泣くことしかできない私を殴り飛ばし、義父達はすべてを奪っていった。


私が着るのはすり切れたボロボロ服で、
毎日の食事は水とカビの生えたパンのみ。


「働いてねえやつが飯を喰うんじゃねえ!」


そしてそんな生活を送らせて貰うためには、たくさんのお仕事をする必要もあった。


毎日屋敷のお掃除や雑用をやらされて、すこしでも機嫌が悪いと殴られ蹴られる日々。


逃げ出したかった。
でも逃げる場所もなかった。


お金はすべて義父達に握られ、帰るべき帝国は内戦中。


下手に動けば、帝国の刺客に捕まり、利用される可能性もある。


父にこれ以上迷惑はかけたくない。
だから、ここにいるしかない。


いるしかないんだ、と自分に言い聞かせた。


「みて、お姉様。父様がこんなに綺麗なお洋服を買ってくださったの!」


義妹は、豪華なドレスを着て、私に自慢をしてくる。


自分たちの収入だけでは到底手が届かないような、高級品。


父が、私のためにと送ってくれる仕送りで、買われたドレス。


唇を噛みながら、必死に出てきてしまいそうな言葉を飲み込んで、お似合いです、と虚言を吐く。


いつか、いつか父は助けに来てくれる。
だから、それまでの辛抱だ、と自分に言い聞かせながら。


でも、ある日、そんな希望をすら砕く話を聞いてしまった。


「聞いたか、帝国軍は劣勢らしいぞ」


「あら、本当?もうお金が入ってこなくなるのかしら」


「そうだな。だから絞れるだけ搾り取っておこう。出なくなったらあいつを反乱軍共に引き渡してしまおう。憎き相手の娘だ。きっと高く買ってもらえるさ」


義父と義母の、悪魔のような会話。


父は、来ない。
そして父が死ねば、私も殺される。


聞いた瞬間に、少し前まであった希望が消えていくのがわかった。


ここにいても、待っているのは地獄なのだと、気づいた。


そして義父達は最後まで私から奪っていくつもりだ。


最後に残っている、父からの愛情さえも、利用して。


頭がおかしくなりそうだった。


もう、私にはなにもない。


私にもいたはずなのだ。
私を愛してくれる母が、父が、仲間達が。


にも関わらず、どうして今私はこんなに苦しんでいるのだろう。


父は自身も苦しい中、必死に私のためにお金を送ってくれている。


でもそれは今、卑しい義父達によって、浪費されてしまっている。


どうやら最近は私が病気になったなどとウソを書いて、仕送りの増額まで迫っているらしい。


このままでは、父の頑張りすら無下にしてしまう。


ただ、誰かに助けてもらうことを待っているばかりでは、ダメだ。


逃げることはできない。
人質にされてしまう可能性があるから。


なら、人質にならないように、すればいい。


私は義父の命令を無視して、近くの海岸へと歩き始める。


これ以上父の迷惑にならないように。
これ以上義父達に奪われないために。


これ以上、痛い思いをしなくてすむように。


そうして私は、唯一守り切った母の形見であるブローチを胸につけ。


ひと思いに崖から飛びおりるのであった。

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