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第1殿 男の腹に新たな命
第6洞 知りたい気持ち
お腹に迷宮の種が宿ってひと月。
すくすくと種は育ち、お腹も大きく……
ならない。
相変わらず俺の腹には拳大程度の膨らみがあるだけで、見た目はそれ以上大きくなることはなかった。
あれからケミーさんの指導のもと、種を育てるべくいろんなことに挑戦した。
彼女いわく「とにかくマナを与えるべし」だった。
アンカー教授オススメの洞窟や廃城、天然洞窟の探索パーティについて行ったり。ひどい時には一週間引っ張り回されたこともあった。
それでも特に変化はなかった。
そもそもマナとは何か。
それはこの世界に存在するエネルギーのひとつで、自然界に存在するすべてに内包された『生命エネルギー』なんだそうだ。
俺は魔法学の授業を取ってないのでマナの発生から利用方法まで一般人が知る程度しか知らないが、人間とモンスターの違いで言えば「肉が先かマナが先か」という有名な言葉がある。
人間の体の中にもマナはある。だが人間は死ねばマナが消え、肉が残る。逆にモンスターは死ねば肉が消えマナが残る。
つまり、効率のいい種の育成には「モンスターを狩る」ことだと力説された。
しかしこれには問題がある。
モンスターから生まれるマナをメインに取り込んだ迷宮の種は、ほぼ確実にモンスター誘引型の迷宮になる。洞窟型でも建物型でも、それは変わらない。
だが、あてが外れたようで俺の中の種はどうもモンスターのマナはあまりお気に召さないらしい。あの一件以来モンスターを狩っては腹に差し出すも、全く取り込む様子がないのだ。
そんな一見無茶なマナ供給を試みては学園で検査をしてもらう日々が続いているというわけだ。
もちろん、今日も。
「マナの循環はいいみたいなんですけどね」
「ふーむ、下手にマナを流し込まずとも問題がないなら、当分はこのままで行くしかないな」
最近は教授とベルが二人がかりで俺の腹を見るようになった。
こればかりはいつまでも慣れない。だが、命に直結していることもあるため無下に断れないのが辛いところだ。
「……あら、マナチャージが切れたわ」
「あ、こちらもそろそろ切れそうだ」
二人は揃って目に掛けていたグラスを外す。俺と違って魔法の力を借りないとマナの流れが見えないベルたちは、道具…… 魔工具の力を借りて診察を行うのだ。
しかし、その工具も充填されたマナが切れればただの眼鏡。効率は悪いが何かと便利で、教授は最近経費で買ったんだそうだ。
もっと早く買って欲しかったと心から思う。
「じゃあ、アタシのを充填するついでに教授のもやってもらってきましょうか?」
「ああ、そうだな。今日はもうちょっと使いたいから頼むよ」
ベルは教授からグラスを受け取ると、それを俺に持たせる。
「……俺も行くのか?」
「いいじゃん。行こ」
……まあ、特に断る理由がない。
俺はお腹を仕舞って身支度を整え、ベルと学園北東にある「補助工具研究棟」へ向かった。
「八年通ったけど、補助工具研究棟はめったに通らなかったわね」
「だいたい俺たちが取った授業が偏ってんだよ。武術系も魔法系も取ってないだろ?」
「基本デスクものばっかだもんね。いや、アタシはそれでいいんだけど」
基本このケイブリッチ学園は、探索者ギルドの後継を育てることを目的として設立されたものだ。
よって探索者を育てるために必要な知識や技術は、すべて学習できるよう取り図られている。
それゆえ敷地が広い。
建物がいちいちデカい。
人がめちゃくちゃ多い。
そのせいで全く寄り付かない建物や顔も知らない教授がいるなどザラで、下手すればここの知識を得るだけで一生を終えるものもいると聞く。
いや、それはもう本末転倒だろ。
「このエリアから補工棟みたい」
見上げると丸太を四本組み上げて作られた門に「補助工具研究棟」と書かれた看板が乗っている。
「……あら? ユーファン教授!」
「おや? 君は確か」
「魔素観察鏡を借りてるラクナーシャです。充填が切れたので補充してもらおうと」
妙な眼鏡に奇抜な帽子をかぶり、はみ出た頭髪は真っ白。白衣にはあちこち焦げ跡がある初老の男性が丁度門から出てきたところだった。
「あー、ごめんね。今からデー…… 会議があって。研究棟には誰かいるはずだからやってもらえるかな?」
「はい、わかりました」
ベルはそう言うと、そそくさと去る教授とすれ違う。
「すごい見た目だな」
「ああ見えて彼女さんが五人いるのよね。週末はみんなで出かけるらしいけど」
「……マジか」
「なんか分かんないけど、魔工具を作れる人ってモテるみたいよ。まあ、それが目当てでここに来る人多いみたいだけど、実際はかなり体育会系だから辞める人も多いんだって」
「あるあるだな」
長い廊下を進んでいくと、ようやく部屋があるらしい場所にたどり着いた。
「えっと、備品準備室…… と。ここだわ」
ベルは部屋のラベルを確認してからノックする。
「すいませーん、魔素観察鏡の充填お願いに来ました」
『はイー』
中から軽い返事が返ってくると、こっちが開ける前にガチャリと扉が開いた。
「どちら様ですカ」
中から出てきたのは俺たちよりも頭一つ分低い女の子で、しかし白衣を着ているというところにチグハグな印象を受けた。
黒髪をストレートに背中まで伸ばし、前髪をカチューシャで留めてあり、大きな丸い眼鏡がおでこの広さと相まって印象的な雰囲気を与えてくる。
「ユーファン教授のお子様? お孫さん?」
「……ユーファン先生は私の先生デスが?」
「えっと、君は? 迷子っ痛てっ!」
言い切る前に俺は脚を思いっきり蹴られた。
「学籍番号!」
「いっ、一七九三三六!」
「一七九三二四です!」
「後輩がデカい顔するなぁ!」
今度はベルがお腹にパンチをお見舞いされた。
「えっ、年上ぇ!?」
「我より背が高いからと見た目で判断しおっテ!」
「ちょ、っとペリル先輩! 何事っすか!?」
この騒動を聞きつけたのか、俺たちの背後から別の男子学生が止めに入ってきた。
「何事も何もナイ! 小さい小さいとバカにするかラ!」
「ああ、すんませんね。うちの先輩は見た目を指摘されるとご覧の通りキレ…… って、ディグ?」
襲いかかる少女を引き剥がす学生が、俺の顔を見て名前を当ててきた。知り合いか?
と思ったら見慣れた赤ら顔に鋭い目つき。恐らく間違いない。
「あっ、ゴブリン!」
「ガブリックだっつってんだろ。まあいいや。とりあえず入れよ」
「ガブリックって、補工の科目取ってたっけ?」
「むしろ専攻だよ。だからメニトラップ社の内定ももらえたんだし」
まだ暴れたりない少女をなんとか落ち着かせ、俺たちはようやく中に入れた。
「あの、すいませんでした。先輩とは分からなくて」
「ふん、そのへんは慣れてル。だが子供扱いは許せなイわ」
「で、二人がこっちの棟にくるの珍しいな? なんかあったか?」
「あ、そうそう。アタシが使ってたのとアンカー教授のコレ、マナ充填を頼みたくて」
「あー古い型のやつな。いいぜ。俺やるよ」
「バカ言エ。お前はまたそーやって我の仕事を取りよルナ。我に任せロー!」
がばっと少女が眼鏡を奪うと奥の仰々しい装置のある場所に持っていき、座り込んで作業を開始した。
「先輩ってことは、学院生かしら?」
「ああ。ペリル・イアン先輩で俺らの三つ上な。あれで准教授の資格も持ってるから」
「げ、エリートじゃん。で、ガブリックは何しにここに来たんだ?」
一瞬、ガブリックは眼鏡に視線を向ける。
「そういや、ディグってマナを裸眼で見れる特技持ってなかったっけ? なんで眼鏡いるの?」
――あれ? 話題変えてきたぞ。
こいつがこんなあからさまな事をするときは何かある。
「そうよね、ガブリックってもう卒検終わってるし学園に来る用事ないじゃん」
「まあ、し、習慣ってやつかな? ていうか私物の魔工具までここで充填するなよー。学園の備品だぞ、アレも」
ガブリックが指差すのは、各種魔工具に詰めるために用意されたマナを溜めておく結晶と、そこからマナを転送してそれぞれに送る設置型の巨大な魔工具だ。
「いいんだよ、持ち主うちの教授だから」
「教授って、確か最近よく通ってるって噂のグラモンド教授か?」
くっ、そう言えばこいつ、妙に学園の情報に明るいんだよな。
お腹の種の話もしたくないし…… って、こいつもしかして。
「そういえば、最近お前たちがセットで学園にいることが増えたって聞いたけど、それ本当か?」
「ぐっ!」
こいつ、知ってるな!
俺の腹のことも、ベルと同じ宿舎で暮らしてることも!
そこまで話したくないことか?
そう思ってガブリックを見ると、かすかに微笑んでいるようにも睨み付けてきてるようにも見える。くそ、手札はこっちが明らかに少ない。
「ほれ、終わったゾ」
「あ、ありがとうございます」
マナの充填が終わった眼鏡をベルが受け取る。
「そういえばガブ、お前はもうすぐ卒業じゃなかったカ?」
「はい! そうなんですけど、先輩にそのことを報告しようかなって」
「ということは、こっちの二人も卒業だよナ?」
「どうかなぁ。ディグ…… 男子の方は単位が若干足りなくて、グラモンド教授のところにバイトしてるって話ですから」
やっぱり知ってやがる。
いやでも、お腹のことまでは知らない…… よな?
「ほウ、なら新しいほうの眼鏡はそちらの教授の物カ。マナが学園のよりも効率よく吸収しよったからナ」
「俺も就職したらいい魔工具作りますから!」
「ふむ、進路が決まってるのは良い事ダ。でもお前の作る魔工具はどこか不安定なのがイカン。肝心な時に使えない魔工具では意味がない……」
ペリル先輩はそう言いながらベルの持つ眼鏡をひとつ自分がかける。
……え、待って。
「お前…… お腹、どうしタ?」
やっべえええええぇぇぇぇ!!
「い つ も 、 ど お り ですが!?」
「ありがとうございますペリル先輩先ほどは失礼いたしました私たちはこれで!」
ベルがひったくるように眼鏡を奪って立ち上がる。
――が、一歩遅かった。
「まあ、ゆっくりしていけよ」
「ゴブリン、そこをどいてくれ」
「先輩がお前の腹の中身が気になるらしい。ぜひ見てもらえ」
「結構だ。ベルに見てもらってるからな」
「なるほどな。色々繋がったぜ」
くそ。どこまでも泥沼だ。
「いいじゃないか。せっかくの先輩の申し出、受けるのが後輩ってもんだろ?」
種の状況が不明瞭な今の段階で、取っ組み合いになるような動きはできない。
……開き直るしかないか。
「あー、わかった! 隅々まで見てもらおうじゃないか」
どうせ検査では「種がある」以上の発見はできていないんだから、見つかるはずなんかないんだがな。
「うむ、慎んで拝見すル」
俺は観念して腹を出し、ベルと一緒になってペリル先輩がお腹の種を覗き込む。
隣ではガブリックの奴が興味なさげではあるが、噂の確認程度に観察しているのが気に食わない。
「ほうほう、ダンジョンシードか。人にも宿るとハ!」
「経過観察のためにも簡易的な観察工具が必要で」
「ふむ、ふむ! なるほドー」
……あれ?
なんかガブリックの奴、俺の腹に興味津々なペリル先輩の方をずっと見てるけど。
しかもなんかちょっとイライラしてないか?
「そういえば最近新しい魔工具を発注してナ。迷宮の安全度を計る測定器なんだガ」
「あ! そういう切り口はこっちでやったことないです!」
ベルたちが盛り上がるほどにガブラックの機嫌がなぜか悪くなっていく。
なるほどな。読めてきた。
「なあベル」
「ん? どうしたの?」
部屋の奥からまた別の妙な魔工具をペリル先輩と持ち込むベルを呼び止める。
「ペリル先輩さ、ここまで事情を話したんだからウチの研究室にも入ってもらおうぜ。下手に隠すよりもいいし、マナ充填も面倒がなくていいと思うんだ」
「いいじゃん!」
「おい! お前らだけで決めるなよ! 先輩だって色々忙しいんだぞ! ここの研究棟でする実験以外にも、やらなきゃいけないことが沢山あるし!」
……食いついてきたな。
ガブリックがここに通う理由、ズバリ彼女だ。
普段のあいつなら一年くらい留年したってダメージないのに、頭下げて単位のヘルプをお願いしてくるなんて何かあると思ったが。
友人としては応援したい。
だが、それはそれとして俺を弄んだ罪はでかいぞ。
「いやー、実は純粋な医療検査じゃ行き詰っててさ。先輩の助力があるときっと解析も進むと思うんですよ」
「ウムー、普段の実験の合間や、事前に予定を合わせてくれるなラ」
「先輩!?」
よし、もう一押しだな。
「なあガブリック」
「なんだよ!」
「どうだ、お前も来るか?」
「……は?」
くっくっく。期待と怒りが入り混じった微妙な顔してやがる。
「ほら、魔工具も大きなものとかあるだろ? そう言う時こそ勝手を知った人間が近くにいれば助かるじゃん」
「……確かに!」
安直だなぁ。
そもそもお前はあとひと月もしないうちに卒業だろうに。
まあでも、動きが把握できるようにもなるからこっちとしてもありがたいしな。
「じゃあ早速、充填具の移動だけでもするカ?」
「……え?」
ペリル先輩の一言でガブリックが青ざめる。
「せ、先輩。あれは動かすようなものじゃ」
「いやぁ、やはり男手があると色々助かるナー」
にこりとペリル先輩が微笑む。
あ、これ彼女も分かって言ってるな。
すくすくと種は育ち、お腹も大きく……
ならない。
相変わらず俺の腹には拳大程度の膨らみがあるだけで、見た目はそれ以上大きくなることはなかった。
あれからケミーさんの指導のもと、種を育てるべくいろんなことに挑戦した。
彼女いわく「とにかくマナを与えるべし」だった。
アンカー教授オススメの洞窟や廃城、天然洞窟の探索パーティについて行ったり。ひどい時には一週間引っ張り回されたこともあった。
それでも特に変化はなかった。
そもそもマナとは何か。
それはこの世界に存在するエネルギーのひとつで、自然界に存在するすべてに内包された『生命エネルギー』なんだそうだ。
俺は魔法学の授業を取ってないのでマナの発生から利用方法まで一般人が知る程度しか知らないが、人間とモンスターの違いで言えば「肉が先かマナが先か」という有名な言葉がある。
人間の体の中にもマナはある。だが人間は死ねばマナが消え、肉が残る。逆にモンスターは死ねば肉が消えマナが残る。
つまり、効率のいい種の育成には「モンスターを狩る」ことだと力説された。
しかしこれには問題がある。
モンスターから生まれるマナをメインに取り込んだ迷宮の種は、ほぼ確実にモンスター誘引型の迷宮になる。洞窟型でも建物型でも、それは変わらない。
だが、あてが外れたようで俺の中の種はどうもモンスターのマナはあまりお気に召さないらしい。あの一件以来モンスターを狩っては腹に差し出すも、全く取り込む様子がないのだ。
そんな一見無茶なマナ供給を試みては学園で検査をしてもらう日々が続いているというわけだ。
もちろん、今日も。
「マナの循環はいいみたいなんですけどね」
「ふーむ、下手にマナを流し込まずとも問題がないなら、当分はこのままで行くしかないな」
最近は教授とベルが二人がかりで俺の腹を見るようになった。
こればかりはいつまでも慣れない。だが、命に直結していることもあるため無下に断れないのが辛いところだ。
「……あら、マナチャージが切れたわ」
「あ、こちらもそろそろ切れそうだ」
二人は揃って目に掛けていたグラスを外す。俺と違って魔法の力を借りないとマナの流れが見えないベルたちは、道具…… 魔工具の力を借りて診察を行うのだ。
しかし、その工具も充填されたマナが切れればただの眼鏡。効率は悪いが何かと便利で、教授は最近経費で買ったんだそうだ。
もっと早く買って欲しかったと心から思う。
「じゃあ、アタシのを充填するついでに教授のもやってもらってきましょうか?」
「ああ、そうだな。今日はもうちょっと使いたいから頼むよ」
ベルは教授からグラスを受け取ると、それを俺に持たせる。
「……俺も行くのか?」
「いいじゃん。行こ」
……まあ、特に断る理由がない。
俺はお腹を仕舞って身支度を整え、ベルと学園北東にある「補助工具研究棟」へ向かった。
「八年通ったけど、補助工具研究棟はめったに通らなかったわね」
「だいたい俺たちが取った授業が偏ってんだよ。武術系も魔法系も取ってないだろ?」
「基本デスクものばっかだもんね。いや、アタシはそれでいいんだけど」
基本このケイブリッチ学園は、探索者ギルドの後継を育てることを目的として設立されたものだ。
よって探索者を育てるために必要な知識や技術は、すべて学習できるよう取り図られている。
それゆえ敷地が広い。
建物がいちいちデカい。
人がめちゃくちゃ多い。
そのせいで全く寄り付かない建物や顔も知らない教授がいるなどザラで、下手すればここの知識を得るだけで一生を終えるものもいると聞く。
いや、それはもう本末転倒だろ。
「このエリアから補工棟みたい」
見上げると丸太を四本組み上げて作られた門に「補助工具研究棟」と書かれた看板が乗っている。
「……あら? ユーファン教授!」
「おや? 君は確か」
「魔素観察鏡を借りてるラクナーシャです。充填が切れたので補充してもらおうと」
妙な眼鏡に奇抜な帽子をかぶり、はみ出た頭髪は真っ白。白衣にはあちこち焦げ跡がある初老の男性が丁度門から出てきたところだった。
「あー、ごめんね。今からデー…… 会議があって。研究棟には誰かいるはずだからやってもらえるかな?」
「はい、わかりました」
ベルはそう言うと、そそくさと去る教授とすれ違う。
「すごい見た目だな」
「ああ見えて彼女さんが五人いるのよね。週末はみんなで出かけるらしいけど」
「……マジか」
「なんか分かんないけど、魔工具を作れる人ってモテるみたいよ。まあ、それが目当てでここに来る人多いみたいだけど、実際はかなり体育会系だから辞める人も多いんだって」
「あるあるだな」
長い廊下を進んでいくと、ようやく部屋があるらしい場所にたどり着いた。
「えっと、備品準備室…… と。ここだわ」
ベルは部屋のラベルを確認してからノックする。
「すいませーん、魔素観察鏡の充填お願いに来ました」
『はイー』
中から軽い返事が返ってくると、こっちが開ける前にガチャリと扉が開いた。
「どちら様ですカ」
中から出てきたのは俺たちよりも頭一つ分低い女の子で、しかし白衣を着ているというところにチグハグな印象を受けた。
黒髪をストレートに背中まで伸ばし、前髪をカチューシャで留めてあり、大きな丸い眼鏡がおでこの広さと相まって印象的な雰囲気を与えてくる。
「ユーファン教授のお子様? お孫さん?」
「……ユーファン先生は私の先生デスが?」
「えっと、君は? 迷子っ痛てっ!」
言い切る前に俺は脚を思いっきり蹴られた。
「学籍番号!」
「いっ、一七九三三六!」
「一七九三二四です!」
「後輩がデカい顔するなぁ!」
今度はベルがお腹にパンチをお見舞いされた。
「えっ、年上ぇ!?」
「我より背が高いからと見た目で判断しおっテ!」
「ちょ、っとペリル先輩! 何事っすか!?」
この騒動を聞きつけたのか、俺たちの背後から別の男子学生が止めに入ってきた。
「何事も何もナイ! 小さい小さいとバカにするかラ!」
「ああ、すんませんね。うちの先輩は見た目を指摘されるとご覧の通りキレ…… って、ディグ?」
襲いかかる少女を引き剥がす学生が、俺の顔を見て名前を当ててきた。知り合いか?
と思ったら見慣れた赤ら顔に鋭い目つき。恐らく間違いない。
「あっ、ゴブリン!」
「ガブリックだっつってんだろ。まあいいや。とりあえず入れよ」
「ガブリックって、補工の科目取ってたっけ?」
「むしろ専攻だよ。だからメニトラップ社の内定ももらえたんだし」
まだ暴れたりない少女をなんとか落ち着かせ、俺たちはようやく中に入れた。
「あの、すいませんでした。先輩とは分からなくて」
「ふん、そのへんは慣れてル。だが子供扱いは許せなイわ」
「で、二人がこっちの棟にくるの珍しいな? なんかあったか?」
「あ、そうそう。アタシが使ってたのとアンカー教授のコレ、マナ充填を頼みたくて」
「あー古い型のやつな。いいぜ。俺やるよ」
「バカ言エ。お前はまたそーやって我の仕事を取りよルナ。我に任せロー!」
がばっと少女が眼鏡を奪うと奥の仰々しい装置のある場所に持っていき、座り込んで作業を開始した。
「先輩ってことは、学院生かしら?」
「ああ。ペリル・イアン先輩で俺らの三つ上な。あれで准教授の資格も持ってるから」
「げ、エリートじゃん。で、ガブリックは何しにここに来たんだ?」
一瞬、ガブリックは眼鏡に視線を向ける。
「そういや、ディグってマナを裸眼で見れる特技持ってなかったっけ? なんで眼鏡いるの?」
――あれ? 話題変えてきたぞ。
こいつがこんなあからさまな事をするときは何かある。
「そうよね、ガブリックってもう卒検終わってるし学園に来る用事ないじゃん」
「まあ、し、習慣ってやつかな? ていうか私物の魔工具までここで充填するなよー。学園の備品だぞ、アレも」
ガブリックが指差すのは、各種魔工具に詰めるために用意されたマナを溜めておく結晶と、そこからマナを転送してそれぞれに送る設置型の巨大な魔工具だ。
「いいんだよ、持ち主うちの教授だから」
「教授って、確か最近よく通ってるって噂のグラモンド教授か?」
くっ、そう言えばこいつ、妙に学園の情報に明るいんだよな。
お腹の種の話もしたくないし…… って、こいつもしかして。
「そういえば、最近お前たちがセットで学園にいることが増えたって聞いたけど、それ本当か?」
「ぐっ!」
こいつ、知ってるな!
俺の腹のことも、ベルと同じ宿舎で暮らしてることも!
そこまで話したくないことか?
そう思ってガブリックを見ると、かすかに微笑んでいるようにも睨み付けてきてるようにも見える。くそ、手札はこっちが明らかに少ない。
「ほれ、終わったゾ」
「あ、ありがとうございます」
マナの充填が終わった眼鏡をベルが受け取る。
「そういえばガブ、お前はもうすぐ卒業じゃなかったカ?」
「はい! そうなんですけど、先輩にそのことを報告しようかなって」
「ということは、こっちの二人も卒業だよナ?」
「どうかなぁ。ディグ…… 男子の方は単位が若干足りなくて、グラモンド教授のところにバイトしてるって話ですから」
やっぱり知ってやがる。
いやでも、お腹のことまでは知らない…… よな?
「ほウ、なら新しいほうの眼鏡はそちらの教授の物カ。マナが学園のよりも効率よく吸収しよったからナ」
「俺も就職したらいい魔工具作りますから!」
「ふむ、進路が決まってるのは良い事ダ。でもお前の作る魔工具はどこか不安定なのがイカン。肝心な時に使えない魔工具では意味がない……」
ペリル先輩はそう言いながらベルの持つ眼鏡をひとつ自分がかける。
……え、待って。
「お前…… お腹、どうしタ?」
やっべえええええぇぇぇぇ!!
「い つ も 、 ど お り ですが!?」
「ありがとうございますペリル先輩先ほどは失礼いたしました私たちはこれで!」
ベルがひったくるように眼鏡を奪って立ち上がる。
――が、一歩遅かった。
「まあ、ゆっくりしていけよ」
「ゴブリン、そこをどいてくれ」
「先輩がお前の腹の中身が気になるらしい。ぜひ見てもらえ」
「結構だ。ベルに見てもらってるからな」
「なるほどな。色々繋がったぜ」
くそ。どこまでも泥沼だ。
「いいじゃないか。せっかくの先輩の申し出、受けるのが後輩ってもんだろ?」
種の状況が不明瞭な今の段階で、取っ組み合いになるような動きはできない。
……開き直るしかないか。
「あー、わかった! 隅々まで見てもらおうじゃないか」
どうせ検査では「種がある」以上の発見はできていないんだから、見つかるはずなんかないんだがな。
「うむ、慎んで拝見すル」
俺は観念して腹を出し、ベルと一緒になってペリル先輩がお腹の種を覗き込む。
隣ではガブリックの奴が興味なさげではあるが、噂の確認程度に観察しているのが気に食わない。
「ほうほう、ダンジョンシードか。人にも宿るとハ!」
「経過観察のためにも簡易的な観察工具が必要で」
「ふむ、ふむ! なるほドー」
……あれ?
なんかガブリックの奴、俺の腹に興味津々なペリル先輩の方をずっと見てるけど。
しかもなんかちょっとイライラしてないか?
「そういえば最近新しい魔工具を発注してナ。迷宮の安全度を計る測定器なんだガ」
「あ! そういう切り口はこっちでやったことないです!」
ベルたちが盛り上がるほどにガブラックの機嫌がなぜか悪くなっていく。
なるほどな。読めてきた。
「なあベル」
「ん? どうしたの?」
部屋の奥からまた別の妙な魔工具をペリル先輩と持ち込むベルを呼び止める。
「ペリル先輩さ、ここまで事情を話したんだからウチの研究室にも入ってもらおうぜ。下手に隠すよりもいいし、マナ充填も面倒がなくていいと思うんだ」
「いいじゃん!」
「おい! お前らだけで決めるなよ! 先輩だって色々忙しいんだぞ! ここの研究棟でする実験以外にも、やらなきゃいけないことが沢山あるし!」
……食いついてきたな。
ガブリックがここに通う理由、ズバリ彼女だ。
普段のあいつなら一年くらい留年したってダメージないのに、頭下げて単位のヘルプをお願いしてくるなんて何かあると思ったが。
友人としては応援したい。
だが、それはそれとして俺を弄んだ罪はでかいぞ。
「いやー、実は純粋な医療検査じゃ行き詰っててさ。先輩の助力があるときっと解析も進むと思うんですよ」
「ウムー、普段の実験の合間や、事前に予定を合わせてくれるなラ」
「先輩!?」
よし、もう一押しだな。
「なあガブリック」
「なんだよ!」
「どうだ、お前も来るか?」
「……は?」
くっくっく。期待と怒りが入り混じった微妙な顔してやがる。
「ほら、魔工具も大きなものとかあるだろ? そう言う時こそ勝手を知った人間が近くにいれば助かるじゃん」
「……確かに!」
安直だなぁ。
そもそもお前はあとひと月もしないうちに卒業だろうに。
まあでも、動きが把握できるようにもなるからこっちとしてもありがたいしな。
「じゃあ早速、充填具の移動だけでもするカ?」
「……え?」
ペリル先輩の一言でガブリックが青ざめる。
「せ、先輩。あれは動かすようなものじゃ」
「いやぁ、やはり男手があると色々助かるナー」
にこりとペリル先輩が微笑む。
あ、これ彼女も分かって言ってるな。
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強すぎる力は祝福なのか、それとも新たな罰なのか。
恋から逃げるたび、彼は誰かの涙と向き合い、自分の弱さを知っていく。
最低だった過去を笑い飛ばすようなドタバタと、胸の奥をじんわり温める再生の物語。
押し寄せる好意に冷や汗を流しながら、それでも困っている誰かを放っておけない不器用な男の、逃亡系英雄譚がここに開幕する。
これは、最低だった男が二度目の人生で誰かを守り、最強なのに恋から逃げ回り、やがて本当の英雄へ変わっていく、笑えて泣ける異世界ラブコメファンタジー。
最初は笑えるのに、気づけばレンの成長を最後まで追いたくなるはずです。
ここから全てが変わり始めます。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイアスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。