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234 白い光降る草原で
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その後、調教時間の話や、西と東の調教施設の違いの話、調教師の話や王都近くで外乗りに適したところ……など、あれこれと騏驥に関わる話をすると、頃合いを見て騎士たちは帰って行った。
レイゾンはしきりに何かお礼を言おうとしていたようだが、騎士はそれとなく断っていた。
「お気になさらず」「わたしは自分のしたいことをしただけです」「わたしだけではないはずです」——そんなふうに言って。
サンファも片付けや何やらで屋敷の中に戻り、二人きりになると、
「少し歩くか」
レイゾンが誘ってきた。
もちろん白羽は従う。断る理由はない。
屋敷の放牧地は、草が青々と茂っていて心地いい。
風に乗って、爽やかな香りが感じられる。
馬の姿になるのは苦手な白羽だが、ここで寝転ぶのはさぞ気持ちがいいだろうと思えるほどに。
レイゾンが、白羽のために設えてくれた場所。
まだ互いの気持ちを確かめ合ったわけでもなかったというのに、白羽のことを気遣って。
優しいのに、それをどう示せばいいのかわからなかった人……。
手を繋いで歩きながら、白羽は騎士をそっと見上げる。
気付いたレイゾンが「ん?」という顔をした。
白羽は「なんでもありません」と首を振った。
<考えてみると、ここをレイゾンさまと歩くのは初めてだなと思っていたのです>
「……ああ……そう言えばそうだな。歩くと結構疲れるものだ」
<広いですから。こんな素敵な馬場を作っていただけて感謝しています>
白羽が言うと、レイゾンは照れたように笑った。そうすると厳つさが和らぎ、彼の根底にある優しさが際立った貌になる。目を引かれる白羽の隣で、レイゾンは目を細めて微笑んだ。
「お前がそう思うなら何よりだ。お前は馬の姿になるのが苦手なようだが、だったらなおさら、馬の姿の時は快適に過ごしてほしいと思っているからな」
そしてふと足を止めると、一つ大きく背伸びする。
「難しい話をしたから肩が凝ったな。だがリィ殿に相談して正解だった。この鞭のことがよくわかって……安心した」
<……一つ、伺っても?>
「なんだ?」
<鞭のことです。気のせいかもしれませんが、以前見た時と少し印象が違うので……。いえ、大したことではないのですが……>
騎士なら、鞭にこだわりがあって当然だ。使い心地はもちろん見た目も。
余計な口出しだっただろうかと白羽が不安になっていると、
「よく気付いたな」
怒っているのではなく、驚いている顔で、レイゾンが言った。
「実は……例のお前との記念の紙片を、持ち手のところに加えてもらったのだ。欠片だけになったが、その一部を……ほら、ここだ。見えるか? 王都に戻って職人のところに調整に出したときに、貼り付けて剝がれないように加工してもらった。なんとなく握り具合も良くなったぞ。お前との縁のものだし、俺にとっては命を助けてもらったものだからな。身近にしておきたかった」
言いながら、レイゾンは鞭を見せてくれる。
確かに——そうだ。持ち手が一部分だけ色が変わっている。
だがまさか、あの紙片をここに用いていたとは。
<レイゾンさま……>
思い出の品を大切にしてくれているのは嬉しいものの、やりすぎでは、という気もしてしまう。
白羽は恥ずかしさに仄かに頬を染めたが、レイゾンは「お前だって」と軽く顎をしゃくった。
「その髪飾りは、俺がやった石を加工したものだろう。……そういうことだ。思い出の籠ったものは、たとえ小さな小さな塵のようなものになっても手放し難い。好いた相手との思い出のものなら、なおさらにな」
そう言うと、レイゾンはにっこり笑う。
白羽は胸が熱くなるのを感じながら頷いた。この人が自分の騎士でよかったと——改めて思う。
だが、そんな風にわざわざ思い出の欠片を加えた鞭なら、もう少し違った銘でもよかったのでは……とも思ってしまう。
(でもレイゾンさまは「これしかない」というようなことを仰っていたし……)
さすがにそこまで口を出すのは……と思いつつ鞭を見ていると、
「——実はな」
その鞭を腰に戻しながら、レイゾンが言った。
「この鞭の銘だが……実は別の理由もあるのだ。と言うか、こっちが本当だ。さっき話した理由は、あの場でなんとか取り繕ったもので……」
<え!?>
思わぬ告白だ。
白羽は目を丸くしてレイゾンを見る。すると彼の騎士は、微苦笑して言った。
「……色々と、考えたのだ。本当は鞭に銘など柄ではないが、五変騎の一頭に用いる鞭なのに銘もないというのは、お前にも悪い気がしてな。それで、あれこれ思案した。強そうなものや格好のよさそうなもの、美しいもの……なにが銘に相応しいだろうか、と」
<はい……>
「だが……」
そこまで言うと、レイゾンはじっと白羽を見る。白羽が首を傾げると、レイゾンはそっと手を伸ばしてくる。白羽の髪を、頬を撫でながら、彼は続ける。
「だが、俺はなにを考えても結局お前に戻ってしまう。強そうなものや格好のよさそうなもの、美しいもの……なにを想っても、結局は『まるで白羽のようだ』——と」
そう言いながら白羽を見つめてくるレイゾンの瞳は穏やかで優しい。そして同時に、他に喩えるもののない熱さも内包している。情熱——愛情——。そういった深く心に染み入る熱さを。
白羽は、そんな理由で決めたなんて、と言おうとした。けれど言えなかった。込み上げてくる幸福感が大きすぎて。
まっすぐに白羽を見つめたまま、レイゾンは続ける。
「だから『如し』という銘にした。加護があろうがなかろうが、俺はこれを帯びているときはいつもお前を想っている。お前に乗っている時だけでなく、お前が側に居ないときでも。——出会った時から……お前に心奪われていたように」
そして、繋いでいる手にゆっくりと力が込められる。
白羽は潤んだ瞳でレイゾンを見つめ返しながら、静かに握り返した。
二人の体温が混じりあうのがわかる。
なんて温かく——幸せな。
世にも稀な白い騏驥と——騎士らしくない騎士。
二人を包む草原に、きらきらと光が降る。
音もなく。絶え間なく、舞い降りる。
——まるで羽のように。
あとからあとから——。まるで尽きない想いのように。
巡り合えた運命の相手。
出会いは最悪。
けれどそれさえ今は愛しむように——。
——二人の手は、いつまでも離れなかった。
【END】
お読みいただきありがとうございました。本編完結です。
番外随時更新予定ですので、よろしければ引き続きお気にかけて頂ければ嬉しいです。
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