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233 その銘は
しおりを挟むなんとなく、以前に目にした時とは違うように感じられたのだ。
鞭などしっかり見ているわけではないからはっきりとは言えないけれど、なんとなく……見た目が……。
白羽が首を傾げていると、
「銘は、なにかおありなのですか」
そういえば、と言うように騎士が尋ねた。
鞭が好きだと言うだけあって、興味があるのだろう。レイゾンの鞭を見る目も、さっきからキラキラしている。一見は大人しそうな——もっと言えば冷たそうな外見——美しさだが、鞭を見ているときは、ガラッと印象が変わる。
尋ねられたレイゾンはと言えば、少し困っている様子だ。
ちなみに白羽は彼が鞭に銘をつけたのかどうか知らないし、付けたのだとしたらそれがなんなのかも知らない。
だから……もし付けているのだとしたら騎士同様に興味がある。
そっと様子を伺うと、レイゾンは言おうか言うまいか迷うような仕草と表情を見せたのち、「銘は……」とそろりと口を開いた。
「銘は、『如し』……と……」
「……如し」
一瞬遅れて、騎士が復唱した。
声からは、抑えられない戸惑いが感じられる。白羽も同様だ。
鞭の銘にしては……違和感がある。ありすぎる。
「ぁ……ええと……由来を伺っても?」
騎士が重ねて尋ねる。控えめに。
と、レイゾンは息を調えるように一つ「ごほん」と咳をして言った。
「俺は……なんというか、騎士らしくない騎士だと思う。自分でもそれはわかっている。だが、そんな俺だからこそ、この鞭を帯びているときは『誰より騎士の如くあれ』と……。なんというか、自分への戒めのようなものというか……。そういう……意味を込めて……」
なんとなく、意味がわかるようなわからないような——納得できるようなできないような——そんな由来だ。
騎士も「なるほど」と言ってはいるが、今一つ腑に落ちていないようにも見える。
辺りに、そこはかとなく気まずいような空気が流れかけたとき。
「——いいじゃん」
不意に、声が滑り込んできた。
子猫と遊んでいる騏驥だ。
——「緑」。
彼は、肩に乗った子猫が好き勝手に髪を弄っているのも構わない様子で、こちらに近づいてくる。
そしてレイゾンが手にしている鞭を見て、再び「いいじゃん」と繰り返した。
「変だけど覚えやすいし、他の誰も付けそうに無いし。変わった鞭には変わった銘でさ」
そう言うと、彼は肩に乗っていた子猫を軽やかに手に取り、草地に降ろしてやる。流れるような速さと丁寧さだ。猫は「気がつかない間に居場所が変わっている」と言わんばかりの不思議そうな顔で、目をぱちぱちしていたが、程なく、白羽の足元にやってきた。気のせいか、毛艶が良くなっている。
騎士とレイゾンは顔を見合わせている。
「好きにしていて良い」と言った以上、騏驥が話に入ってきても咎めるわけにはいかないが、まさかこのタイミングで発言するとは思わなかったのだろう。
しかも……。
「……ルーラン」
顔を顰めて口を開いたのは、黒髪の騎士だ。
「発言するにしても、もう少し礼儀をわきまえろ。言うに事欠いて『いいじゃん』とは……」
みるみるきつく眉が寄せられる。だがそんな表情でも、やはり彼は綺麗だ。
騏驥はといえば、叱られるのも楽しいと言った顔でニコニコしている。
そしてレイゾンはと言えば——。
「リィ殿、いいのです」
騏驥を嗜める騎士に対して、ゆっくり首を振った。
「発言を許していたのはこちらの方なのですし、構いません。それに、言葉遣いはともかく、騏驥の言葉には励まされました。俺は、この鞭の銘はこれしかないと思っているので……。驚かせてしまったようですが」
「ああ——いえ、こちらこそ……。その、思いがけないことだったもので……失礼いたしました」
すると騎士は、銘に驚いた自らの態度を恥じるかのようにそう言い、
「でも、言われてみれば確かに面白い銘だと思います。ある意味、とてもレイゾン殿らしい」
笑顔で言う。
レイゾンも笑顔で「ええ」と頷いた。
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