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224 屋敷へ戻って(2)
しおりを挟むその日の夕食は豪華なものだった。
と言っても、レイゾンがあまり食にこだわりがないからか、特別豪華な飾り付けがされていたり、滅多に見ない料理が出されたわけではないが(そういうのはヨウファンの屋敷での料理に多かった)、屋敷の使用人たちの思いが伝わってくるような——変わらずレイゾンが主人であることを喜んでいるのか伝わってくるような、そんな料理だった。
遠征から戻ってきてからも今日までバタバタしていたから、「初遠征の無事の成功」をようやくゆっくり祝えるという気持ちもあったのかもしれない。
いずれにせよ、皆のそうした気持ちはありがたく、レイゾンも感激しているようだった。
ただ、白羽はといえば、いつもと同じように自室で自分の分の食事を摂るつもりだったはずが、レイゾンに呼ばれて食堂で一緒に夕食を食べることになったのには少し驚いた。
騏驥は、人の姿であっても騏驥だ。だから食べるものは「食事」というより「餌」で、そのため、騎士は普通騏驥を同席させることはない。
遠征中で野営している時や、親しい間柄の騎士と騏驥が二人だけでいる時、もしくは宴席での”添え物”扱いならともかく、給仕がいるような食事に同席させることは、普通はない。
にもかかわらず、レイゾンは「今日ぐらいいいだろう」と白羽を同席させた。
『お前のおかげで、俺は王都に戻ってくることができたのだ』
『それを喜ぶ食事なら、お前と一緒で当然だ』
——そう言って。
白羽としては、使用人たちがどう思うかと心配だったが、レイゾンのそうした型破りな振る舞いは、思いのほか受け入れられているようで、気づけば白羽も思っていた以上にリラックスして食事をすることができた。
騎士らしい騎士ではないレイゾンだが、使用人たちに対して横柄だったり、傲慢な態度を見せるようなことはないためだろう。慕われているようだ。
(豪快な食べぶりも見ていて気持ちが良かったし……)
食事を終えて部屋に戻った白羽は、湯に浸かりながら先ほどのことを思い出す。
二人で野営していた時も思ったが、レイゾンは健啖家だ。白羽は食が細い方だから、彼が食べる様子を見ているのはとても楽しい。決して礼儀正しいばかりではないけれど、美味しそうに食べているのを見ていると、そんな細かいことはどうでもよくなってくるのだ。
そして食事のことを思い出したのをきっかけに、今日起こったさまざまなことが思い出された。
城での出来事——レイゾンから伝えられた想い——そして……。
[ティエンさまにお会いしたよ]
湯あみを終えてサンファに身体を拭いてもらい、寝衣に着替えると、白羽は寝台に腰を下ろし、さらりとそう書いてサンファに見せる。
「それは……」
一言零して絶句した侍女に、[会えたと思ってる]と、さらに書いた。
実際に姿を見られたわけじゃない。
けれど、確かに「居た」と感じられた。声が聞こえて——幸せだった。
[お前に、ひとつ尋ねたいのだけれど]
白羽は、昼間の出来事を思い出しながら更に書いてサンファに見せる。
「なんでしょうか」と応じた彼女に、自分が見聞きしたこと、そして疑問に思っていたことを伝える。
ティエンが、白羽に促してくれたことを。
[ティエンさまの力について、お前はどれほどのことを知っていたの? 猫のことといい……今回の鞭のことといい……]
「…………」
すると、サンファは気まずそうに少し黙る。
しばらくして、ゆっくり口を開いた。
「猫のことは『おそらく』程度です。陛下が使い魔として可愛がっておられたうちの一匹なのだろう、と……。白羽さまもご存じかと思いますが、陛下はいっとき、白羽さまのためとご自分のために、あれこれと魔術をお試しになっておられましたから……。それと……鞭のことは……」
再び僅かに黙り、サンファは続ける。
「少しだけ……少しだけ聞いておりました。全てではありません。鞭だということも、はっきりとは聞いておりません。ただ……こうおっしゃっていました。
『考えてもごらん。わたしがあの子になにかしらの力を与えるとしても、それが明らかになってしまえば、あの子は野心ある騎士たちに翻弄される。それは避けたい。あの子が選べるようにしたいのだ。自分の未来を。自らの騎士を。……黒い騏驥ほどではないにせよ、あの子にも少しは……自由を与えたい』
と……。
ただ、それがどういうことなのかは、わたくしにも解らずじまいでした……」
[……そう……]
白羽は頷く。
それで色々と、腑に落ちた。
どうして自分がレイゾンを護れたのか。
もっと言えばどうしてレイゾンを探し当てることが出来たのか。
どうしてレイゾンには気持ちが伝わるのか。
そんな、レイゾンと自分に関わる諸々のことについて。
それは、彼が、いつのまにか白羽の影響を受けたからだと思っていた。
一緒にいるうちに、ティエンからの魔術の影響を受けていた白羽の影響を受けたためだろう、と。
けれどそれは完全な正解ではなかったのだ。
なぜなら白羽からの影響は、レイゾンにしか表れなかったのだから。
確かにレイゾンは白羽の影響を受けた。
だがそれは、白羽が”そう”望んでいたからだ。
他の誰に対してでもなく。
気付かぬうちに、彼を望んでいたからだ。選んでいたからだ。
自分の騎士だ、と。
だから。
彼との間にだけ、特別な絆が表れるのだ。
彼を護れるような、そんな不思議な力が使えたのだ。
「……白羽さま……?」
黙ってしまった白羽を不安に思ったのだろう。
サンファがそろそろと声をかけてくる。白羽は、なんでもないよ、と微笑んだ。
[色々と……色んなことがわかっただけ。でももう隠し事はなしだよ。——ないよね?]
軽く睨むようにして書いたものを見せると、サンファは慌てたようにこくこくと頷く。
しかし直後、何か言いたげに口を開きかけた時。
扉を叩く音がした。
——レイゾンだ。
彼はサンファが開けた扉から入ってくると、彼女に向けて、
「今夜はもう下がれ」
と短く告げる。
扉が閉まる。
二人だけになった。
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