前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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222 相愛——この人が、わたしの騎士・わたしの愛する人

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(!?)

 白羽は思わず柩に駆け寄ろうとした。が、見たこともない光に包まれ近寄れない。
 辺りを見回せば、レイゾンも同じようにキョロキョロと首を巡らせている。

(レイゾンさまにも……聞こえて……?)

 一体なにが起こっているのかと戸惑っていると、

『白羽。——良い騎士を得たのだな』

 再び声がした。
 白羽は夢中で辺りを見回す。けれど姿はない。見えない。
 狼狽えて転びそうになった身体を、傍からレイゾンに支えられた。

「落ち着け、白羽。お姿は見えなくても、ここにいらっしゃるに違いない」

<?>

「俺は、以前にもこの光を経験している。あの時はお前だったが、きっと何かが起こっているのだ。前王陛下のお力で……何かが」

(…………)

 宥めるようなレイゾンの声に、白羽もようやく落ち着いてくる。
 レイゾンに支えられたまま、固唾を呑んでティエンの気配を探る。
 わからない。でも……。

(ティエンさま……)

 ぎゅっとレイゾンの腕を掴んで心の中で名を呼び、次の声を待つ。
 と、ふ、と微笑んだような気配があった。

『……お前は良い騏驥だ、白羽。わたしはお前といられて幸せだった。だから一人で死ねたのだ。お前のおかげだ。これからは、お前の騎士と共に幸せに過ごすといい。わたしが与えられなかった分も、それ以上に——』

 懐かしい声だ。優しく流れるような声音。遠くから聞こえてきているかのように部屋に響いているのに、胸の中に染み込んでくる。涙が滲む。
 レイゾンの身体も緊張している。彼にも、やはり聞こえているのだ。

「——陛下」

 レイゾンが、声を上げた。

「改めてお約束します。白羽のことを絶対に——絶対に——ずっと——大切にします」

 ぎゅっと抱きしめられ、白羽もまたレイゾンの腕を掴む手に力を込める。

 と——。

『白羽』

 再度声がした。

『わたしは騏驥を鞭打てなかった。けれど……いくらかでもわたしの力を与えることはできよう。お前の騎士の鞭に触れてごらん』

(鞭……?)

 思わず目を瞬いてレイゾンを見る。彼も目を丸くしている。が、そっと腕を解いてくれる。白羽は言われるまま、レイゾンが腰に帯びている鞭に触れた。

 特に変化はない……気がするけれど……。
 首を傾げると、今度はくすりと笑った気配がした。

『大丈夫だ。ちゃんと伝わっている。それはお前とお前の騎士のための特別な鞭になった。……間に合ってよかった。わたしの力も、次第に薄れる。失われてしまう前に……与えることができて……』

(ティエンさま……!)

『幸せに……なりなさい……』

(ティエンさま!!)

 小さくなっていく声に向けて、白羽は必死で名を呼ぶ。
 伝わっている。届いている。きっと。——きっと。

(ティエンさま……っ!!)

 涙が後から後から溢れる。
 
 だが、待ってももう声はなく——部屋に満ちていた光も次第に失われていく。
 そして再び戻ってくる静寂。

 レイゾンの指が、そっと涙を拭ってくれた。

「お声まで美しい方だ」

 白羽の目尻に、頰に、優しく触れながら、レイゾンは呟くように言う。

「お心も……。——俺も、負けぬほど良い主になれるように、励まなければな」

 その声に顔を上げると、レイゾンの温かな眼差しと目が合った。
 
 男らしい厳つい面差しに、頬の傷。
 無骨で、もの慣れていなくて。

 ——この人が、わたしの騎士——。
 
 わたしを細やかに気遣い、心地よく走らせ、なによりも信頼してくれている人。
 その命を、預けてくれるほど。

 ——この人が、わたしの騎士——。

 わたしを、愛してくれる人。
 過去ごと。
 未来まで——ずっと。

 白羽はレイゾンの手を取ると、涙の乾いた頬に押し当てた。
 ごつごつしている。けれど不思議と心地いい。
 その温もりを確かめるように頬ずりすると、もう一方のレイゾンの手がそっと背に触れた。
 ゆっくりと——静かに抱き寄せられ、彼の香りが強くなる。
 ぎゅっと抱きしめられ、広い胸に身をゆだねると、身体と心いっぱいに幸せが満ちる。


「愛している、白羽」

<愛しています、レイゾンさま>


 この人が——わたしの騎士。
 わたしの愛する、騎士。

 胸の中で呟くと、それが聞こえたかのように強く強く抱きしめられた。



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