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221 騎士の想い
しおりを挟む息をすることも忘れてレイゾンを見つめる白羽に、彼は言葉を継ぐ。
「だから……俺はお前を俺だけのものにしたい。俺以外のどんな騎士のことも、誰のことも気にしてほしくない。考えてほしくない。だが……」
僅かに言葉を切ると、レイゾンは続ける。
「だが、それはこれから先のことについてだ。過去の事は過去のこと。昔に戻れるわけでなし、大事なのはこれから先だ。これから先は、誰が相手だろうと、彼はお前の事について譲る気はない。鬣一本たりとも他の誰かに渡す気は無い。全て俺のものにして、大切に守る。——ずっとだ」
<レイゾンさま……!>
胸に込み上げてくる熱い想いに突き動かされるように、白羽は思わずレイゾンの手を握った。
まさか——まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。
忘れろと——ティエンのことは忘れろと、そう言われるとさえ思っていたのに。
憂いが、一気に薙ぎ払われる。荒っぽく。猛々しく。強引に。嵐のように。けれどこれは優しい嵐だ。ぐずぐず立ち止まったまま動けなかった自分を連れ攫っていく、烈しい熱情。
それでいて、彼はあくまでも優しい。
そう——そうだ。彼はここに来てからというもの、白羽に全く触れようとしなかった。まるで、ここでは触れてはいけないと決めているかのように。
白羽が触れたことで、レイゾンは驚いたように目を丸くする。しかし直後、その双眸は柔らかく細められる。手を、強く握り返された。
「……正直……色々考えたのだ。あれこれと考え……悩んで、迷った。だが、結局こう思ったのだ。昔を忘れぬということは、言い換えれば情が深いということではないか——と。それだけ、自身の主を大切に想う騏驥だということではないか、と。ならば、それをどうして責められようか」
<…………>
「それに、前の主人がいてこその今のお前だ。そして俺は、そんなお前を愛している。そもそも、そうでなければ俺はお前に出会えなかった」
<…………>
「だとすれば、もうなにも悩むことはないと思った。お前が誰を覚えていようと、俺がお前を愛しているということは変わらぬ。美しく——速く——情の深いお前を」
強く——強く手を握られる。
まるで、もう離れないというように。離さないというように。
「そして俺もまた、お前の中にいつまでも残る騎士になるだろう。お前が忘れることのできない騎士になるだろう。そうなる自信がある。お前が、そんな風に俺を愛す自信がある。俺は他の誰よりもお前を想い、愛している騎士だからだ」
<……っ……>
自信過剰です——と、白羽は言おうとした。
いつの間にそんなに自信家に、と。照れ隠しに、からかい混じりに。
けれどそれはできなかった。
何か言葉にするよりも早く、涙が込み上げてきたからだ。
レイゾンを探すために街を飛び出したあのとき。
夜の荒野、夢の中で、白羽は、自分の命と引き換えにレイゾンを助けることを拒絶した。
(そうだ)
思い出す。
本当に本当にレイゾンを助けたかったけれど、自分の命と引き換えにしてはレイゾンが悲しむだろうと思ったためだ。
彼はそんな風に——それほどまでに白羽を大切に思ってくれているに違いないと——信じられたから。
そして今。
レイゾンもまた同じくらい白羽を信じてくれているのだと知れて、言葉にできないほどの感激が込み上げてくる。
<はい……>
白羽は、レイゾンの手をぎゅっと握り返しながら思った。
<はい——レイゾンさま……>
自分はきっと、この先なにがあってもきっと、レイゾンのことを忘れることはないだろう。
覚えている。絶対に、ずっと。
大切なわたしの騎士。初めての、そして最後の騎士。
そう——思ったとき。
『——白羽』
どこからか、声が届いた。
忘れることのない声。夢の中で聞いた声。
ティエンの声が。
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