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215 思いがけない助け
しおりを挟む目的を完全に達するために、王が渋ったときの対策や対処もヨウファンと考えていたはずだった。上手く相手に譲るための立ち回り方を。
しかし、事前に考えていたことと実際に目の当たりにすることとは違う。
すっかり困惑してしまったレイゾンに、王はさらに詰め寄ってくる。
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすその様は本気のようにも芝居がかっているようにも見える。
本当にレイゾンの背後に誰かいるのではと疑って、その「誰か」を聞き出そうとしているのか、それともただ場を搔き乱したいだけなのか……。
レイゾンがすっかり困惑してしまったとき。
「——陛下」
不意に、声がした。
はっとレイゾンが目を向けると、それまで気配を感じなかったマルモア卿が近づいて来るのが見える。
王もびくりと動きを止めた。顔を歪めたまま首を巡らせ、卿を凝視する。
卿は薄く笑みを浮かべながら、「陛下」と繰り返した。
「陛下。どうぞもうその辺りでお納めを」
「納……っ! 我に命令するつもりか!?」
「いえまさか」
進み出て来た卿は、いっそう穏やかに言葉を継いでいく。
「ですがあまり取り乱されてはご威光に関わりましょう。もしこの者の背後に陛下を愚弄しようとしている不敬の輩がいるなら、それは後ほどじっくりと調べればよいこと。むしろ、ぜひこのわたくしめにご命令くださいませ。もしそのような輩がいるのであれば、この場に居合わせた臣として見逃せません」
「っ……」
「それよりも、さっさとこの者の処遇を決められた方が、御心にもよろしいかと」
「処遇!? そんなものは決まっておる! 既に命じておるわ! この者は騎士にあらず。よって白の騏驥はリーシァンの街へ送——」
「ですが先ほどの話では、あの騏驥は下賜されたものではなかった様子。一時的に貸し与えられたものならば、まだ未熟なこの騎士が、『合わない』と悩み、つい返そうとしたのも、やむを得ないことかと。どんな騎士でも騏驥を乗り換えることはございます。陛下からお借りしたものとは言え、騎士に乗り換えることを許さないのはさすがに無理があるのでは? この場合はお許しになってはいかがでしょうか?」
「そ……」
「それでもお咎めになるとなれば、まことに残念ながら騎士会の一員として黙っておくわけには参りませぬ。無礼を働いたものなら罰されるも致し方なしですが、そうでないものなら騎士会として見過ごすわけには参らなくなってしまいます。わたくしとしても遺憾ではございますが、この騎士の側に立って話をしなければならなくなるかと」
穏やかに淀みなく、しかしそれでいてじわじわと、卿は状況を思い通りにしていく。
そのやり方に、端で見ているレイゾンは呆気にとられるばかりだった。
こうやればよかったのかと思う反面、こんなのは自分には絶対に無理だとも思う。
長く騎士をやってるとこうなるのだろうか? いや、自分にはきっと一生無理だろう。
(それにしても、どうして卿は俺を庇って(?)くれるのか……)
頼んでいた覚えはない。——言えなかった。
それともレイゾンを庇う気ではなく、単に王の様子を見かねたのだろうか?
目の前でのやり取りを、レイゾンは固唾をのんで見守る。
王が忌々しげにレイゾンを見る。ひとしきり睨み、再びマルモア卿に向いて言った。
「だが我は既に命を発しておるのだぞ!? 間違いだったと言えというのか!?」
言葉の全てから「そんな気は一切ない」というのがひしひしと伝わってくる声だ。棘だらけの声。
しかし卿はそんな声をいなすように「いえいえ」と首を振った。
「これは陛下の誤りではなく、おそらく伝達の最中の誤りでございましょう。陛下は下賜なさるおつもりだったとしても、なにしろ相手は、まだなんの功もない身分卑しい騎士。となれば、官吏は『こんな騎士に下賜されるはずはない』と判断したのでは? そのため見届けの騎士も呼ばなかったのでしょう」
「……」
「ですが官吏をお責めになりませんよう。こんな青二歳の騎士では仕方ありません」
そう言うと、卿はレイゾンを見て「ふん」と、ことさら馬鹿にするように軽く鼻を鳴らす。
レイゾンは大人しく頭を下げた。
滅茶苦茶な言われようをされているが、幸いにして、それがどういうことなのか理解するぐらいの頭はある。
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