前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

文字の大きさ
上 下
220 / 239

215 思いがけない助け

しおりを挟む




 目的を完全に達するために、王が渋ったときの対策や対処もヨウファンと考えていたはずだった。上手く相手に譲るための立ち回り方を。

 しかし、事前に考えていたことと実際に目の当たりにすることとは違う。
 すっかり困惑してしまったレイゾンに、王はさらに詰め寄ってくる。

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすその様は本気のようにも芝居がかっているようにも見える。
 本当にレイゾンの背後に誰かいるのではと疑って、その「誰か」を聞き出そうとしているのか、それともただ場を搔き乱したいだけなのか……。
 レイゾンがすっかり困惑してしまったとき。

「——陛下」

 不意に、声がした。
 はっとレイゾンが目を向けると、それまで気配を感じなかったマルモア卿が近づいて来るのが見える。
 王もびくりと動きを止めた。顔を歪めたまま首を巡らせ、卿を凝視する。
 卿は薄く笑みを浮かべながら、「陛下」と繰り返した。

「陛下。どうぞもうその辺りでお納めを」

「納……っ! 我に命令するつもりか!?」

「いえまさか」

 進み出て来た卿は、いっそう穏やかに言葉を継いでいく。

「ですがあまり取り乱されてはご威光に関わりましょう。もしこの者の背後に陛下を愚弄しようとしている不敬の輩がいるなら、それは後ほどじっくりと調べればよいこと。むしろ、ぜひこのわたくしめにご命令くださいませ。もしそのような輩がいるのであれば、この場に居合わせた臣として見逃せません」
 
「っ……」

「それよりも、さっさとこの者の処遇を決められた方が、御心にもよろしいかと」 

「処遇!? そんなものは決まっておる! 既に命じておるわ! この者は騎士にあらず。よって白の騏驥はリーシァンの街へ送——」

「ですが先ほどの話では、あの騏驥は下賜されたものではなかった様子。一時的に貸し与えられたものならば、まだ未熟なこの騎士が、『合わない』と悩み、つい返そうとしたのも、やむを得ないことかと。どんな騎士でも騏驥を乗り換えることはございます。陛下からお借りしたものとは言え、騎士に乗り換えることを許さないのはさすがに無理があるのでは? この場合はお許しになってはいかがでしょうか?」

「そ……」

「それでもお咎めになるとなれば、まことに残念ながら騎士会の一員として黙っておくわけには参りませぬ。無礼を働いたものなら罰されるも致し方なしですが、そうでないものなら騎士会として見過ごすわけには参らなくなってしまいます。わたくしとしても遺憾ではございますが、この騎士の側に立って話をしなければならなくなるかと」

 穏やかに淀みなく、しかしそれでいてじわじわと、卿は状況を思い通りにしていく。
 そのやり方に、端で見ているレイゾンは呆気にとられるばかりだった。

 こうやればよかったのかと思う反面、こんなのは自分には絶対に無理だとも思う。
 長く騎士をやってるとこうなるのだろうか? いや、自分にはきっと一生無理だろう。
 
(それにしても、どうして卿は俺を庇って(?)くれるのか……)

 頼んでいた覚えはない。——言えなかった。
 それともレイゾンを庇う気ではなく、単に王の様子を見かねたのだろうか?

 目の前でのやり取りを、レイゾンは固唾をのんで見守る。
 王が忌々しげにレイゾンを見る。ひとしきり睨み、再びマルモア卿に向いて言った。

「だが我は既に命を発しておるのだぞ!? 間違いだったと言えというのか!?」

 言葉の全てから「そんな気は一切ない」というのがひしひしと伝わってくる声だ。棘だらけの声。
 しかし卿はそんな声をいなすように「いえいえ」と首を振った。

「これは陛下の誤りではなく、おそらく伝達の最中の誤りでございましょう。陛下は下賜なさるおつもりだったとしても、なにしろ相手は、まだなんの功もない身分卑しい騎士。となれば、官吏は『こんな騎士に下賜されるはずはない』と判断したのでは? そのため見届けの騎士も呼ばなかったのでしょう」

「……」

「ですが官吏をお責めになりませんよう。こんな青二歳の騎士では仕方ありません」

 そう言うと、卿はレイゾンを見て「ふん」と、ことさら馬鹿にするように軽く鼻を鳴らす。
 レイゾンは大人しく頭を下げた。
 滅茶苦茶な言われようをされているが、幸いにして、それがどういうことなのか理解するぐらいの頭はある。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...