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212 騎士の策(2)
しおりを挟む『しかし、一つ懸念されるのは果たしてそれで押し切れるかどうかいう点ですね』
すると、ややあってヨウファンが書物に目を向けたまま言った。
『というと?』
レイゾンは顔を上げて尋ねる。ヨウファンは少し考えるような間を空けて、顔を上げた。
『つまりなんというか……貴人に言動を翻させる場合には、上手く相手の面子を立ててやることも必要だということです。でなければ相手は意固地になってしまいかねません』
『?』
意味がわからない。
レイゾンが眉を寄せると、ヨウファンはクスリと笑う。レイゾンはわざと渋面を作って言った。
『察しの悪い田舎者で苦労をかけるな』
『いえいえ』
ヨウファンは首を振るが、顔は笑ったままだ。
『そんなことはお気になさらず。要はこちらの希望を完全に叶えるためには、少し駆け引きめいたものが必要になる、ということです』
『それは……俺には苦手だな。それに譲歩はできぬ』
『ええ。譲歩は必要ありません。押し切るための駆け引きですから。必殺の一太刀を振るい、こちらが勝ちだと示した上で、相手に上手く譲ってやるということです。勝った後まで滅多打ちにしては、相手は負けを認める機会を無くして意固地になります。そうなると、下手をすれば交渉は決裂します。負けを認めても恥にならないところで相手に譲るのです」
『理屈はまあ……わかった。気がする。だが……』
そんなに上手くいくだろうか。
やれるだろうか?
レイゾンは自分に問う。
……自信がない。
思い返せば、騎士学校では真逆のことをしてばかりだった。剣でも騎乗でも、自分の力や上手さを周囲に見せつけることで、馬鹿にされないようにしようと必死だったから。
いや、しかし。
今はあの頃の自分とは違う。
——なんとかするのだ。
レイゾンは自分に言い聞かせると、「だが」の次の言葉を待っている様子のヨウファンに向けて、慌てて言葉を継いだ。
本来口にするつもりだった弱音ではなく、別のことを。
『だが、それも全て、こちらに決定的な”何か”があってのこと。こちらに勝機をもたらす"それ"がなければ、話にならぬ』
『そうなのですよ。なにか思い至るものはありませんか』
『そう言われても、こうなった経緯は既に話した通りだ。俺が白羽を返上したいなどと口にしたから……』
『その時は真剣に考えて騏驥のためだと思ったのであれば仕方がありません。ですが、もう一度だけ最初から——国王陛下からあの騏驥を賜ったときの話から伺ってよろしいですか』
身を乗り出すようにして言うヨウファンに、レイゾンは深く頷く。
が、直後「そうだ」と思い至った。
『俺が話してもいいのだが、今回は貴殿に話してもらうというのはどうだろうか。俺が話した内容は書き留めてあるのだろう?』
『え、ええ。全て書き残してありますが……』
『ならば、それを見て話してみてくれ。もしかしたら、人が話したものを聞けば思い出せることもあるかもしれぬ』
『ああ……なるほど』
ふと思い立ってのレイゾンの提案に、ヨウファンは快く応じてくれた。
『それはいいかもしれませんね。少し視点が変わりますし、なにか新しく気付くこともあるかもしれません』
『ああ。俺も一応ここらにあるものは読んでみたから、今までよりは色々と知識も増えたと思う。もしかしたらなにかおかしな点を指摘できるかもしれん』
二人は頷き合い、ヨウファンはこれまでレイゾンが話したことを書き留めた紙を見ながら話し始めた。
いきなり王城に呼び出されたこと。
そこで何の予告もなく、騏驥を下賜するという話をされたこと……。
そして——。
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