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211 騎士の策
しおりを挟む◇ ◇ ◇
『解っていたことですが、なかなかむずかしいですねえ』
方々とやりとりしている文や集めた書物でいっぱいの卓を挟んだ向かい。
溜息交じりにそう言うと、ヨウファンはうーんと大きく背伸びをする。
彼の屋敷の部屋の一つ。
あまり人が来ることのない離れにあるそこで、レイゾンは彼とともに王都に帰ってからの作戦を練り続けていた。
魔獣から受けた傷はまだ治りきっていないが、完治するまでゆっくり寝ていられるような余裕はないとわかっていたためだ。
なにしろ、レイゾンがやらなければならないのは王命を覆すこと。
自身は騎士であり続け、さらには白羽を自らの騏驥としてずっと側に置くという希望をなんとかして通すことなのだから。
しかし、それは簡単なことではない。
今回のことはレイゾンの浅慮が招いたことで、本来ならとてもではないが巻き返すことは不可能だ。
『すまぬ。俺が浅はかだったばっかりに』
後悔と、自分のために尽力してくれているヨウファンへのすまなさを感じながらレイゾンが言うと、ヨウファンは『いえいえ』と朗らかに笑った。
『確かに難しく大変なことですが、その分やりがいはありますからね。まさかわたしに騏驥の主になれという命令が来るとは思っていませんでしたし、それも面白かったですが、そんな命令をこの手で覆せるかと思うとワクワクしますよ』
そしてニヤリと笑って言う口調はいかにも楽しげで、この男の得体の知れなさにレイゾンは苦笑するしかない。
(悪いやつではないのだろうが……)
商売人だからなのか、それとも生まれ育ちがややこしいためなのか(そのあたりは本人から聞かされた)、レイゾンにはよくわからない感性の男だ。
とはいえ、彼の知識や彼が持つ人脈は、そうしたものに縁のないレイゾンにはとてもありがたく、さらにそれらを惜しげもなく使ってくれることには感謝しかなかった。
今目の前に積み上げられている書物も、ヨウファンは「取り急ぎかき集めた」と言っていたが、とても「取り急ぎ」とは思えない量だ。過去の勅命や勅許の写し。一体どこから手に入れたものなのか、レイゾンには想像もつかない。
『貴殿には大きな借りができたな』
レイゾンがポツリと言うと、手元の書物から目をあげたヨウファンが小さく苦笑する。そして『なんの』と笑った。
『騏驥を抱えることを思えば安いものです。あんなに扱いづらいもの、正直なところわたしの手には余ると思っておりましたので、連れて行っていただけるならありがたいことですよ』
そしておどけるように言うと、
『そんなことより』
と、真顔になって続けた。
『レイゾンさまも、もっとしっかりそれらをお読みになってくださいませ。探せば、きっと命令が覆った前例もあるはずです。人のやることに、いままで一度も間違いがなかったとは思えませんからね』
『あ、ああ。わかった』
叱られて、レイゾンは慌てて書物に目を戻す。
そう。今回の作戦において、なにか突破口があるとすればまさしくそれだった。
誰のどんな命令であっても、長い歴史の中では、必ず誤りが生じたことはあるはずだ。言い損じ。書き損じ。伝え損じ。
ならばそれを見つけ、矛盾点を探ることで、今回の王の命令を覆すための参考にできればと考えたのだった。
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