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209 騎士と王
しおりを挟む見るからに面倒そうな様子の王は、しかし。
レイゾンの姿だけではなく、その背後に控えるマルモア卿の姿をも見たのだろう。途端、慌てたように目を瞬かせ、訝しそうに眉を寄せると、
「……どういうことだ」
いくらか苛ついているような声音で言った。
「なぜ其方が……」
その問いには、レイゾンの背後からすぐに応えがあった。
「——目付役だとでもお考えくださいませ。この騎士は、まだ騎士になって日が浅く、城内や陛下の御前での振る舞いに不慣れな様子。ならば報告にも慣れていないだろうと推察し、付き添って参りました。形式的にとはいえ騎士を束ねる騎士会の一人として、万が一にも陛下のご気分を害することのないように、と配慮致しましてのことでございます」
「…………そうか」
マルモア卿の滑らかな言い回しに対して、王の返事は歯切れが悪い。
理由はわかったが不満——といった感じだ。
騎士会は、騎士というそれぞれ独立した権利を持つ存在を、便宜上まとめている組織だ。
普段は気にすることもないものだが、任務を受けた時などは他の騎士たちとの情報共有のため(危険な場所や街の変化などは遠征の多い騎士にとって大切な情報だ)集まることあるし、レイゾン自身はまだ当事者になったことはないが(なりかけたが)、騎士同士の揉め事の仲裁をすることもあるようだ。
他にも、調教師と騎士との関係の調整をすることもあるし、時には王に意見することもある——らしい。
レイゾンだけならともかく、そんな組織の重鎮がこの場にいるのは、王としては、少々都合が悪いということなのかもしれない。今からレイゾンが騎士であることをやめさせようとしているのだから。
(とはいえ、卿は俺の味方をしてくれるわけではないのだがな……)
むしろ文字通り背後から撃たれる可能性だってある。
しかし、王としても今になって帰れとは言えないのだろう。
仕方がないという気配を醸し出しつつも、何も言わずそこにいることを許す。
そして、気分を変えるかのように軽く身じろぐと、今度ははっきりとレイゾンを見た。
「遠征ご苦労だった。この報告をもって其方の任務の全てが完了となる。同時に、其方の希望通り騏驥を返上させる。が……王たるわたしが下賜したものを返すというのが、どういう意味かわからぬわけではないだろう。よって、今この時をもって其方の騎士の任を解く。——疾く立ち去れ」
さっさと終わらせてしまいたい、というように早口で言うと、王は机上に目を戻す。が——。
「どうした、レイゾン。返事は」
レイゾンが返事をしなかったことを不審に思ったのだろう。
数秒後、王は再び顔を上げる。
レイゾンを見る目は、きつく眇められている。不快さも露わな表情だ。
一瞬気圧されそうになり、レイゾンはぎゅっと拳を握りしめる。
そしてしっかりと見つめ返して、言った。
「承知致しかねます」
「……なんだと?」
王の声が低く響く。「意味がわからない」という声だ。そんな顔だ。
傍の近侍もギョッとした顔をしているし、背後からも不穏な気配を感じる。
が、レイゾンは続けた。
「白を返上したいと申し上げたことは間違いございません。ですが、それによってわたくしが騎士の任を解かれることは承知いたしかねます。またさらに申し上げれば、白を返上したいという件も取り下げたく存じます」
「! ふざけるな! 其方が言い出したことであろう!?」
王はもう声を荒らげることを隠さない。
しかしレイゾンは怯まず続ける。
「はい、確かに。あの折は自分に自信がなく、せっかく陛下が貸与して下さっていた騏驥をお返ししようと思っておりました。ですがこの度、騎士としての任務を頂き、気付いたのです。きっとこれは陛下のご温情。わたくしを試すために騏驥を貸してくださったことも、それによってわたくしが自分自身の弱さに気づくこともお見通しの上で、より良い騎士となるための試練をお与えくださったのだ、と。その上で、『もう一度考え直せ』という温かなお心遣いまで頂き、おかげさまをもちまして、騏驥との絆を新たにいたしました。その結果がこちらでございます」
言い終わると、レイゾンは懐から一通の手紙を取り出す。
「なんだそれは」
「任務とは別の報告でございます。ジウジ領の魔術師からのもので、わたくしが預かって参りました」
近侍を通して王に渡すと、王は怒りの収まらないままの荒い手つきで読み始める。
ほどなく、その表情は驚きに変わった。
「魔獣……?」
王のその呟きが聞こえたのだろう。
レイゾンの背後にいるマルモア卿が「わたくしも拝見いたしたく存じます」と口にする。
ほどなくマルモア卿の手に手紙が渡り、それを読み終えると、
「なるほど」
と、卿は頷いた。
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