前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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207 王城で(2) 迷う騎士

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 不意の思わぬ声に——思わぬ質問に、思わず立ち止まってしまいそうになる。
 無理やり足を動かすレイゾンの耳に、卿の声は続く。

「貴殿は今から、陛下に任務完了の報告をするという仕事がある。騏驥を連れ歩くことはできず、あの騏驥は一人になるだろう。そのときでも、もし騏驥が何か問題を起こせば、その責は全て騏驥を連れて来た貴殿が負うことになる。それはわかっているだろうに、なぜ連れて来たのかと思ったのだ」

 穏やかな声だが、そこには言葉通りの質問の他にも、「なぜ城内なのに騏驥を単独で自由にさせているのか」という含みも感じられる……気もする。
 確かに、普通の騎士から見れば違和感があるのだろう。
 レイゾンだって、普段ならこんなことはしない。

 だが、今日は。
 だが、今回は。
 白羽の願いを叶えてやりたいと思ったのだ。
 それが何だとしても、その内容を聞かなくても。

 滅多にレイゾンに頼み事などしない彼がした願いだから。

(しかも、あんな顔で……)

 白羽自身はきっと気付いていないだろう。
 けれどレイゾンに「城に行きたい」と持ちかけてきたときの彼の顔は、いつになく張り詰めていた。

 だから理由も聞かなかったし叶えてやろうと思ったのだ。

 しかし——。
 騏驥にそんなに自由にさせる騎士は、滅多にいない。

(ここで妙な怪しまれ方をされたくはない……)

 レイゾンは気圧されそうになるのをぐっと堪えると、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
 落ち着いて——しかし早急に理由それらしい話を考えるのだ。

「白羽を……わたしの騏驥を今日城へ連れて来たのは、検査と医師に薬を貰いに行かせるためです。遠征から戻ってからはずっと休ませていたのですが、どうも体調が戻らず……。別の日にするよりも早いほうがいいかと思い、わたしの参城に合わせました。確かに医師の元へ行くまでは一人での行動になりますが、その後はずっと医務室でしょうから、大丈夫だろうと判断いたしました」

 今考えた理由でっちあげだと気づかれないよう、レイゾンは敢えてゆっくり話す。
 堂々としているように聞こえるように。
 
 嘘は慣れていないうえに、相手はあらゆる面で”熟練している”だろう卿だ。
 どれだけ誤魔化せているかは自信がない。それでも、ここで妙な足止めはされたくない。

 レイゾンは、肩越しにチラリとマルモア卿を見る。
 すると卿は表情を変えることなく、「なるほど」と頷いた。

「騏驥は健康が第一だからな。まあ、わたしは眼福だったが。五変騎の白。良いものを見た」

「は……」

 そして続いた思いがけない言葉に、レイゾンは戸惑う。嘘が通った——ようにも思えるが、そうではないようにも思える。
 気になってとうとう足を止めて振り返ると、

「——美しい騏驥だ」

 目が合った卿は、さらりとそう言った。
 その声には無用な好奇の気配はなく、ただ称賛だけがある。

「俺……じゃない、わたくしもそう思います」

 だからレイゾンも自然にそう応える。
 と、卿は二度、三度と頷いた。

「良い騏驥は、立ち姿を見ただけでわかる。馬の姿でも、人の姿でも。——大事にすることだ」

 表情は変わらず、しかしレイゾンをしっかりと見つめしみじみとした口調で言ったその言葉に、レイゾンは胸が熱くなった。

 騎士なのだ、と思った。
 この人も騎士なのだ。
 自分とは生まれも育ちも立場もまるで違っているけれど、この人も騎士で……。それも騏驥に対してのある種の敬意を持っている騎士なのだ、と。

 兵器である騏驥に対して敬意を持つなど馬鹿げているという者もいるけれど、レイゾンはそれは違うと思っている。
 兵器だからこそ、自分に「合う」ものを得た時には、それを格別に大切に思うし、それを得られたことに感謝するし、それ自体に敬意を抱く。
 馬鹿にしているものに、どうして騎乗し命を賭けることができるものか。

 レイゾンは騎士になる前からずっとそう思っていた。なりたいと思ったときから。
 それは、貴族ではなく騏驥に接することもほとんどなかった自分だけのことかと思っていたが、そうではなかった。
 知り合ってみれば心から騏驥を大切にしている騎士もいるし、レイゾンのように敬意のようなものを抱いていると思われる騎士もいた。
 そして。

(卿も……)

 そんな方ではないかと思うのだ。

 だとしたら。
 白羽と離れたくない自分の気持ちもわかってもらえるのではないだろうか。
 
 ならば、いっそ話してみようか……?

 レイゾンの胸をそんな気持ちが過ぎる。
 親しいというわけではないし、苦手なことには変わりない。
 けれど、話せば力になってくれるのではないだろうか……。

(だが……)

 だが、話して、もしここで咎められたら。
 陛下に話をすることさえできなくなってしまうかもしれない。

 そう思うと、今のやり取りだけでは決断できなくなってしまう。
 
 レイゾンはマルモア卿を見つめる。
 不躾なほどじっと見つめて——。
 何も言わず、再び歩き始める。

 やがて、王に報告するための部屋についた。




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