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201 旅立ち前日——月のない夜空でも
しおりを挟む考え事をしていたせいか、彼が近づいてきていたことに気づかなかった。
ちょっとは成長したと思っていたのに、相変わらず、ダメな騏驥だ。
内心しゅんとしている白羽にも構わず、ヨウファンはにこにこ微笑みながら近づいてくる。
どうやら話をする気のようだ。
そうではないにせよ、わざわざ声をかけてきたということは何かあるのだろう。
[今夜は、楽しい宴をありがとうございました]
白羽がとりあえず先に今夜の礼を伝えると、ヨウファンは「なんのなんの」と笑った。
「見送りにかこつけて、賑やかで酒が飲める席を設けただけだよ。気にしなくていい。それより、身体はもう大丈夫かな」
[はい。おかげさまで]
「持って行かせた薬も効いただろう」
[はい。助かりました]
レイゾンの傷に効いた薬を思い出して白羽は頷く。が、ヨウファンは「でもね」と続けた。
「レイゾン殿の傷の回復については、薬以上にお前の力が関わっているようだよ」
じっと見つめられ、白羽は答えに窮する。
ヨウファンは微笑んで続ける。
「魔術師が気にしていた。お前に魔術の痕跡がある、と」
<…………>
白羽はヨウファンを見つめ返す。咎められているわけではないようだが、彼がなにを言いたいいのかわからない。
息を詰めて彼の次の言葉を待つ白羽に、ヨウファンはにこやかなまま続ける。
「騏驥は魔術を使えない——。普通は。けれどお前にはその痕跡があった。……ティエンが影響しているのかな」
<……!>
「昼間に邸の方へ行ったのも、その件で?」
白羽は戸惑いつつ、[そういうわけではないですが……]と書き、
[どうしてあの邸に行ったと?]
と、さらに書いて尋ねる。ヨウファンは「そりゃわかるよ」と笑った。
「この街最後の日に、お前がわざわざ出かけるとなれば、あそこしかない。きちんと手入れしていたつもりだけど……あれで良かったかな」
[十分すぎるほどでした。美しくて……懐かしかったです]
「それはよかった。門も、お前のためなら開いたのだね」
どきりとしつつも、白羽はおずおずおずと頷く。
と——。
「——白羽」
ヨウファンが、改めて白羽を呼ぶ。見れば、彼は穏やかに白羽を見つめてきていた。
「……ティエンは——今は敢えてこう呼ぶけれど——お前と会って幸せだったと思う。それだけは、お前がここを去る前にきちんと伝えておきたかった」
<…………!>
息を呑む白羽に、ヨウファンは続ける。
「お前を連れて王都に戻って以来この街に来ることはなかったけれど、季節の便りを送り合っていたからね。直接どうこう書いていたわけではないけれど、お前を側に置くようになってからは明らかに文から伝わってくる雰囲気が変わっていた」
(…………)
初めて聞く話にどきどきする。思わず胸元を押さえながら聞いていると、
「だから彼は幸せだったと思う。とてもね。……それでも、まだお前が何かに思い悩むようなら、いっそ直接彼に会いに行ってみるといい。彼の遺したものや想像だけで悩み続けるよりも建設的だよ」
にっこり笑ってヨウファンは言った。
(直接……)
白羽は反芻する。
思ってもいなかったことを言われたからか、胸がどきどきしている。
(あの霊廟へ再び足を踏み入れる……)
想像すると、怖さに身震いした。
城にいた頃は——ティエンを悼んで過ごしていたころは当たり前のように霊廟に足を運んでいた。
けれど……。
白羽は不安を隠せないままヨウファンを見る。が、彼は相変わらず微笑んだままだ。
「まあ——それは王都への道中考えてもいい。それよりも、もう部屋に戻りなさい。これは命令ではなくこの屋敷の主からの助言だけれど、明日のためには聞いておいた方がいい」
そして相変わらずの軽やかな口調で言うと、「また明日の朝に」と軽く手を上げて去っていく。
その背中が見えなくなると、白羽は思いがけない話を聞いた興奮を冷ますように夜空を見上げる。
月はやはり出ていない暗い夜空。
暫く見上げると、やがて、白羽は眠るべく自身の部屋へと足を向けた。
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