202 / 239
197 旅立ち前日
しおりを挟むそれからの数日は、ゆるりと感じるようでありながらあっという間のようにも思える不思議な日々だった。
白羽もレイゾンも療養が必要だったため、当初は一日の大半を部屋で過ごしていたが、サンファやユゥの献身的な看護や薬のおかげもあり、日が経つごとにみるみる回復し、いよいよ明日は街を発って王都へ向かうこととなった。
思えば、久しぶりの王都だ。
当初は護衛の任務を受けての遠征のつもりだったから、まさかこんなに長く離れるとは思っていなかった。
この街に来るとも思っていなかったし、まさかここに置いていかれることになっていたことも知らなかったし……魔獣に遭遇することになるとも思っていなかった。
意外なことばかりだったなと思いながら、白羽は荷物の整理をしているサンファを眺める。
王都を出た時は、任務が終わればすぐに戻るつもりでいたから、荷物はさほど多くなかった。が……今はあれやこれやとやたらと増えて、サンファはそれらをどうやって持って帰るか四苦八苦しつつも楽しそうだ。
今、魔術袋に彼女が詰め込もうとしている数々の衣は、
『お前がここに留まった時のためにと思って用意していたものだから、帰るなら持っていくといい』
という言葉と共にヨウファンに渡されたものだ。
白羽としては、そんなにたくさんの衣は必要ないから、と断ろうとしたのだが、「せっかくですから頂いておきましょう!」と強固に主張したサンファに負け、持って帰ることになった。
趣味のいいヨウファンが誂えさせたものだけあって、どれも品よく洗練されていて、見事なものばかりだ。
(こういうところにも、血の繋がりが表れるのだろうか)
ティエンと遠縁だと言っていたヨウファン。
一時は白羽の新たな主となるかと思われた彼だが、白羽とレイゾンがこの屋敷に戻ってからは、連日、折に触れてはレイゾンと話し込んでいる。
レイゾンは別の部屋にいるから詳しくは知らないが、おそらく王都に戻ってからのことを話し合っているのだと思う。方々に急ぎの使者を送っているようだし、作戦会議、というわけだ。もしかしたら、今もそうかもしれない。
白羽は、ちら……と庭へ目を向ける。庭木の緑に花々のとりどりの色味が綺麗だ。
魔獣が街を襲うかもしれないという恐怖も晴れたためか、塀の向こうから聞こえてくる人々の声も、屋敷の雰囲気も元に戻っている。
今日は天気がいい。時刻もまだ昼を少し回ったぐらいだし、今から出かけても明るいうちに帰って来られるだろう。遠出ではないのだから。
白羽は手元にあった紙にサラサラと書き記すと、熱心に荷物を詰めているサンファの側に近づき、それを見せる。
[少し出掛けてこようと思う]
「!?」
サンファが驚いた顔で手を止めた。
「どうなさいましたか? 一体どちらに……」
[街に]
「街に? この屋敷の外にお出になるというのですか?」
白羽が頷くと、サンファは慌てた様子で立ち上がった。
「お身体は大丈夫なのですか? 明日には王都へ向けて旅立つ予定でございます。お怪我も治りお疲れもほぼ回復されたとはいえ、今日のところはゆっくりなさった方がよろしいのでは……。もし何かお入り用ならば、わたくしが買い求めて参りますが」
心配そうに言う侍女に、白羽は「ううん」と首を振った。
[何か欲しいものがあるわけじゃないんだ。ただ、この街を発つ前に行っておきたいところが、あって]
「行っておきたいところ……でございますか……。明日ここを出てから立ち寄るというわけには……」
白羽が首を振り、じっと見つめるとそれで何かを察したのだろう。
サンファは「わかりました」と頷いた。
「ですが、さすがにお一人にするわけにはまいりません。わたくしも一緒に参りますが、それでよろしいでしょうか。であればなんとか……ヨウファンさまに話をして参ります」
[ありがとう。頼むよ。ただ……出先ではお前に色々と注文をつけてしまうことになると思うけど]
「注文、ですか」
不思議そうにサンファは首を傾げるが、直後「よろしいですよ」と微笑んだ。
「構いません。そのご様子からすると何か大切なことのようですし、何なりとお申し付けを。——では少しだけお待ちくださいませ」
そう言うと、サンファはそこに出ていた衣をきれいに畳み直して部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、
(『ご様子からすると』——か……)
彼女の言葉を反芻すると、そっと自身の両頬に触れてみる。自分がどんな顔をしたのかはわからないけれど、そんなにそれまで違うような——いつもと違うような顔つきだったのだろうか。
それとも態度がそわそわしていた?
(相変わらず目ざといなぁ……)
そんな有能な侍女は、外出する旨をヨウファンに伝える時もきっと上手くやるだろう。レイゾンが同席していてもさりげなく、不信を抱かれないように。
——白羽がそう望んだ通りに。
当初は同じ部屋で治療を受けていたにも関わらず、白羽が自分の部屋へ移った時から何かを察したのかもしれない。
庭を眺めながら待っていると、程なく、サンファが戻ってくる。
「外出の件を伝えてまいりました。特に引き止められることもございませんでしたので、街中であれば、おそらくわたくしが厩務員として同行する形で問題ないのかと。では——参りましょうか」
その声に促され、白羽は立ち上がると部屋を後にする。
街へと。
——ティエンとの思い出の場所である、あの屋敷を訪れるために。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
159
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる