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192 闘い——そして
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「白羽!」
レイゾンの声を背に聞きながら、白羽は魔獣の爪を避けるように飛び、跳ね、身を翻す。
とにかく、魔獣の意識をレイゾンから引き離さなければ。
だが馬の姿の時に比べれば、どうしても動きは遅くなる。
なにも纏っていない身体に容赦なく爪の雨が降り、避け損なった爪の先が、髪を、頰を掠める。
それでも、白羽は退かなかった。
少しでも——少しだけでも時間を稼ぎたい。
レイゾンのために。
——その一心で。
そうして魔獣を翻弄するかのようにその攻撃を交わして大きく跳躍すると、手にしていた符を一気に撒き散らすかのように投げつけた。
数枚だった符はその倍に——さらにその倍に——さらにその倍にと数を増し、羽吹雪のように魔獣を包む。
靄に守られていた魔獣が、身を捩ってのた打つ。
身体中にある口のような穴から、煙のような白いものが流れ出ていくのが見え、魔獣の動きが鈍くなる。
(よし!)
上手くいった!
着地した白羽がつい気を緩めた、その瞬間——。
苦しみもがくように闇雲に暴れ、腕を振り回していた魔獣の爪が、真っ直ぐに白羽に向かってくる。
(!!)
避けられない——。
恐怖で竦む身体に、死を覚悟したそのとき。
「——白羽!」
声がしたかと思うと、間近でキィン!!と鋭い金属音が響いた。
はっと見れば、魔獣の爪は剣に阻まれていた。レイゾンの剣に。
彼は白羽を守るようにして魔獣の爪の前に飛び込んでくると、自身の剣でそれを受け止めてくれたのだ。
(レ……)
「逃げろ! 白羽!!」
レイゾンは、白羽を背中に庇いながら叫んだ。
「あとは俺がなんとかする。もういい——もう十分だ。お前は逃げろ。お前だけでも——」
白羽は首を振るが、レイゾンは「逃げろ」と繰り返す。
「これ以上傷を受ければ、騏驥としてどうなるか! 魔術の影響も侮れぬ。騏驥は、走れなくなればその末路は悲惨なものだ。お前が『白』でもどうなるかわからぬ。取り返しがつかなくなる前に逃げろ!」
(~~~~~~~~~~~~)
だが白羽は首を振った。
レイゾンは剣で必死に爪を受け止めているが、やはり痛みで力が入らないのだろう。ジリジリと押されている。
そんな彼を置いて逃げられるわけがない。
今自分が逃げればレイゾンは一人でこの魔獣と戦うことになる。傷を負っている身体で。そんなことはさせられない。
白羽は一緒になって剣を支え、魔獣の爪を押し返そうとする。
しかしレイゾンはそんな白羽に首を振った。
「お前の気持ちはわかっている。だが逃げろ。お前に万が一のことがあれば、仮に俺は生き残れても、一生後悔する」
そして、微かに笑って言った。
「俺は、もう満足だ。生きてお前に再会できた。俺はもう——それでいいんだ。またお前に会えて、俺と一緒にいたいというお前の気持ちも聞けた。俺はもうそれだけで騎士になった甲斐があった。俺はもう、それで——」
レイゾンが言いかけた次の瞬間、魔獣が声にならない声をあげて吼える。
剣で受け止めていた爪に一層力が込められ、ギラギラと鋭さを増して迫るのが見えた直後。
(えっ!?)
何かに強く突き飛ばされたかと思うと、目の前に赤い何かが散る。
慌てて起き上がった白羽が見たものは——。
魔獣の爪に薙ぎ払われるように吹き飛ばされるレイゾンだった。
(レイゾンさま!!!!)
白羽は血の滴る魔獣の爪を視界の端に、レイゾンの傍に駆け寄った。
爪で抉られたのか、纏っていたものはズタズタに破れ、全身は血まみれになっている。
<レイゾンさま!! レイゾンさま!! しっかりしてください!!!!>
白羽は飛び散っている符をかき集めると、必死でレイゾンの傷を押さえる。けれど血は止まらない。顔色もみるみる悪くなっていく。四肢はぴくりとも動かない。
白羽は唇を噛み締めた。
(わたしを庇ったせいで……)
彼に突き飛ばされなければ、白羽まで爪の餌食だっただろう。
白羽は溢れる涙もそのまま、なんとかレイゾンを助けようと傷口を押さえ続ける。
背後から魔獣の気配が近づいているのも構わなかった。
(助ける——助ける——絶対——助かって……っ)
それしか考えられない。
手も髪も、全身がレイゾンの血に濡れる。
けれどそんなこともどうでも良かった。ただただレイゾンに命を繋いでほしくて、全身全霊で治癒にあたる。
符に願いを込める。
(レイゾンさま——レイゾンさま——レイゾンさま……)
心の底から彼の名を呼ぶ。
彼と出会ってからの一つ一つが蘇る。全部が。声も仕草も全てが。
彼の不器用さ、優しさ、怒った顔、笑った顔、撫でてくれた手の温もり。
(離れないと——離さないと、そう仰ったではないですか……!)
動かない身体に向けて、白羽は涙を零しながら必死に訴える。
死なない。死んだりしない。死なせない。
絶対——。
<レイゾンさま……っ>
そうして、もう何度目になるかわからないほど彼を呼んだとき——。
レイゾンに触れている手のひらが一気に熱くなる。と思うと、瞬く間に胸の奥までその熱が伝わり、脈動が耳の奥で響き始める。
やがて白羽の全身が——二人の身体が白い光に包まれ——。
レイゾンの声を背に聞きながら、白羽は魔獣の爪を避けるように飛び、跳ね、身を翻す。
とにかく、魔獣の意識をレイゾンから引き離さなければ。
だが馬の姿の時に比べれば、どうしても動きは遅くなる。
なにも纏っていない身体に容赦なく爪の雨が降り、避け損なった爪の先が、髪を、頰を掠める。
それでも、白羽は退かなかった。
少しでも——少しだけでも時間を稼ぎたい。
レイゾンのために。
——その一心で。
そうして魔獣を翻弄するかのようにその攻撃を交わして大きく跳躍すると、手にしていた符を一気に撒き散らすかのように投げつけた。
数枚だった符はその倍に——さらにその倍に——さらにその倍にと数を増し、羽吹雪のように魔獣を包む。
靄に守られていた魔獣が、身を捩ってのた打つ。
身体中にある口のような穴から、煙のような白いものが流れ出ていくのが見え、魔獣の動きが鈍くなる。
(よし!)
上手くいった!
着地した白羽がつい気を緩めた、その瞬間——。
苦しみもがくように闇雲に暴れ、腕を振り回していた魔獣の爪が、真っ直ぐに白羽に向かってくる。
(!!)
避けられない——。
恐怖で竦む身体に、死を覚悟したそのとき。
「——白羽!」
声がしたかと思うと、間近でキィン!!と鋭い金属音が響いた。
はっと見れば、魔獣の爪は剣に阻まれていた。レイゾンの剣に。
彼は白羽を守るようにして魔獣の爪の前に飛び込んでくると、自身の剣でそれを受け止めてくれたのだ。
(レ……)
「逃げろ! 白羽!!」
レイゾンは、白羽を背中に庇いながら叫んだ。
「あとは俺がなんとかする。もういい——もう十分だ。お前は逃げろ。お前だけでも——」
白羽は首を振るが、レイゾンは「逃げろ」と繰り返す。
「これ以上傷を受ければ、騏驥としてどうなるか! 魔術の影響も侮れぬ。騏驥は、走れなくなればその末路は悲惨なものだ。お前が『白』でもどうなるかわからぬ。取り返しがつかなくなる前に逃げろ!」
(~~~~~~~~~~~~)
だが白羽は首を振った。
レイゾンは剣で必死に爪を受け止めているが、やはり痛みで力が入らないのだろう。ジリジリと押されている。
そんな彼を置いて逃げられるわけがない。
今自分が逃げればレイゾンは一人でこの魔獣と戦うことになる。傷を負っている身体で。そんなことはさせられない。
白羽は一緒になって剣を支え、魔獣の爪を押し返そうとする。
しかしレイゾンはそんな白羽に首を振った。
「お前の気持ちはわかっている。だが逃げろ。お前に万が一のことがあれば、仮に俺は生き残れても、一生後悔する」
そして、微かに笑って言った。
「俺は、もう満足だ。生きてお前に再会できた。俺はもう——それでいいんだ。またお前に会えて、俺と一緒にいたいというお前の気持ちも聞けた。俺はもうそれだけで騎士になった甲斐があった。俺はもう、それで——」
レイゾンが言いかけた次の瞬間、魔獣が声にならない声をあげて吼える。
剣で受け止めていた爪に一層力が込められ、ギラギラと鋭さを増して迫るのが見えた直後。
(えっ!?)
何かに強く突き飛ばされたかと思うと、目の前に赤い何かが散る。
慌てて起き上がった白羽が見たものは——。
魔獣の爪に薙ぎ払われるように吹き飛ばされるレイゾンだった。
(レイゾンさま!!!!)
白羽は血の滴る魔獣の爪を視界の端に、レイゾンの傍に駆け寄った。
爪で抉られたのか、纏っていたものはズタズタに破れ、全身は血まみれになっている。
<レイゾンさま!! レイゾンさま!! しっかりしてください!!!!>
白羽は飛び散っている符をかき集めると、必死でレイゾンの傷を押さえる。けれど血は止まらない。顔色もみるみる悪くなっていく。四肢はぴくりとも動かない。
白羽は唇を噛み締めた。
(わたしを庇ったせいで……)
彼に突き飛ばされなければ、白羽まで爪の餌食だっただろう。
白羽は溢れる涙もそのまま、なんとかレイゾンを助けようと傷口を押さえ続ける。
背後から魔獣の気配が近づいているのも構わなかった。
(助ける——助ける——絶対——助かって……っ)
それしか考えられない。
手も髪も、全身がレイゾンの血に濡れる。
けれどそんなこともどうでも良かった。ただただレイゾンに命を繋いでほしくて、全身全霊で治癒にあたる。
符に願いを込める。
(レイゾンさま——レイゾンさま——レイゾンさま……)
心の底から彼の名を呼ぶ。
彼と出会ってからの一つ一つが蘇る。全部が。声も仕草も全てが。
彼の不器用さ、優しさ、怒った顔、笑った顔、撫でてくれた手の温もり。
(離れないと——離さないと、そう仰ったではないですか……!)
動かない身体に向けて、白羽は涙を零しながら必死に訴える。
死なない。死んだりしない。死なせない。
絶対——。
<レイゾンさま……っ>
そうして、もう何度目になるかわからないほど彼を呼んだとき——。
レイゾンに触れている手のひらが一気に熱くなる。と思うと、瞬く間に胸の奥までその熱が伝わり、脈動が耳の奥で響き始める。
やがて白羽の全身が——二人の身体が白い光に包まれ——。
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