前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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191 闘い(3)

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<あっ!>
「うわっ!!」

 それに戸惑う間もなく、何かが白羽の上に落ちてきた。
 レイゾンだ。
 乗っていた騏驥がいきなり人の姿になったせいで、受身を取る間もなく白羽の上に落ちる格好になってしまったのだ。

<っ……ぅ……>

 まともに下敷きになってしまった白羽は全身の痛みに顔を歪めたが、なんとか顔を上げて起きあがろうとする。が、次の瞬間、血の気が引くのがわかった。
 
 目に映ったのは、額に汗を浮かべて苦しそうにうめいているレイゾンの姿だったのだ。しかも彼は怪我をしていた脇腹を押さえて……。

(傷が!)

 おそらく、今の衝撃で傷が開いてしまったのだろう。いや——もしかしたらもっと前から我慢していたのかもしれない。
 
<レイゾンさま!>

「っ……白羽……大丈夫か……?」

<わたしは大丈夫です! ですが……っ!?>

 言いかけた言葉が宙に浮く。
 なにが起こったのか理解したのは、今まで自分たちがいたところに魔獣の爪が突き刺さっているのを目にしたときだ。
 レイゾンが咄嗟に白羽を抱えて飛び退ってくれていなければ、今頃二人とも致命傷を負っていたかもしれない。

 だが魔獣の攻撃はそれで終わりではなかった。 
 さっきまではレイゾンの剣によって確かに弱っていたはずなのに、なぜか活力を取り戻したかのようにこちらに向かってくる。

「白羽、しっかり掴まっていろ!」

 その度、レイゾンは白羽を抱えて爪から逃れるが、次第にその動きは重くなっていく。
 そして遂に——。

「っ…………」

 レイゾンは大きく顔を顰め、肩で息をしながら苦しそうに地に片膝をついた。立っていられないのだ。
 脇腹には血が滲んでいる。肩も、腕もだ。
 逃げる時に白羽を庇ってくれていたためだろう。
 傷だらけのレイゾンの姿に、白羽の胸が軋む。

(どうして変われないのか……!)

 馬の姿に変われさえすれば反撃も叶うだろうに、それはどうしてか上手くいかない。何度変わろうとしても変われないのだ。頭の中の雑音に変化を遮断されてしまっているかのように。

(どうすれば……)

 白羽がきつく眉を寄せていると、

「大丈夫か……白羽……」

 直近からレイゾンの声がした。
 苦しいだろうに、痛いだろうに、彼は微笑むように口の端を上げて白羽を見つめてくる。白羽を不安にさせないためだ。
 こんな時まで心配してくれるレイゾンに胸が熱くなるのを感じながら、白羽は<はい>と頷いた。

<わたくしは大丈夫です。 ですが……申し訳ありません、まだ馬の姿には……>

「仕方がない。何か魔術が影響しているのだろう。俺にもどうしてやることもできぬしな……」

 苦しいのか、荒い息混じりにそう言うと、レイゾンは再び白羽を抱えて攻撃を避ける。

「しつこい奴だな……」

 笑いながら言うが、その動きに余裕がないことは、もう本人もわかっているだろう。
 白羽は、靄の中でゆらゆらと揺れながら攻撃の機会を伺っている手負いの魔獣と、汗の浮いたレイゾンの貌とを交互に見つめる。
 意を決すると、

<わたしが囮になります>

 と告げた。
 レイゾンがギョッとしたように白羽を見る。白羽は頷いて見つめ返した。

<二手に分かれれば、魔獣も混乱するはず。わたしが囮になります。その間レイゾンさまは回復に努め、機を伺い、一息に魔獣を仕留めてください>

「馬鹿を言うな! 剣すら振るえぬお前など、すぐにあいつの餌食だ!」

<符をいくつかお借りします。目を眩ませることぐらいはできるはずです>

 そして白羽はレイゾンの懐から符を取り出すが、

「だめだ!」

 レイゾンは声を荒らげて大きく首を振ると、「そんなことは許さない」というように白羽を抱きしめてきた。
「ここにいろ」というように。「離さない」というように。

 その腕の強さと温かさに、白羽は泣きそうになる。
 騎士によっては、白羽がそう言い出す前に「お前が囮になれ」と言う者もいるだろう。
”騎士は騏驥を犠牲にしていい”のだから。

(なのにこの方は……)

 白羽はレイゾンを見つめ返すと、泣かないように堪えながら言う。

<わたしのために迂回しようと仰ってくださったレイゾンさまに異を唱え、このような危険な状況に陥る愚を犯してしまいました。どうかせめて、挽回の機会をお与えください>

「ダメだ!! お前のことは俺が——」

 しかしレイゾンが叫ぶようにそう言って白羽をさらに強く抱きしめようとしたとき、魔獣の爪が二人の頭上から襲いかかってくる。
 さっきまでのように、レイゾンは白羽を抱えて逃げようとした。だが傷の痛みのためか、その腕が僅かに緩む。
 刹那、白羽は彼の腕を解くと、魔獣目掛けて駆け出した。


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