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190 闘い(2)
しおりを挟む白羽はレイゾンを背に駆けながら、魔術からの反撃を必死で交わし、阻む。
おそらく、この魔獣は元は鼬鼠のような小動物だったのだろう。
しかし今はほとんどその面影はない。爪は大きな刃物のようだし、歯は牙のようだ。身体も、元は抱えられるほどの大きさだったとは思えないほど大きくなっているし、しかもあちこちに口らしきものがあり、そこからだらだらと涎を垂らしている。
<ひどい……>
原型を留めないほど歪な変化を遂げてしまっている魔獣に、白羽は顔を顰める。
どうしてこんな……酷い真似ができるのか。
魔術師に従っていただけの使い魔を、どうしてこんな姿に。
「っ……酷いな」
すると、レイゾンも同じように呟いた。
白羽はてっきり自分の気持ちが伝わってしまったのだと思ったが、レイゾンはレイゾンでそう思ったようだ。
剣についた魔獣の血と体液を振り払うと、吐き捨てるように言う。
「魔術師について詳しくはないが……なんだこれは。何かの実験か? それとも弄んだだけか」
苛立ちが伝わってくる。
人々に害を為す魔獣であっても、それが「誰か」に作られたものだとわかっているからこその苛立ちなのだろう。
「なんとかして大元の魔術師を捕まえたいが……。近くにそういう気配はないか」
尋ねられ、白羽は<はい>と応じた。
<残念ながら……。わたしも気にしてはいるのですが>
「仕方がない。なら当初の予定通りこいつを倒すぞ。その後のことはまたその後だ」
<はい!>
そして再び、白羽はレイゾンと共に魔獣に向けて突っ込んでいく。
脚力を活かして一気に間合いをつめたかと思えば、魔獣の反撃からひらりと身をかわす。
立ち続けに降ってくる鋭い爪からの攻撃を全て蹴り返し、その勢いで高く跳ね上がると、白羽のその動きと呼応するかのような絶妙のタイミングでレイゾンが剣を突き出し、見事に魔獣の背に刃を突き立てる。
「いいぞ、白羽!!」
レイゾンが声を上げた。
「初めての実戦に臆することなくこれほど動けるとは……素晴らしいぞ! 滑らかな動きで、まるで舞っているかのようだ!」
興奮した様子で繰り返し白羽の戦いぶりと乗り心地を褒めると、ますます奮起させるかのように首を叩く。
「この分なら、もう少し弱れば討ち取れる。あと一息だ!」
剣と鞭を巧みに使い分け、魔獣を斬りつけつつ白羽に合図を送り、レイゾンは叫ぶ。
白羽から見ても、魔獣は確かに動きが鈍くなってきている。
(あと少し——)
レイゾンの掛け声と鞭に応え、魔獣に向けて突っ込もうと、白羽が地を蹴った次の瞬間。
<!?>
不意に、経験したことがないほどの不快感が降りかかってきた。
のしかかってきた? 重たい。身体が。脚が。
まとわりつくような澱みと歪み。
頭の芯が揺れるような感覚を覚え、耐えられず身体がぐらりと傾ぐ。
「白羽!?」
レイゾンの声に、ハッと我にかえり、慌てて踏みとどまった。
だが辛うじて転倒が避けられただけで、脚は思うように動かない。
(どうして……)
さっきまでこんなことはなかったのに。
疲れのためではなく、何かに纏わりつかれているかのように動かないのだ。しかもそれをなんとかしたくても——走ることに集中したくても、頭の中で雑音が響き続けていて気持ちが悪くてたまらない。
「白羽! どうした!?」
レイゾンが立て続けに叫ぶ。
当然だ。乗っている騏驥が戦闘の最中に突然動かなくなったのだから。
白羽は必死で脚を動かそうとする。この感覚は以前に賊に囲まれた時のものと似ている。ということは……魔術が作用しているのだ。誰かがどこかで魔術を使用して——もしくは、この魔獣のせいで……。
<っつ——>
動かない白羽たちを見て反撃してきた魔獣が繰り出す手爪を、かろうじて避ける。だが完全じゃなかった。鋭い爪先がレイゾンの肩を掠める。
「!」
レイゾンが息を呑む。
だがすぐに「大丈夫だ」と声がした。
「俺は大丈夫だ。それよりもお前はどうした。どうなっているんだ?」
<わかり、ません……どうしてか、脚が……身体が動かなく……て……っ>
「動かない!?」
驚きの声をあげた後、「馬と同じだな……」と低く呟く。
刹那、再び魔獣が爪を振るってきた。レイゾンが剣で弾く。
しかしさらに二度、三度と爪が襲ってくる。
絶え間のない波状攻撃に白羽はよろめきながらなんとか交わすのが精一杯だ。
このままではいずれ全く動けなくなるかもしれない。
そうなればレイゾンは……。
(どうすれば——)
最悪の事態を想像して、白羽は胸が冷たくなるのを感じる。
なんとか間合いを取れればと思うのに、それすらままならない。
魔術のせいだとしても、それに抗えないことが悔しくてたまらない。
情けなさにきつく奥歯を噛み締めながらも、白羽は打開策はないかと考える。
しかし直後、そんな白羽にさらなる異変が起こった。
(えっ!?)
不意に。まったく突然に。
人の姿に変わってしまったのだ。
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