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189 闘い
しおりを挟むどうして。
いつの間に。
どうやって。
レイゾンと話していた間も前方から目を離すことはなかった。警戒していた。
それなのになぜ。
どうしてこんなに近づかれるまで気づかなかったのか……。
疑問は次々頭に浮かぶが、それを一つ一つ解決している暇はなかった。
靄は渦を巻くように蠢きながら揺れたかと思うと、獣のようにこちらに向けて飛びかかってくる。
<!>
白羽はレイゾンの手綱に応え、再び飛び退いた。
一気に緊張が高まっていくのを感じる。鼓動の音が耳につく。静かに呼吸しながら指示に従い間合いをとる。
鞍上のレイゾンも緊迫した気配を纏っているのが伝わってくる。
「俺が遭遇した奴と似ているな……」
レイゾンが呻くように言った。
「今はまだ靄に包まれて実態はよくわからないが、似たような気配だ。こっちに飛びかかってくるようにして攻撃してくるところも——」
と、靄は再び襲いかかってくる。退きざまにレイゾンが剣を振るうと一瞬怯んだ様子を見せたが、こちらへの敵意は増しているようだ。
靄から不快な熱気が伝わってくる。
白羽が距離をとると、
「……だが、俺が遭遇したものよりも大きいようだ……」
レイゾンが独りごちるように言った。
確かに、靄の向こうに見える影は騏驥を上回る大きさだ。
「別の魔獣なのか? 街の側に二体も? ……白羽、俺は人を襲うほどの魔獣は滅多にないと教わったが——」
<は、はい。そのはずです>
「だとしたら、これは俺が遭遇した奴だ。だがあの時より——」
<レイゾンさま!>
白羽は自分の目が靄の中に「それ」を見た瞬間、思わず声を上げていた。レイゾンの声を遮ってしまうことなど忘れていた。
だが「それ」を見ても信じられなかった。目を疑った。
何度も見直し、否定しようとした。認めたくなかった。だが確かに「ある」。間違いなく。
(そんな——)
<……っ……>
不快さに全身が震える。
「白羽、どうした?」
不審に思ったのだろうレイゾンが尋ねてくる。しかし白羽が応える前にレイゾンも気づいたようだ。
渦巻く靄の隙間から垣間見える、魔獣らしき獣の、泥色の毛に覆われた身体。
うねるように蠢くその身体のあちこちに、人が刺さっていたのだ。もしくは——「魔獣から人の身体の”一部”が飛び出している」といえようか。
頭から獣に飲み込まれていった証のように脚の一方だけが見えている者もいれば、半身飲み込まれ、右手右足だけが見えている者もいる。
そしてそんな”一部”は、魔獣が蠢くたびに見えなくなっていく。まるで魔獣に食べられているかのように。
「……っ……なんだあれは……」
レイゾンの声も震えている。
「人の脚、なのか? あちらは腕……。一体何人分なんだ!」
叫ぶレイゾンの声を聞きながら、白羽は一つの結論に思い至っていた。
魔獣の身体に飲み込まれようとしている身体、その身体が纏っている衣に見覚えがあったからだ。
<野盗たちです……>
悍ましい光景に戦慄しながら、白羽は呟いた。「なに!?」と声を上げたレイゾンに、白羽は続ける。
<この……魔獣に飲み込まれつつある者たちはおそらくレイゾンさまも遭遇した野盗たちでしょう。わたしも見覚えのある者たちです……>
「では、お前を取り囲んだという——?」
<はい……>
「!? 待て。俺が遭遇した時は、魔獣と賊たちは一緒になって隊商を襲っていたぞ? なのに今は”こう”なっているということは……」
<…………>
「何か予定外のことが起こったのか……。いや……おそらく元から賊たちも『餌』のつもりだったのだろうな。魔獣や……それを育てた者からしてみれば……」
そこでレイゾンははっと息を呑んだ。
「だからこの魔獣は俺が遭遇した時よりも大きくなっているのか! 人を襲い、飲み込んで……取り込んで……」
ゾッとしたようにレイゾンは言う。白羽も同じ想いだった。
通常、使い魔は魔術師から与えられる魔術力を餌にして生きている。
だが、もし魔術師がその使い魔を人を餌にするように指示して育てていたとすれば別だ。
(けれどそんなことをする者がいるなんて……)
いったいどれだけの悪意なのか。
辺りに魔術師の気配はないが……。
姿を見せていないだけなのか、それとも本当にここにはいないのか。
「——白羽」
魔獣を睨むと共に周囲の警戒も続ける白羽に、レイゾンの声が聞こえた。
「これほど悪質なら捨ておけぬ。放っておけばどれほどの害を為すか……。次にいつどこに現れるかわからぬなら、ここで討ち取るぞ」
<はい>
意を決した騎士の声に、白羽も強く応える。
次の瞬間、レイゾンは白羽を促し、雄叫びを上げながら靄が薄くなっている部分に切り込んでいく。
「おぉぉぉぉぉぉ!」
レイゾンが鋭く剣を振り下ろすたび、魔獣は苦痛に身を捩り、辺りを取り巻く靄は揺れて薄くなっていく。
手応えはある。
数日前に遭遇してはいるとはいえ、騎士になって日が浅いレイゾンだから、魔獣とまともに戦うことは初めてだろう。
しかし彼の剣には迷いがない。強烈に的確に敵を捉えている。
一歩も引くところのない闘いぶりで、勇猛果敢という言葉がぴったりだ。
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