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185 二人、街へ向けて
しおりを挟む朝焼けの中、馬の姿になってレイゾンを待つ。
上手く変われるか少しだけ心配だったけれど、問題なくできたことに白羽はホッとしていた。
この数日でますます仲良くなった猫を足元でじゃらしていると、ほどなく、洞窟の中からレイゾンが姿を見せた。
まだ怪我が完治していないせいか、いつもの彼に比べればいくらか覇気がない。だが体調は悪くなさそうだ。歩き方に少し脇腹を庇う気配はあるものの、表情に暗さはなく瞳も生き生きとしている。
しかしすぐに手綱をつけて白羽に跨るかと思いきや、彼は少し離れたところに立ったままだ。そのまま、ただじっと白羽を見つめてくる。
(さっきまで歩いていたのだから具合が悪いとも思えないのだけれど……)
白羽は心の中で首を捻る。
(それとも、わたしの格好がどこか変……とか……?)
にわかに不安が高まりドキドキしていると、やがて、ゆっくりと側まで近づいてきたレイゾンは、挨拶のようにポンポンと白羽の首を叩く。
そしてその首を優しく強く撫でながら、微笑んで言った。
「元気なようだな。いい立ち姿だ。良い騏驥だ——お前は。白い馬体が朝陽に映えて……美しかった。いつまでも見ていたいほどだった」
<…………>
「これから少し無理をさせるが、お前なら必ずやり遂げられる。一緒に、無事に戻るぞ。——いいな」
そして励ますように言うと、再び——今度は気合を入れるかのようにして首を叩き、手早く手綱をつけていく。
白羽はされるままになりながら、胸の奥がじわじわ熱くなっていくのを感じていた。
褒められたせい——だけじゃない。
レイゾンに——騎士に頼りにされていることが誇らしい。彼の言葉一つ一つで次々に勇気が湧いてくるようだ。今まで感じたことのない喜びと昂りが胸の中から湧き起こり、全身に広がっていく。
やがて、レイゾンは白羽に跨ると騎座の調整をしながら辺りを見回す。ふと、思い出したように言った。
「そういえば、お前はどうやってこの場所に辿り着いたのだ? この辺りのことに詳しかったのか?」
<ぁ……い、いえ、さほど詳しくは……。符を使って地形を知ることができたので、それで、見当をつけて……>
「符?」
<ぇ、ええと……話すと長くなると思うので、後ほど……>
「? わかった。では戻ってからにしよう。これでお互い無事に戻らなければならないというわけだ」
そう言うレイゾンの声は、どこか弾んでいて楽しそうだ。
身体は万全ではなくても、騏驥に乗るのが好きで堪らないという声。そして乗ることに自信のある声だ。そんな声を聞くと、白羽も嬉しくなってしまう。
<どのように参りますか? やはり一度街道に出て……>
「いや、最短距離をいく」
<!>
「薬のおかげで傷の痛みも引いているからな。少々の荒れ道は大丈夫だ。街へ戻るまでの地形も頭に入っている。——問題ない」
<…………畏まりました>
レイゾンの声に不安のないことを感じ、白羽も腹を決めて答える。
と、レイゾンが微かに笑った。
「道悪を怖がるかと思ったが……躊躇わないのだな」
<レイゾンさまがいらっしゃるなら、どんな道でも平気です>
白羽が即座に応えると、レイゾンは一瞬驚くように息を呑んだのち、「……そうか」と噛み締めるように応える。
「いい反応だ。やはりお前は面白い騏驥だな。なよやかでありながら気が強く……離し難い……!」
そう言うと、レイゾンはトンッ、と軽く白羽の腹を蹴り、駆け出す合図を送ってくる。
懐かしい感覚——。
全身が歓喜に震えるのを感じながら白羽は大きく一歩を踏み出すと、そのまま、岩の多い荒れた道(とは言えないような道だ)にも構わず、レイゾンの手綱捌きに導かれるまま縦横に駆け、跳ねる。
不安は全くなかった。
一人でレイゾンを探して走り回っていた時とは大違いだ。
背にレイゾンがいるだけで——たった一本、手綱があるだけで——彼と繋がっているのだと感じるだけで、身体は羽が生えたように軽やかに動き、心は安堵と興奮に満たされて高鳴り続ける。
「はっ——!」
目の前に現れた大きな岩を飛び越える直前、声と共に絶妙のタイミングでレイゾンの鞭が振りおろされる。
跳躍前に一瞬怯みかけた心への、奮起を促すための、心地よい痛みだ。
彼が白羽を信頼してくれているからこその鞭に、白羽は完璧な飛越で応える。
不規則にうねる丘を一気に駆け下り、砂利と土混じりの地を街に向けて駆ける。
整備されていた街道と違い、確かに道は悪い。石が多く、足運びを誤れば転倒の可能性もあるだろう。そうなれば石を踏んだ白羽は蹄を傷めるし、乗っているレイゾンは大怪我をしかねない。
それでも——。
白羽はレイゾンの命じるまま臆することなく走り続けた。
怖くない。
——走れる。
騏驥だから。
レイゾンさまの騏驥だから——。
一完歩ごとに、二人だけで旅していた時以来の歓びがこみあげてくる。
今はあの時のような楽しいだけの気楽な道中ではないとわかっていても、全ての感覚を研ぎ澄まして周囲を警戒し続けている中でも、それでもやはりレイゾンを背に走る嬉しさは抑えられない。
「——いいぞ、白羽。その調子だ。途中で休みは入れる。それまでは走り続けろ。——いいな。お前の速さなら、陽が真上に昇るまでに街へ辿り着けるはずだ」
と、背の上からのレイゾンの声が聞こえてくる。白羽は手綱を通して<はい>と応じた。
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