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183 傷治療
しおりを挟む互いの気持ちは確認し合えたものの、かといってすぐにここ出ることはできないのが現状で、白羽はなんとか不安を宥めながら、レイゾンの治療を続けていた。
再会から二日。
レイゾンの受けた傷はやはり魔術の影響を受けており、そのせいで治りも遅く、普通以上に体力も奪われてしまっていたようだった。
体格が良く、元が健康なレイゾンだから、なんとかこの程度の衰弱具合で済んでいるが、他の騎士なら死んでいた可能性もあっただろう。
(こんな危険な魔術、初めて見た……)
白羽は、眠っているレイゾンを起こさないように気遣いつつ、今も薬を塗り符を貼って治療を続けている患部にそっと手を触れる。
「早く治りますように」と祈りを込めていると、指先から彼の体温が伝わってきた。
傷のせいで熱かった身体も、今はいくらか治ったようだ。
ほっとすると同時に、再会した嬉しさのあまり彼の手を握りっぱなしだったことや抱き寄せられたこと、彼の腕の強さや優しさを思い出し、頰が熱くなる。
彼の言動は全て騎士として騏驥に向けたもの。
……だと思うのに、どうしてこんなにドキドキしてしまうのだろう?
それとも——彼のあの熱っぽく真摯な視線にはそれ以外の——それ以上の意味合いがあったのだろうか。
(確かめるべきなのだろうか……でもわたしの思い過ごしなら恥ずかしいし……)
一度”そういうこと”があったからといって、その後のすべての言動に深い意味があるとも限らない。むしろレイゾンはあの件を気にしていた。後悔していた。だとすれば、自分が勝手に穿った見方をしているだけかもしれない。
レイゾンを意識しすぎて、却って失礼な想像をしているのかもしれないのだ。
(いけないいけない)
白羽は頭を振ると、治療中の傷に改めてそっと指を添える。
治療に取り掛かって初めて見た患部は、目を背けたくなるほどどす黒く膿んだ、ひどい状態だった。
それまでの白羽にとって魔術といえば、騏驥である自分が体験するものか、もしくはティエンが使ってるものを見る程度だったから、これほど危険な——悪意に満ち満ちたものを間近にするのは初めてで、思わず慄いてしまったものだ。
レイゾンに心配をかけてしまうほど。
しかし、その一方で治療は思いのほかうまくいった。……と思っている。
旅芸人一座の一人として暮らしていた幼い頃の記憶——自分たちの怪我や病気は自分たちでなんとかしていた頃の経験が役に立ったのか(もうほとんど覚えていない思っていたのだが)、それともティエンと暮らしていた頃に読んだ本や、彼から学んだことが自然と発揮できたのかはわからないが、ヨウファンからもらった薬の効力以上の効果をうまく引き出すことができたのだ。
レイゾンも効き目に驚いていたが、これでもう最悪の状態になることはないだろう。傷口も清浄。完全に解術できている。
(今回この符や石に助けられてばかりだな……)
白羽は感謝しつつも少し不思議に思う。
この魔術符や魔術石は、どこから……?
ただの符や石ならともかく魔術が込められたものを、裕福とはいえ一介の薬商人であるヨウファンがこんなにもたくさん持っているものなのだろうか。
それともサンファが「もしも」のときに備えてくれていたのだろうか。
どうやって入手したのかはわからないが……。
とはいえ、効果は確かなようだし「使えるものは使おう」と、魔獣よけの結界も全て貼り直した。合わせて、周囲の警戒は子猫に任せているから、治療に専念できる状況だ。
しかし——そんな状況だからこそ、普段は勇ましいレイゾンが未だ全快せず、寝たり起きたりという状態はどうしても不安になる。
白羽は、つい暗くなってしまう考えを振り払うように立ち上がると、近くで灯している発光石に近づく。
洞窟の中は昼でも暗いから、レイゾンが目を覚ました時、不安にならないようにするには明るい方がいいが、あまり明るすぎると眠りの邪魔になりそうで、なかなか加減が難しいのだ。
しかし、
(あ……)
その発光石も、今灯しているものはそろそろ寿命が尽きそうだ。
新しいものを、と探すが、袋の中には……あと一つ。
そういえば、食べ物も水も、そろそろ尽きてしまいそうだ。
(どうしよう……)
白羽は眉を寄せる。
この辺りで何か採ることはできるだろうか?
周辺の様子を思い返していた時だった。
ふっ、と軽い息の音がしたかと思うと、レイゾンが目を覚ました。
白羽はすかさず傍に戻ると彼の手に触れ、
<お目覚めですか? ご気分は……>
様子を窺うように尋ねる。
レイゾンは長く息を溢しながらゆっくりと半身を起こすと、
「ああ……だいぶ良い。傷がまだ痛むが、今までよりはずっといい」
寝乱れた髪をかき上げながら言う。確かに、寝る前よりもずいぶんと疲労の取れた面持ちだ。
<よかったです>
ほっとしながら白羽が言うと、「お前のおかげだ」とレイゾンが微笑んだ。
「お前が魔術にも詳しいとは思わなかった。たいした騏驥だ。やはりずっと城に——前王陛下の側にいたからなのだろうな……」
<…………>
確かにそうかもしれない……ものの、なぜだか白羽は頷くことに躊躇いを覚えた。
レイゾンの口調が、どことなく——なんとなく寂しげにも思えたためだ。
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