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173 小さな仲間
しおりを挟むそれと同時に思い出す。
そうだ、一人きりじゃない。この子がいる。
縁あって飼うことになって、もうずっと一緒にいるこの子が。
ずっと慰めになっていた子が。サンファが託してくれた子が。
(一人きりじゃない)
自分を励ますように、白羽は胸の中で独りごちる。
無理矢理でも、こじつけでも、脚を止めないためならなんだってやる。
不安や心配に怖気付いて、進めなくなってしまうのが一番嫌なのだから。
と——不意に。
耳の側で、子猫が「ニャ!」と再び鳴いた。
(!?)
気のせいだろうか? 今度の声はさっきと違って明るく楽しそうだ。
まるで——そう——白羽の心の中の声に応えてくれるかのように。
白羽はわずかに逡巡したのち、
<…………お前も、わたしと一緒にレイゾンさまを探してくれ……る……?>
今度ははっきりと子猫に向けて尋ねてみる。
と——。
「ニァ——!」
さっきよりもさらに大きな鳴き声が返ってきた。
(!)
もしかして。
気持ちが通じてる……?
思いがけないことに混乱する白羽の耳に、「ニャァニァッ!」と肯定の返事をしているかのような子猫の声が届く。
白羽はますます混乱した。
足元に気を遣いつつ、速さを落とさないようにしながら駆け続けるだけでも今の自分には精一杯なのに、まさかこんな思ってもいなかったことが起こるなんて。
子猫からの気持ちは全く伝わってこない。鳴き声だけだ。けれどどうやらこちらの気持ちは伝わっているようで……。
背中に乗せているせいだろうか。触れ合っているせい?
それは、よくよく考えればレイゾンと接していた時と同じだ。
なぜか彼には、触れればこちらの気持ちが通じるようになった。
そして彼は、そんな白羽の気持ちを受けて言葉で自分の気持ちや考えを伝えてくれていた。子猫は話せないが鳴き声でなんとなく気持ちは伝わってくる。
やり取りできる相手ができたと思うと、白羽は安堵とともに心強さを覚えた。
たとえそれが子猫だったとしても、話し相手ができたのはありがたい。
レイゾンを探すために——彼を助けるために、助けたくて居ても立ってもいられずにヨウファンの屋敷を飛び出してきたものの、土地勘がない上に、探すために適した方法もわからない身だ。
たとえそれが子猫だったとしても、相談できる相手が——仲間ができたのはありがたい。
<一緒に探そう。早く見つけるために、少し急ぐからしっかり捕まってて>
白羽は胸の中でそう囁くと、走り慣れてきた道の感触を確かめるようにしながら速度を上げる。子猫がまた「ニャッ!」と返事をするように鳴いた。
今のところは脚に痛みは感じない。
このままなんとかしてなるべく早くレイゾンを見つけられればいいのだが。
——もちろん、無事な姿の彼を。
ユゥが話していた矢傷のことが心配でならない。
それに、馬が言うことを聞かなくなっていたと言うのも気がかりだ。
騎士はほぼ例外なく馬の扱いが上手いが、そんな騎士の中でもレイゾンの上手さは格別だと思う。
もちろん白羽が知っている限りでは……だが、遠征中も騎兵たちからの相談にのっていたようだし、時には自ら手綱を取って馬にとって負担のない乗り方やの動かし方を指導していた。
彼自身、馬に乗ることには自信があったという話をしていたし、彼に乗られた騏驥という立場の白羽の正直な感想としても、彼は上手いと思うのだ。あれだけ上手く騏驥に乗れるなら馬の扱いは相当のはずだ。
なのに、そんな彼が馬を御せなくなったなんて……。
何か理由があるのだろうが、なににせよ良いことではない。
上手く魔獣や賊を撒いて、どこかで傷を癒せていればいいのだが。
そしてどれほど走っただろうか。
(……この辺り……かな……)
あまり急がず何度か休憩しつつ王都を目指していたというユゥの話と、彼らが屋敷を発ったのが夜明け前だったこと。
そしておそらく良馬に乗っていたことや、襲われていた商隊の人たちを護りながら街まで戻ってきたこと——その時刻等々から推測して、”レイゾン達はおそらくこの辺りで何かに巻き込まれたのだろう”というところまでやってくると、白羽は周囲を見回しながら、ゆっくりと脚を止めた。
ユゥが話していたように、街道が延びている他は特徴らしきものはなにもないところだ。
砂地と、ところどころに岩肌と。人間よりも目がいい騏驥の目で見ても、特に変わった場所ではない。
幸いにして、賊の気配もない。商隊を襲い、荷を奪えばもう終わりということだろうか。言われてみれば争いの跡があるようにも感じられるが、血の跡のようなはっきりとした痕跡はない。本当にここなのか不安になるぐらいだ。
とはいえ、警戒は怠れない。
現れたところで全力で走れば逃げられるだろう賊はともかく、魔獣についてはよくわからないことが多いのだ。どんな現れ方をするのか、果たして自分が対抗できる相手なのかすらも。
ここでユゥたちを逃そうとしたとして、その後レイゾンはどちらへ向かったのだろうか。
どこへ……。
白羽は目を凝らし耳をそば立てるが、人の気配は感じられない。
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