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168 街を発ってからの騎士と従者に起こったことは(2)
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普段見ることのないユゥの様子に、そして何よりその言葉に、レイゾンは戸惑わずにいられなかった。
あんなに真面目に、楽しそうに、訓練に通っていたのに?
過日のユゥの様子を思うと、困惑せずにいられない。
レイゾンの口添えで騎士学校や王立学校の騎兵課程に編入してからというもの、ユゥはそれまでにも増して生き生きとした表情を見せるようになっていた。
正規の入学ではないし、後見も、騎士とはいえ貴族ではないレイゾンだから色々と不便なこともあっただろう。
人あたりのいい子だから、あからさまにいじめられるようなことはなかったとしても、貴族の子弟や家僕たちが集う学校では、勝手が違って困ることも多かったに違いない。
似たような立場を経験した身として、レイゾンも適宜アドバイスしていたが、役に立っていたかどうかはわからない(なにしろ、レイゾン自身もわからないことだらけなのだ)。
それでも、”レイゾンの従者”という本来の仕事の合間を縫って、積極的に実技の訓練や座学に通っていたようだし、実際、それまでよりもずっと馬の扱いが上手くなった。
佇まいもなんだかそれらしくなってきていたし、騎乗もみるみる上達していた。
その成長ぶりは目を見張るものがあったと同時に「さすがは俺の従者だ」と誇らしくもあったのに。
騎兵になりたいのではない、とは一体どうしたことなのか……。
レイゾンは馬を寄せてユゥの様子を伺う。
すると、もう長い間彼の従者であり続けていた少年は、スン、と鼻を啜るような小さな音を立てたのち、
「僕はただ……どうすればもっとレイゾンさまのお役に立てるだろうかと思って……」
俯いたまま、絞り出すような声音で言う。
目尻を手の甲で拭う様子を見せるユゥに、レイゾンは「そういうことか」と安堵の苦笑を溢す。
と同時に、胸が熱くなるのを感じた。
つくづく、いい従者だ。自分には勿体無いほどの。
が、そんなレイゾンの心の内まではわからないユゥは、「なんで笑うんですか」と不満そうだ。
口を尖らせる様子はまだ子供っぽく、出会った頃を思わせる。
懐かしさにいっそう微笑んでしまいそうになるところをグッと堪えると、「お前が紛らわしい言い方をしたからだ」とユゥの腕を軽く叩く。
「てっきり騎兵になりたくないのかと思ったぞ」
そしてレイゾンがそう続けると、ユゥは「だって……」と恨めしそうにレイゾンを見て言う。
「僕は、騎兵ならなんでもいいというわけではないんです。レイゾンさまのお側にいられないなら、騎兵になる意味なんてありません……!」
「…………」
「レイゾンさまが騎士を辞めるなら、僕も騎兵になるのはやめます! やめて、ずっとレイゾンさまについていきます!」
「ユゥ……」
「前みたいに、今までみたいに、騎士になる前までみたいに——」
「ユゥ!」
「レイゾンさまのお役に立てないなら、騎兵の訓練なんて意味ないです。騎兵になるのなんて意味ないです!」
「ユ……」
「僕だけ騎兵になったって、そんなの……」
段々と昂っていた声が、ふっと途切れる。ユゥは唇を噛み締めていた。嗚咽を堪えるように。
「…………」
レイゾンはふっと息をつくと、ユゥの肩を、今度は優しく叩いて言った。
「騎兵になる意味はある。お前には素質があるのだし、それを活かして騎兵になれば、今よりずっといい生活ができるようになる」
「……」
「俺がいなくなっても心配はない。前も話したが、学校に通い続けるだけの資金は用意しているし、寮に入れるようにも手配した。俺の力の及ぶ限り、教官や調教師や知り合いの騎士たちにお前のことを頼んである。皆立派な方達だ。お前が騎兵になれるように指導してくれるだろうし、なってからも、色々と力は貸してくれるだろう」
レイゾンは、古くからの馴染みの教官の元を訪ねてユゥのことを頼み、知っている限りの調教師や騎士の元を訪ねて頭を下げたことを思い出しながら言う。
白羽を返上すると申し出て、それが”それだけ”では済まないことなのだと察してからというもの、レイゾンはなるべく周囲に影響の及ばない身の引き方を考えていた。
そして、自分が騎士を辞めなくてはならないことがいよいよ現実味を増してからは、ユゥにその旨の話をするとともに、できる限りの手を尽くして彼が一人になっても不自由がないように手筈を整えた。
恥ずかしいとは思わなかった。
自分のせいで、ずっと尽くしてくれていたユゥまで巻き込んでしまうかもしれないことを思えば、それを避けるためにはなんでもしようと思っていたから。
だが……。
「…………僕のことなんか、いいんです」
ユゥは泣き声で言った。
「僕は、レイゾンさまのお側にいられて今までのようにお世話できさえすれば、それでいいんです! 騎兵でも騎兵じゃなくてもどっちでも! だから、騎士を辞めても側にいさせてください! でなければ、騎士を辞めるのをやめてください!」
一気に捲し立てると、涙の滲んだ瞳でレイゾンを見つめてくる。
その睨むような目といい、まるで脅すような口調といい、従者が騎士に対しての態度とは思えない無礼ぶりだ。もちろん、今までのユゥの態度と比較しても、彼らしくない。
今までは、せいぜい何度も休憩をして、王都に戻るのを少しでも遅くしようとしていたぐらいだったのに。
だがそれこそが彼の必死さを示しているのだと思うと、レイゾンはとても叱る気にはならなかった。
言っていることの無茶苦茶さだって、彼自身が一番よくわかっているだろう。
レイゾンは宥めるようにユゥの肩を撫でようとする。しかしその直前、
「レイゾンさまは、本当に騎士を辞めていいんですか!? 」
じっと見つめられてそう問われ、レイゾンの手は宙で止まった。
普段見ることのないユゥの様子に、そして何よりその言葉に、レイゾンは戸惑わずにいられなかった。
あんなに真面目に、楽しそうに、訓練に通っていたのに?
過日のユゥの様子を思うと、困惑せずにいられない。
レイゾンの口添えで騎士学校や王立学校の騎兵課程に編入してからというもの、ユゥはそれまでにも増して生き生きとした表情を見せるようになっていた。
正規の入学ではないし、後見も、騎士とはいえ貴族ではないレイゾンだから色々と不便なこともあっただろう。
人あたりのいい子だから、あからさまにいじめられるようなことはなかったとしても、貴族の子弟や家僕たちが集う学校では、勝手が違って困ることも多かったに違いない。
似たような立場を経験した身として、レイゾンも適宜アドバイスしていたが、役に立っていたかどうかはわからない(なにしろ、レイゾン自身もわからないことだらけなのだ)。
それでも、”レイゾンの従者”という本来の仕事の合間を縫って、積極的に実技の訓練や座学に通っていたようだし、実際、それまでよりもずっと馬の扱いが上手くなった。
佇まいもなんだかそれらしくなってきていたし、騎乗もみるみる上達していた。
その成長ぶりは目を見張るものがあったと同時に「さすがは俺の従者だ」と誇らしくもあったのに。
騎兵になりたいのではない、とは一体どうしたことなのか……。
レイゾンは馬を寄せてユゥの様子を伺う。
すると、もう長い間彼の従者であり続けていた少年は、スン、と鼻を啜るような小さな音を立てたのち、
「僕はただ……どうすればもっとレイゾンさまのお役に立てるだろうかと思って……」
俯いたまま、絞り出すような声音で言う。
目尻を手の甲で拭う様子を見せるユゥに、レイゾンは「そういうことか」と安堵の苦笑を溢す。
と同時に、胸が熱くなるのを感じた。
つくづく、いい従者だ。自分には勿体無いほどの。
が、そんなレイゾンの心の内まではわからないユゥは、「なんで笑うんですか」と不満そうだ。
口を尖らせる様子はまだ子供っぽく、出会った頃を思わせる。
懐かしさにいっそう微笑んでしまいそうになるところをグッと堪えると、「お前が紛らわしい言い方をしたからだ」とユゥの腕を軽く叩く。
「てっきり騎兵になりたくないのかと思ったぞ」
そしてレイゾンがそう続けると、ユゥは「だって……」と恨めしそうにレイゾンを見て言う。
「僕は、騎兵ならなんでもいいというわけではないんです。レイゾンさまのお側にいられないなら、騎兵になる意味なんてありません……!」
「…………」
「レイゾンさまが騎士を辞めるなら、僕も騎兵になるのはやめます! やめて、ずっとレイゾンさまについていきます!」
「ユゥ……」
「前みたいに、今までみたいに、騎士になる前までみたいに——」
「ユゥ!」
「レイゾンさまのお役に立てないなら、騎兵の訓練なんて意味ないです。騎兵になるのなんて意味ないです!」
「ユ……」
「僕だけ騎兵になったって、そんなの……」
段々と昂っていた声が、ふっと途切れる。ユゥは唇を噛み締めていた。嗚咽を堪えるように。
「…………」
レイゾンはふっと息をつくと、ユゥの肩を、今度は優しく叩いて言った。
「騎兵になる意味はある。お前には素質があるのだし、それを活かして騎兵になれば、今よりずっといい生活ができるようになる」
「……」
「俺がいなくなっても心配はない。前も話したが、学校に通い続けるだけの資金は用意しているし、寮に入れるようにも手配した。俺の力の及ぶ限り、教官や調教師や知り合いの騎士たちにお前のことを頼んである。皆立派な方達だ。お前が騎兵になれるように指導してくれるだろうし、なってからも、色々と力は貸してくれるだろう」
レイゾンは、古くからの馴染みの教官の元を訪ねてユゥのことを頼み、知っている限りの調教師や騎士の元を訪ねて頭を下げたことを思い出しながら言う。
白羽を返上すると申し出て、それが”それだけ”では済まないことなのだと察してからというもの、レイゾンはなるべく周囲に影響の及ばない身の引き方を考えていた。
そして、自分が騎士を辞めなくてはならないことがいよいよ現実味を増してからは、ユゥにその旨の話をするとともに、できる限りの手を尽くして彼が一人になっても不自由がないように手筈を整えた。
恥ずかしいとは思わなかった。
自分のせいで、ずっと尽くしてくれていたユゥまで巻き込んでしまうかもしれないことを思えば、それを避けるためにはなんでもしようと思っていたから。
だが……。
「…………僕のことなんか、いいんです」
ユゥは泣き声で言った。
「僕は、レイゾンさまのお側にいられて今までのようにお世話できさえすれば、それでいいんです! 騎兵でも騎兵じゃなくてもどっちでも! だから、騎士を辞めても側にいさせてください! でなければ、騎士を辞めるのをやめてください!」
一気に捲し立てると、涙の滲んだ瞳でレイゾンを見つめてくる。
その睨むような目といい、まるで脅すような口調といい、従者が騎士に対しての態度とは思えない無礼ぶりだ。もちろん、今までのユゥの態度と比較しても、彼らしくない。
今までは、せいぜい何度も休憩をして、王都に戻るのを少しでも遅くしようとしていたぐらいだったのに。
だがそれこそが彼の必死さを示しているのだと思うと、レイゾンはとても叱る気にはならなかった。
言っていることの無茶苦茶さだって、彼自身が一番よくわかっているだろう。
レイゾンは宥めるようにユゥの肩を撫でようとする。しかしその直前、
「レイゾンさまは、本当に騎士を辞めていいんですか!? 」
じっと見つめられてそう問われ、レイゾンの手は宙で止まった。
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