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163 新たな主曰く(2)
しおりを挟む彼が——自分のせいで罷免されるというのか。
彼が騎士ではなくなるというのか。
あの——あれほど騎士になりたがっていた彼が?
苦労して苦労して、ようやっと騎士になった彼が?
白羽の頭の中を、レイゾンの声が幾度も巡る。
語ってくれた過去。
貴族ではない彼が騎士になるための、楽ではなかった道のり……。
わかっている。厳密にいえば「白羽のせい」ではない。これはレイゾンが選択した結果で、そもそもその原因を作ったのも彼だ。
それに、ヨウファンに言われてみればその通りで、下賜されたものを気楽に返せるわけがない。
だが。
それでも途中、いくつかは引き返せる段階があっただろう。
返上したいという申し出を撤回する機会はあっただろう。それはそれで責められるとしても。
けれど……。
(レイゾンさまはそうなさらなかったのだ……)
白羽を手放す方を選んだのだ。
自らが騎士を辞めることによって。
白羽は唇を噛み締める。
彼はそれほどまでに自分を側に置きたくなかったのだろうか。
自らの騏驥としたくはなかったのだろうか——?
それとも、これが本当に白羽のためだと、そう思ってのことなのだろうか。
自分の騏驥ではない方がいいと、そう思ってのことなのだろうか。
では。
では——過日の、二人で過ごしたあの時間は?
野を駆け、寝食を共にしたあの日々は?
頭の中が混乱して、どこからどう考えればいいのかわからない。
自分がよくわからない。
わかっているのは、とにかく自分はここに置いていかれたということだけだ。
白羽は虚ろにヨウファンを見る。
途端、ハッと疑問が脳裏を過った。
(新しい主……?)
けれど彼は、騎士ではないはずなのに?
思いが顔に出たのだろう。
ヨウファンが微かに苦笑した。
「お前がそんな顔をするのも当然だ。確かに、わたしは騎士ではないからな。だが、だからこそお前を任されたのだろう」
そして彼は、ふっと目を伏せるようにして言った。
「わたしは一介の商人だ。が……実のところティエンといくらか縁がある。端的にいえば親戚だ」
(!?)
親戚?
ティエンさまと?
驚きに目を丸くする白羽に、目の前に座る男は続ける。
「互いの三代前が姉弟だ。と言っても腹違いの姉弟でこちらは庶子も庶子。だから、ただ遠縁というだけでわたしは貴族ですらなく、立場はまるで違う。だが……だからなのか、彼とは奇妙にうまが合った。年が近いせいもあったし、わたしが好き勝手していたからだろう」
思い出すように、ヨウファンは語る。
「彼は、わたしの存在を知ってからというもの、何かと都合をつけては、遠いこの街までわざわざやってくるようになった。屋敷に立ち寄るようになった。御忍びでやってきたこともあったし、二人きりの時は名を呼び合うことも許された程度には親しかった……。街のはずれにある彼の屋敷も、二人であれこれと相談しながら造ったものだ。まあ、”二人で”と言っても、こちらは主に金勘定だが」
自身のことを、そしてティエンのこと語るヨウファンの声は、表情は、昔を懐かしんでいるようであり同時に、白羽が今まで聞いたことも見たことないほどの切なさを帯びている。故人を思い出しているからだろう。
その声音に、そして内容に白羽は聞き入る。まさか彼がティエンの縁者だったとは。
この屋敷の趣がティエンのそれに似通っていることも、そのせいだったのだろう。
ヨウファンは『主に金勘定』なんて言っていたが、きっとそれは違う。
遠縁として——もしかしたら友人として、通じ合うものがあったのだ。
もう記憶は曖昧だが、言われてみれば、昔初めてこの邸に呼ばれた時の二人の様子も、どことなく親しさがあったかもしれない。
でも、だからと言って騎士ではない彼が騏驥を従えることが許されるのだろうか?
そんな白羽の思いもまた、すぐに解消される。
「そんな経緯もあって、国王陛下はわたしに白羽の矢を立てたのだろう。今や自分が主人となった城に前王の寵騏を——兄の遺物を戻したくはない。かと言って、下手にそこらの騎士に渡すわけにはいかない……。なぜなら——お前自身がどう思っているかはわからないが、お前は紛れもなく五変騎の一頭。他の騏驥とは全く違う価値がある。それを従える騎士というのは、王にとってある意味脅威なのだよ。お前の価値がどう利用されるか、周囲にどんな影響を与えるかわからないからな」
——陛下は怖がりなのだよ。
最後は微かに嘲笑うようにしてヨウファンは言う。そして続けた。
「だからレイゾン殿のように貴族ではなく、故に他の騎士たちと親しくもなく、誰かと徒党を組む可能性も低い者に下賜したし、わたしように王家と血の繋がりだけはあるものの騎士でなく、お前をどう利用することもできない者を次の主に選んだのだ。陛下にとって都合のいい立場だからな。——わたしは騎士でないがためにお前の主に選定されたのだよ」
<…………>
紡がれる言葉の数々は白羽の疑問を一つ一つ解いていく。
けれど、だからと言ってそれは決して白羽を安堵させるものではなかった。
むしろ、より不安にさせるものだ。
今の話を聞く限りでは、レイゾンと再び会うことさえ難しいのではないだろうか。騎士ではないヨウファンを主としたなら、自分はもうこの街から出られないということで……。
そう書いて尋ねると、ヨウファンは一瞥するや否や「そうだね」とあっさり応える。
「わたしはお前に乗れないから、必然的にそういうことになる。わたしにできるのは、お前の主としてお前をこの街に留めおくことだけだ。まさに陛下がそう望んだように」
<…………>
あまりの無情さに、白羽はもう怒ることもできずに黙り込んだ。
憤りの代わりにひたひたと打ち寄せてくるのは哀しみだ。
もうレイゾンに会えない哀しみ。彼にそんな決断をさせてしまった哀しみ。後悔。
それらは見えない棘となって白羽の心を苛む。
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