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161 困惑(2)
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白羽は半身になりかけた体勢のまま動けなくなった。
ヨウファンを見つめたまま、動けなくなる。
いったい、彼は先刻からなにを言っているのか。
白羽の主はレイゾンだ。ヨウファンじゃない。
第一、彼は騎士じゃない。だから騏驥である白羽の主であるはずがない。けれど戯れに騎士を騙るほど愚かでもないはずだ。
いったい、何が起こっているのか。
ついさっきまでは——彼と会うまでは、いつもと変わらない日常だったはずだ。
もちろん、ここは王都ではなく——王都の屋敷ではなくヨウファンの屋敷で、旅の途中で、任務の途中で……。けれど、レイゾンがいて彼の従者がいてサンファがいて、白羽を取り巻いていた世界はそれまでと大差ないはずだった。
それなのに。
ヨウファンの口からは、白羽が想像してもいなかった言葉が次々と溢れ出してくる。そしてそれに連れ、サンファも白羽が知っていた彼女ではなくなり、世界はみるみる変わっていく。
困惑して、混乱して、白羽が動けずにいると、
「……来なさい。お前のための話だ。侍女にあたるよりは有意義な時間になるだろう」
再び、ヨウファンが口を開く。口調は穏やかで優しいものだ。白羽を宥めようとするかのようなそれ。
「どのみち、お前はこの屋敷から出られないのだから」
そして彼は、白羽が顔色を変えたことも気にせず、白羽に与えられていた離れの方へ足を向ける。
もし——もしヨウファンの話が全て本当なら、白羽は今すぐにでも屋敷を飛び出したい気持ちだ。飛び出してレイゾンを追いかけたい。
けれど全て本当ならば、白羽は主の許可なく独りで行動することなど出来はしない。仮に屋敷を出ることは出来たとしても、街からは出られないだろう。結界に阻まれてしまうに違いない。
白羽は込み上げてくる憤りを堪えるようにぎゅっと目を閉じると、二度、三度と大きく息をつく。
やがて、諦めたようにヨウファンに続いた。
◇
お茶を運んできた使用人に、「しばらくの間、離れには誰も近づかせないように」と指示すると、ヨウファンは当然のように白羽の部屋の椅子に腰を下ろす。
白羽は内心穏やかではなかったものの、彼の話を聞くと決めた以上はここで揉めても仕方がないと思い直し、卓を挟んで向かいに腰を下ろす。
二人の茶を注いでくれるサンファは、すっかり恐縮している様子だ。白羽の方を見ようともしない。いや——おそらく怖くて見られないのだ。
白羽は少しだけ反省したものの、直後、(元はと言えば……)と眉を寄せてサンファを見つめる。気配を察したのか、彼女の頬はさらに引き攣る。
が、白羽としては信頼していた侍女に裏切られた気持ちでいっぱいなのだ。
彼女はおそらく——いや、きっと、レイゾンのことを知っていたに違いない。彼はもうここにいないことを。彼の従者とともに旅立ったことを。
はっきり口にはしないが、態度には出ている。
どんな経緯で知ったのか、どうして伏せていたのかはわからないけれど。
(そこまで話してくれるのだろうか)
白羽はヨウファンを見つめる。
早く——少しでも早く話を聞きたい。どうしてレイゾンはいなくなったのか。
(ううん)
白羽は胸中で首を振る。
まだ彼の嘘という可能性だってある。嘘をついて自分をここに留めて……。
そんな可能性は”ない”とわかっていても縋らずにいられない。
前に置かれた茶杯に手を伸ばす気にもなれず、あれこれと考えてしまうのを止められない。
ぎゅっと拳を握り締め、ヨウファンが口を開くのを待っていると、その肩にふわりと衣がかけられた。振り返ると、サンファだ。
「夜着のままではお身体が冷えるのではないかと……」
小声でそう言うと「余計なことでしたら申し訳ございません」とさらに小さな声で付け足す。そのまま小さくなりながら壁際に下がっていくと、彼女は気配も消すかのようにして俯いて立つ。
白羽はしばらくサンファを見つめると、ありがとうと言う代わりに、かけられた衣の襟元をかき合わせた。温かい。それに、夜着一枚というみっともない格好も、これでなんとか隠せる。
サンファのホッとしたような顔を視界の端にしながら白羽がヨウファンに向き直ると、ゆるゆると茶を啜っていた彼が手にしていた茶杯を置いた。
徐に、話し始める。
「現状を端的に言えば、さっき言ったことが全てだ。レイゾン殿は彼の従者とともにこの屋敷を後にして王都へ向けて旅立った。そしてお前の主はわたしとなった……」
白羽は、聞いているだけで頭の芯が熱くなり、胸の奥が冷たくなるのを感じていた。
仕方ないこととはいえ、こんな話を二度も聞くことになるとは。だが肝心なことはその先だ。
——どうして。
どうしてこんなことに。
レイゾンはなにも言わず——。
どうして。
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