163 / 239
158 明くる日
しおりを挟む◇
目覚めはこの上なく心地よかった。
白羽は、寝台の上で小さく——うっとりと息をつく。
明るさから考えると、朝早く——という時間には少し遅いようだ。寝過ぎたというほどではないが、早起きとは言い難い時刻。
とはいえ——それに——しても。
(気持ちいい……)
よく眠れた。
熟睡した。
前夜とは大違いだ。
こんなに心地よく深く眠ったのは久しぶりだ。
身体の隅々までに活力と気持ちよさが満ちている。
だからもちろんすぐにでも起き上がれるのだが、白羽はなんとなくそうしなかった。
起きれば、それを察したサンファがすぐにやってくるだろう。そして身支度を整えるための盥や着替えを用意させるだろう。
普段なら平気なそれだが、今朝はまだ一人でいたかった。
一人で——一人だけで昨夜の思い出に浸りたかったのだ。レイゾンと二人で過ごしたあのひとときの思い出に。
白羽は、天蓋を見上げながら再び息を零す。
思い出すと、気恥ずかしさでくすぐったい。頬が熱くなるようだ。それでも、思い出してしまうことを止められない。
月明かりのもとで見た彼の姿。彼の育った村の話。そして彼の歌……。
良い声だった。荒削りで、だからこそ胸に深く染み込むような深く甘い声音。
今でも耳の奥に残っている。
切なくなるような不思議な旋律で、だから……思ってもいなかったのについつい身体が動いてしまった。
あんな風に舞ったのなんて久しぶりだ。
城でティエンの奏でる楽ともに舞ったのが最後だろうか。歌となると……。
(そうだ……)
白羽の胸が、微かに疼く。
そうだ。
ちょうどこの街でティエンの歌声に併せて舞ったとき以来だ。
(でも)
白羽は思う。
けれど自分は昨夜、そのことを思い出さなかった。
レイゾンだけを見て彼の声だけを聴いて彼のことだけを感じて……。
少し前までは、何を見ても聞いてもティエンのことを思い出していたというのに。
再び胸が疼いた。
自分はティエンを忘れてしまいかけているだろうか。
あれほど優しくしてくれた人を。あれほど慈しんでくれた人を。
自分は何一つ変わっていないはずなのに。
(いや……)
違う。
白羽はゆっくりと身を起こした。
朝陽が部屋に差し込んでいる。清かで眩しく明るい光。
(変わった)
白く暖かな光を見つめながら、白羽は思う。
わたしは、以前と少し変わった。
騏驥として暮らし、思い切り駆ける経験を経て。
わたしは騎士を大切に感じるようになった。
——より大切に。
騏驥として騎士を求めるようになった。
騎士を。
——レイゾンさまを。
そして気づけば、左右色の違う白羽の瞳に、自分のものではない衣が映った。
"彼"のものだ。昨夜、白羽を気遣ってかけてくれたもの。まだうっすらと香りが残っている気すらする。
間近で感じたレイゾンの……。
(わたしは……)
白羽は、身体の奥から熱が沸き立ってくるのを感じた。
言葉にできない——けれど胸の奥から沸き起こってくる衝動。
今すぐ——今すぐレイゾンに会いたい。
彼に会って、今感じているこの気持ちが、昨日から続く、いや、もっと前から静かに続いていたこの気持ちが何なのかを確かめたい。
——確かめたい。
昨日の夜、見えない力に背を押されたかのように彼の腕の中に飛び込んだ自分。
あれは——そして今もまた、自分を落ち着かなくさせているものはいったい何なのか——。
白羽は滑るようにして寝台から降りる。
(レイゾンさまに会いたい——)
ただその一心で、白羽は夜着のまま急ぎ足で部屋を出ようとする。
彼に会いたい。
会えばきっと——。
いや——いいのだ本当は、なにもわからなくても。なにもわからなくても、ただただ彼に会いたい。彼の顔が見たい。声が聞きたい。名前を呼ばれたい。
だがそのとき、はたと気付く。自分はレイゾンの部屋を知らない。
ヨウファンに訊けばわかるだろうか?
気持ちばかりが焦り、白羽がやきもきしていたとき、
「——白羽さま、お目覚めですか」
扉の向こうから声がした。
サンファだ。
白羽が急いで扉を開けると、
「起きていらしたのですか。ではすぐにお着替えと——」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いた様子で屋敷の使用人を呼ぼうとする。
だが白羽は慌ててそれを留めると、急いで卓の上の筆をとり、レイゾンに会いたいことを書いて見せる。
[部屋はどこかわかる?]
「…………」
しかし——。
それを見たサンファの反応は奇妙なものだった。
彼女は黙ってしまうと、スイと目を逸らしたのだ。
0
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ひ弱な竜人 ~周りより弱い身体に転生して、たまに面倒くさい事にも出会うけど家族・仲間・植物に囲まれて二度目の人生を楽しんでます~
白黒 キリン
ファンタジー
前世で重度の病人だった少年が、普人と変わらないくらい貧弱な身体に生まれた竜人族の少年ヤーウェルトとして転生する。ひたすらにマイペースに前世で諦めていたささやかな幸せを噛み締め、面倒くさい奴に絡まれたら鋼の精神力と図太い神経と植物の力を借りて圧倒し、面倒事に巻き込まれたら頼れる家族や仲間と植物の力を借りて撃破して、時に周囲を振り回しながら生きていく。
タイトルロゴは美風慶伍 様作で副題無し版です。
小説家になろうでも公開しています。
https://ncode.syosetu.com/n5715cb/
カクヨムでも公開してします。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887026500
●現状あれこれ
・2021/02/21 完結
・2020/12/16 累計1000000ポイント達成
・2020/12/15 300話達成
・2020/10/05 お気に入り700達成
・2020/09/02 累計ポイント900000達成
・2020/04/26 累計ポイント800000達成
・2019/11/16 累計ポイント700000達成
・2019/10/12 200話達成
・2019/08/25 お気に入り登録者数600達成
・2019/06/08 累計ポイント600000達成
・2019/04/20 累計ポイント550000達成
・2019/02/14 累計ポイント500000達成
・2019/02/04 ブックマーク500達成
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる