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152 憩
しおりを挟む白羽としては、豪華すぎると感じる部屋なのだが、サンファにしてみれば主である白羽の扱いがいいことが嬉しいのだろう。
(騏驥の身では贅沢すぎるんだけどな……)
とはいえサンファの喜びに、わざわざ水を差す気はない。
白羽は黙ってお茶を飲む。
本当に美味しい。
(このお茶は、王都に戻ってからも飲みたいな……。あとで茶葉について尋ねてみようか……)
レイゾンにも飲ませたい。それとも、彼ももう飲んでいるだろうか。
朝から出かけているという彼のことをぼんやり考えていると、
「そういえば、レイゾンさまは仕事に出られているとか」
白羽の心の中を覗いたように、サンファが言う。白羽は驚きつつも平静を装って小さく頷いた。
[衙府に出かけられているそうだよ。早くお仕事を終えられたいのだと思う]
そして、続けて書く。
仕事の内容は知らないが、一度はヨウファンに対してその旨を伝えていたレイゾンだ(しかも苛立った様子で)。きっと早く仕事を終えて、王都に戻りたいのだろう。
なにしろ、遠征に出て、そこで新たに命を受けてここまでやってきた格好だ。本当なら、もう王都に戻っていてもいいはずなのだから。
しかし、それを見たサンファの表情は、白羽の目には意外に映った。
彼女は微かに眉を寄せ、何か考えるような顔をしていたからだ。
白羽は自分が書いたものを見直した。
(おかしなことは書いてない……よね??)
侍女の思いがけない反応に戸惑っていると、彼女はそんな白羽に気づいたようにふっとと表情を和らげた。そして、
「そうですか。なら、戻りは夕食の前ぐらいというところでしょうか……」
独り言めいた呟きをこぼす。
そんなサンファを、白羽はじっと見つめた。
今の口ぶりでは、さっきの彼女の表情は、レイゾンの帰りの頃合いを考えていたから——のようにも思える。
けれど、本当にそうなのだろうか。
(…………)
白羽はサンファを見つめ続ける。だが彼女の表情は、もういつもの落ち着いたものだ。忠実な侍女の顔で白羽を見つめ返してくる。
白羽は迷ったものの、気になって筆を取った。
[なにか、気がかりなことでもあるの?]
見せると、サンファは「いいえ」とすぐに首を振る。僅かに躊躇いながら続けた。
「なにもございません。ただ……その……申し訳ありません。さっき思ってしまったのは、『それなら、あの従者も戻りはそのぐらいなのかな』と……」
(!)
その言葉に、白羽は耳が熱くなるのを感じた。
自分の誤解が恥ずかしくなる。
てっきり彼女は何か誤魔化そうとしていると思っていた。けれどそうではなく——いやある意味「そう」なのだが——全くの個人的な理由からの意味深な貌だったとは。
白羽は慌てて「ごめん」と唇を動かし、声にならない声で謝る。
サンファは「いいえ」と苦笑して頭を振った。
「そんな——わたくしに謝ったりなさらないで下さいませ。むしろ”そんなこと”を気にしているなんて、と叱ってくださる方が——」
その言葉に、今度は白羽が頭を振る番だった。
[叱ったりなんてしないよ。わたしの方こそ察しが悪くて]
すまなかった、と書きかけていた手が、サンファの手によって、そっと止められた。
「もう——それ以上は」
そして彼女は言うと、「もう終わり」というように微笑む。
白羽は、いつしか緊張していた両肩から、ふわっと力が抜けていくのを感じた。微笑み返すと、サンファも笑みを深める。
こちらのことを過剰なほど想ってくれる侍女。時には、それが少しばかり玉に瑕だと思うこともあるけれど、気心が知れているからか、彼女とのやりとりはやはり一番安心できる。
白羽が改めてそう感じていると、サンファは微かに首を傾げて白羽を見つめてきた。
「以前、レイゾンさまから『白羽さまに触れていると白羽さまの気持ちが伝わってくるようだ』と相談を受けたことがあったのですが……」
わたくしには伝わってまいりませんね……。
残念そうに、サンファは言う。
そして「失礼致します」と前置くと、白羽の手をいろんな方法で捧げ持ち、そのたび集中するかのように目を閉じる。
そんなことが、しばらく続いただろうか。
やがて、サンファは諦めたように溜息をつくと
「駄目ですね……」
と、がっかりした口調で言った。
丁寧に白羽の手を離すと、「わたしにはなにも伝わってきません……」と残念そうに言う。
直後、慌てた様子で「ですが白羽さまのせいではありませんので、謝ったりはなさらないでくださいね」と続けた。
白羽は、自身の手をじっと見つめた。指を動かしてみる。
そういえば、この手は昨夜レイゾンに触れた手なのだ。
思い出すと、あのときのどきどきが蘇ってくる。
何もかも伝わってしまったらどうしよう、と少し不安だったけれど思い切って彼に触れてよかったと思う。
そして——間違いなく彼には気持ちが伝わっていた。
なぜだかはわからないけれど。
白羽はサンファに昨夜のことを言おうか迷ったものの、言わなかった。
なんとなく恥ずかしかったのだ。
代わりに——というわけではないが、肩を落としている彼女を慰めるように、[そのうち、サンファにも気持ちを伝えられるようになるかもしれないから]と書いて見せる。
サンファは「だといいですね」と苦笑した。
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