前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

文字の大きさ
上 下
157 / 239

152 憩

しおりを挟む


 白羽としては、豪華すぎると感じる部屋なのだが、サンファにしてみれば主である白羽の扱いがいいことが嬉しいのだろう。
 
(騏驥の身では贅沢すぎるんだけどな……)

 とはいえサンファの喜びに、わざわざ水を差す気はない。
 白羽は黙ってお茶を飲む。
 本当に美味しい。

(このお茶は、王都に戻ってからも飲みたいな……。あとで茶葉について尋ねてみようか……)

 レイゾンにも飲ませたい。それとも、彼ももう飲んでいるだろうか。
 朝から出かけているという彼のことをぼんやり考えていると、

「そういえば、レイゾンさまは仕事に出られているとか」

 白羽の心の中を覗いたように、サンファが言う。白羽は驚きつつも平静を装って小さく頷いた。

[衙府に出かけられているそうだよ。早くお仕事を終えられたいのだと思う]

 そして、続けて書く。
 仕事の内容は知らないが、一度はヨウファンに対してその旨を伝えていたレイゾンだ(しかも苛立った様子で)。きっと早く仕事を終えて、王都に戻りたいのだろう。
 なにしろ、遠征に出て、そこで新たに命を受けてここまでやってきた格好だ。本当なら、もう王都に戻っていてもいいはずなのだから。
 しかし、それを見たサンファの表情は、白羽の目には意外に映った。
 彼女は微かに眉を寄せ、何か考えるような顔をしていたからだ。
 白羽は自分が書いたものを見直した。

(おかしなことは書いてない……よね??)

 侍女の思いがけない反応に戸惑っていると、彼女はそんな白羽に気づいたようにふっとと表情を和らげた。そして、

「そうですか。なら、戻りは夕食の前ぐらいというところでしょうか……」

 独り言めいた呟きをこぼす。
 そんなサンファを、白羽はじっと見つめた。
 今の口ぶりでは、さっきの彼女の表情は、レイゾンの帰りの頃合いを考えていたから——のようにも思える。
 けれど、本当にそうなのだろうか。

(…………)

 白羽はサンファを見つめ続ける。だが彼女の表情は、もういつもの落ち着いたものだ。忠実な侍女の顔で白羽を見つめ返してくる。
 白羽は迷ったものの、気になって筆を取った。

[なにか、気がかりなことでもあるの?]

 見せると、サンファは「いいえ」とすぐに首を振る。僅かに躊躇いながら続けた。

「なにもございません。ただ……その……申し訳ありません。さっき思ってしまったのは、『それなら、あの従者も戻りはそのぐらいなのかな』と……」
 
(!)

 その言葉に、白羽は耳が熱くなるのを感じた。
 自分の誤解が恥ずかしくなる。
 てっきり彼女は何か誤魔化そうとしていると思っていた。けれどそうではなく——いやある意味「そう」なのだが——全くの個人的な理由からの意味深な貌だったとは。

 白羽は慌てて「ごめん」と唇を動かし、声にならない声で謝る。
 サンファは「いいえ」と苦笑して頭を振った。

「そんな——わたくしに謝ったりなさらないで下さいませ。むしろ”そんなこと”を気にしているなんて、と叱ってくださる方が——」

 その言葉に、今度は白羽が頭を振る番だった。

[叱ったりなんてしないよ。わたしの方こそ察しが悪くて]

 すまなかった、と書きかけていた手が、サンファの手によって、そっと止められた。

「もう——それ以上は」

 そして彼女は言うと、「もう終わり」というように微笑む。
 白羽は、いつしか緊張していた両肩から、ふわっと力が抜けていくのを感じた。微笑み返すと、サンファも笑みを深める。

 こちらのことを過剰なほど想ってくれる侍女。時には、それが少しばかり玉に瑕だと思うこともあるけれど、気心が知れているからか、彼女とのやりとりはやはり一番安心できる。

 白羽が改めてそう感じていると、サンファは微かに首を傾げて白羽を見つめてきた。

「以前、レイゾンさまから『白羽さまに触れていると白羽さまの気持ちが伝わってくるようだ』と相談を受けたことがあったのですが……」

 わたくしには伝わってまいりませんね……。

 残念そうに、サンファは言う。
 そして「失礼致します」と前置くと、白羽の手をいろんな方法で捧げ持ち、そのたび集中するかのように目を閉じる。
 そんなことが、しばらく続いただろうか。
 やがて、サンファは諦めたように溜息をつくと

「駄目ですね……」

 と、がっかりした口調で言った。
 丁寧に白羽の手を離すと、「わたしにはなにも伝わってきません……」と残念そうに言う。
 直後、慌てた様子で「ですが白羽さまのせいではありませんので、謝ったりはなさらないでくださいね」と続けた。
 白羽は、自身の手をじっと見つめた。指を動かしてみる。
 
 そういえば、この手は昨夜レイゾンに触れた手なのだ。
 思い出すと、あのときのどきどきが蘇ってくる。
 何もかも伝わってしまったらどうしよう、と少し不安だったけれど思い切って彼に触れてよかったと思う。
 そして——間違いなく彼には気持ちが伝わっていた。
 なぜだかはわからないけれど。

 白羽はサンファに昨夜のことを言おうか迷ったものの、言わなかった。
 なんとなく恥ずかしかったのだ。

 代わりに——というわけではないが、肩を落としている彼女を慰めるように、[そのうち、サンファにも気持ちを伝えられるようになるかもしれないから]と書いて見せる。
 サンファは「だといいですね」と苦笑した。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

ひ弱な竜人 ~周りより弱い身体に転生して、たまに面倒くさい事にも出会うけど家族・仲間・植物に囲まれて二度目の人生を楽しんでます~

白黒 キリン
ファンタジー
前世で重度の病人だった少年が、普人と変わらないくらい貧弱な身体に生まれた竜人族の少年ヤーウェルトとして転生する。ひたすらにマイペースに前世で諦めていたささやかな幸せを噛み締め、面倒くさい奴に絡まれたら鋼の精神力と図太い神経と植物の力を借りて圧倒し、面倒事に巻き込まれたら頼れる家族や仲間と植物の力を借りて撃破して、時に周囲を振り回しながら生きていく。 タイトルロゴは美風慶伍 様作で副題無し版です。 小説家になろうでも公開しています。 https://ncode.syosetu.com/n5715cb/ カクヨムでも公開してします。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054887026500 ●現状あれこれ ・2021/02/21 完結 ・2020/12/16 累計1000000ポイント達成 ・2020/12/15 300話達成 ・2020/10/05 お気に入り700達成 ・2020/09/02 累計ポイント900000達成 ・2020/04/26 累計ポイント800000達成 ・2019/11/16 累計ポイント700000達成 ・2019/10/12 200話達成 ・2019/08/25 お気に入り登録者数600達成 ・2019/06/08 累計ポイント600000達成 ・2019/04/20 累計ポイント550000達成 ・2019/02/14 累計ポイント500000達成 ・2019/02/04 ブックマーク500達成

処理中です...