前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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151 侍女の旅、騏驥の旅

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 白羽が見たところ、サンファは思っていたよりも疲れていない様子だ。
 やや疲れている様子——とでも言おうか。
 レイゾンの従者とともに白羽たちを馬で追ってここまで辿り着いた彼女だが、道中はさほど大変ではなかった、ということだろうか。
 もちろんずっと馬に乗り続けていた疲れはありそうだが、他人と一緒に旅をしてきたストレスのようなものは感じない。
 ユゥと呼ばれていたあの従者とは、仲良くやれていたのだろう。多分。
 そのことに、白羽は少しほっとする。

 すると彼女は一口、二口と茶を飲み、一つ息をつくと、

「……ところで……」

 と、声は控えめながら視線はしっかりと白羽を捉えて尋ねてきた。

「ところで、白羽さまはご無事でしたか……? その……あの騎士に無理に走らせられたり無体な真似をされたりということは……」

(!)

 白羽は飲みかけていたお茶を零しそうになりながら、慌てて首を振った。
 
 ない。
 そんなことはない。一切。

 レイゾンの名誉のためにも視線と表情とで必死に伝える。
 心配しすぎだ。いや——わかるけれど。
 白羽はサンファを見つめると、

[なにもないよ]

 と書いて見せた。

[レイゾンさまは……今のレイゾンさまはそんな方じゃない。心配するのはわかるけれど、もうそんなに不安になる必要はないよ]

 そしてそう続けると、少し迷って更に書いた。

[これからもし同じようなことがあったとしても、心配はいらない。わたしを思ってのことだとはわかっているけれどレイゾンさまにも失礼だからね]

 サンファを窘めるのは初めてではない——が心が痛い。わかってもらえるだろうか?
 少なくとも数日前の自分は、レイゾンと二人で過ごしても、少しも嫌ではなかったのだ。
 それどころか、むしろ……。

 しかし、白羽の心配は杞憂だったようだ。 
 サンファは白羽が書いたものを読むと、素直に「わかりました」と頷く。
 その貌も、ちゃんと納得してくれた様子のそれだ。
 白羽はほっと胸を撫で下ろした。サンファも少しずつレイゾンのことを白羽の騎士だと認めてくれているということだろうか。それとも、ユゥと旅したことでレイゾンの良い話をたくさん聞いたとか?

(サンファたちは、どんな旅だったのだろう……)

 なにしろ、彼女が白羽の侍女としてやってきてからというもの、こんなに長く離れたのは初めてのことなのだ。しかも、数日とはいえ別々に旅することになるなんて思ってもいなかった。
 白羽は好奇心に刺激されるまま、

[お前の方はどうだったの?]

 と書いて尋ねる。サンファは小さく笑うと、「それはもう大変でした」と、わざとのように大きくため息をついて言った。

「わたくしは早く白羽さまに追いつきたかったのですが、『行き先はレイゾンさまから聞いているのだから』と彼はやけにゆっくりと進みたがったり……。かと思うと『やっぱり早く追いついてレイゾンさまをお助けしないと』と、急に馬を急かしたり……。お守りが大変でした」

 やれやれ、というように話すサンファに、白羽もつい笑いが零れる。
 それに、口ではそう言いながらもサンファの表情は楽しそうだ。
 一口茶を飲み、菓子を食べると、思い出すような表情を浮かべて、サンファは続けた。 

「色々と……話もしました。……色々と。白羽さまと離れなければならなかったことは不本意でしたが、まあ……いい旅だったと思います」

 静かに言う彼女の貌は、見慣れない表情を覗かせている。
 懐かしんでいるような、満足しているような、寂しがっているような……。
 そんな、様々な感情が入り混じったような気配だ。
 初めて見る表情だからだろう。白羽はなんとなく不安になる。見続けていることが出来ず、紛らわせるように白羽も菓子に口をつけた。小さな砂糖菓子は、上品で爽やかな甘さだ。
 
「——白羽さまはいかがでしたか?」

 すると不意に、向かいからそう問われた。

「レイゾンさまとの道中はいかがでしたか。レイゾンさまは野宿すると仰っていましたが、本当に野宿を?」

 見れば、サンファはもういつもの彼女の穏やかな表情だ。さっきの顔が嘘だったかのような……。
 白羽は戸惑いつつも、小さく頷いた。そして続きを書いて見せる。

[初めてだったけれど、そんなに大変ではなかったよ。レイゾンさまが色々と気遣ってくれて……。確かに普段の寝台に比べれば寝心地は良くなかったけれど、楽しかった]

 書いているうちに、レイゾンとの旅のあれこれが蘇ってくる。自然と筆が進む。

[思い切り走るのも楽しかったし、自分がこんなに走れるんだと思うと自信になった。景色もとても綺麗で……。それにレイゾンさまは騎士として本当に素晴らしい方だよ]

「そうですか……。それはよかったです。わたくしもほっといたしました」

 するとサンファはしみじみとした様子で頷く。そしてぐるりと部屋を見回して続けた。

「それにしても、この屋敷は随分と立派なのですね。道中が野宿なら、着いた先ではどうなることやらと思っていたのですが……まさかこんなに良いところにお泊りだとは」

 白羽が苦笑して頷くと、サンファは次第に興奮した面持ちで続ける。

「わたくしにも部屋を用意してくださっていたのですよ。その上、『白羽さまのお側にいるから』と話しましたら、用意して下さっていた部屋をこの白羽さまの部屋に近くにかえて下さって……至れり尽くせりです」

 白羽さまのお部屋もこんなに立派で……と感じ入ったように言うサンファに、白羽は苦笑を深める。
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