前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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150 それぞれの再会

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 ◇ ◇ ◇



 名を呼ばれて、振り返ると見慣れた顔があった。
 そう、見慣れた顔だ。見慣れていた顔。
 けれど今はなんとなく、記憶の中の彼よりも少し違って見える。
 大人びて見える。

 ほんの数日離れていただけだというのに……。

 駆け寄ってくる従者を見ながらレイゾンがそんなことを思っていると、

「……レイゾンさま」

 目の前までやってきた彼は、噛み締めるようにレイゾンの名を呼んでくる。人懐こいいつもの彼とはあまりに違う様子に、レイゾンは小さく笑った。

「どうしたユゥ。そう何度も呼ばずとも聞こえているぞ」

「はい。ぁ……いえ、ええと……ただいま戻りまし……た……?」

 主に遅れて街に到着したことをどう言えば良いのか迷ったのだろう。自信なさげに言う様子にレイゾンはますます笑みを深める。
 すると、気を利かせたのか一緒にいた役人が「先に行っています」と場を外す。
 レイゾンは礼を言って彼を見送ると、改めて前に立つユゥを見た。
 やはり少し大人っぽくなっている。遠征の日々で陽に焼けたためもあるかもしれない。
 成長を頼もしく感じながら、レイゾンは口を開いた。

「無事に着けたようでなによりだ。あの侍女も無事か? 道中は大丈夫だったか」

「はい。二人とも危ない目に遭うこともなかったですし、特段良いことも悪いこともなく。……なかったと……思います」

 言い直したのは、何かあった、ということだろうか。
 だがレイゾンは特に言及しなかった。尋ねれば応えるだろう。ユゥは賢く目端が効く優れた従者だが、そんな特徴以上に、何よりレイゾンに忠実なのだから。
 しかし彼が今回一緒に旅したのはサンファ。白羽の侍女であり、ユゥとは普段から親しくしている(らしい)相手だ。そんな相手との道中のことを根掘り葉掘り尋ねるのは野暮というものだろう。人の機微に疎いレイゾンでもその程度の配慮は流石にできる。
 無事に街に辿り着いたなら、それでいい。話したくなれば彼の方から話すだろう——そう考えて。
 それよりも——。

「それならよかった。だがどうしてここへ? 屋敷の方で休んでいてよかったのだぞ。お前たちにとっても長旅だったはずだ。疲れただろう。ヨウファン殿もお前たちが着けば充分休息が取れるように配慮すると話してくれていたはずだが」

 レイゾンは尋ねる。
 そうなのだ。道中のことよりも尋ねたいことがあった。
 今、レイゾンがいるのはリーシァンの衙府だ。
 別々に出発する前、ユゥにはリーシァンに着いたらヨウファンの屋敷へ向かうように伝えていたはずだ。そこで待っていろ、と。なのにどうして彼はわざわざここまでやってきたのか。
 すると、レイゾンの肩ほどの背の少年は——そろそろ青年になろうかという従者は、じっとレイゾンを見上げて言った。

「確かに、屋敷の主人からはそう勧められました。僕のようなものにまで部屋を用意してくださっていて……。でも、僕は部屋で休むよりも、少しでも早くレイゾンさまにお会いしたかったんです。サンファさんはすぐに騏驥のところに飛んで行ったし、僕だけ屋敷でじっと待ってるなんて、できなくて……。屋敷の主人の話では、レイゾンさまは衙府に行っているとのことだったので、来てみたのです」

「よく入れたな」

「屋敷の主人が一筆書いてくれました。僕の身元を保証してくれるものを。でも……」

 ここに来てはいけなかったですか?

 最後は不安そうにユゥは言う。その顔は、以前のまだ子供っぽい彼を思わせるものだ。
 レイゾンは微笑んで「いいや」と首を振った。

「いけないものか。お前は俺の従者だ。誰に咎められることもない。しかも俺より世事には詳しい。どんな時でも、側にいてくれれば心強い」

 そしてそう続けるレイゾンに、ユゥはやっと——心からホッとしたような笑顔を見せる。初めて訪れた街で、一人でここまでやってくるのは心細くもあっただろう。
 しかも長旅の後。それも、連れはいたとはいえレイゾンと離れて初めてする旅の後だったのだから。
 レイゾンはそっとユゥの頭に手を置くと、そこをポンポンと撫でた。
 彼はされるままになりながら、はにかむように笑う。昔を思い出しているのかもしれないし、照れているのかもしれない。

 縁あって共に過ごすようになってから、レイゾンはずっと彼の成長を見守ってきた。そして同時に、レイゾンが騎士になるまでの苦労の多くを知っているのも彼なのだ。
 改めてそう思うと、騏驥に感じる大切さや労りの気持ちとはまた違った特別な思いが——まるで肉親に感じるような、歳の離れた弟に感じるような親しみが込み上げてくる。
 やがて、レイゾンは撫でていた手を止めると、ユゥに向けて言った。

「俺は、ここでもう少しやらなければならないことがある。終わったら一緒に帰るとしよう。ついでに、街の賑やかなところを少し案内してやる」

「よろしいのですか!?」

「ああ」

「では終わるまでお待ちしています!」

 ハキハキと応える声は弾んでいて、笑みは眩しいほどだ。
 レイゾンは元気な従者に微笑むと、早く終わらせるべく仕事に戻った。





[無事着いてよかったよ]

 白羽が書いて見せると、サンファも「はい」と穏やかに応えた。
 向かって座る卓の上には、彼女が淹れてくれたお茶がある。
 疲れているだろうから白羽が淹れようとしたのだが、彼女が「やります」と譲らなかったのだ。
 わたしの仕事をしてやっと、白羽さまのお側に帰ってきたことを実感できるのですから、と——そう言って。

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