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しおりを挟む「俺は……もちろんそれで構わない。が……お前はいいのか? 無理していないか。街歩きは、どうしてもしなければならないことじゃない。なんなら屋敷に戻っても——」
<いえ……!>
白羽は即座に応える。
早過ぎたことに自分でも戸惑い、狼狽えながら手を離してしまう。
一つ——二つと息をつくと、改めてレイゾンの手に触れた。
<無理はしていません。それに……それに……>
もう少し二人でいたいのです——とは口に出せず、白羽は言葉を探す。
<それに、街の様子を見るのは、わたしも楽しいです。人の姿で歩くのも久しぶりですし……>
「……そうか」
すると、レイゾンは「わかった」というように頷く。
白羽もほっと息を零したが、直後、まだレイゾンに触れたままだったことに気づく。慌てて、手を離した。
(大丈夫……だった……よね……?)
空いていた手でそっと自身の手に触れながら、今の一連のやり取りを思い返す。
(…………)
——不安だ。
余計なことまで伝わってしまったのではないだろうか?
白羽は伺うようにそろそろとレイゾンを見上げる。
やはり、彼に触れるのは無謀だっただろうか。
帰りたくなくて提案したけれど、迂闊だっただろうか。隠しておきたいことまで伝わってしまうのだとしたら……。
白羽は息を詰めてレイゾンを見つめる。が、彼の表情に変化は見られない。……気がする。
「どうした?」
じっと見ていたためか苦笑気味に尋ねられ、白羽は頭を振った。どきどきしつつも、レイゾンに触れる。
<なんでもありません。その……やはり人が多いな……と……>
伝えると、今度はちゃんと、すぐに離した。
我ながら下手な話題の変え方だ。しかしレイゾンは「そうだな……」と呟くように言うと、再び辺りを見回す。
「街の雰囲気を味わうにはいいが、このままでは下手をするとはぐれそうだ」
彼は微かに眉を寄せ、考えるような顔を見せる。
程なく、白羽の前にふっと手を差し出してきた。
(えっ?)
白羽は不安に目を瞬かせる。レイゾンは「そうじゃない」というように首を振った。
「手は繋がなくていい。だが離れると困るだろう。俺の袖を持っていろ。話したくなったら手に触れるといい」
(!)
<ありがとうございます>
白羽はレイゾンの厚意に感謝すると、言われた通り彼の袖を摘み持った。
レイゾンが歩き始める。
白羽はそのあとを付いていく。
なるほどこれなら、辺りに人が増えてもはぐれなさそうだ。
レイゾンは白羽を気にしてか、ゆっくりと歩いてくれている。そして時折、白羽に「ちょっといいか?」と、一言ことわっては店に入っていく。
主に、王都ではあまり見ない小間物を売っている店が気になっている様子だったが、薬を売っている店も覗いていたのは、やはり騎士だからだろう。
一緒に店に入った白羽も初めて見るものばかりで全てが新鮮だった。
途中、レイゾンが買ってくれた飴は、見た目こそ綺麗だったものの口に入れると想像していた風味とあまりに違っていて、どちらからともなく顔を見合わせてしまったのも楽しかった。
そんな風に、とりとめなく歩き続けてどれぐらい経っただろうか。
一休みするために屋台のような小さな店で茶を飲んでいたときだった。
「今気づいたが……その石、まだ付けているのだな」
茶杯をいくつか並べればすぐにいっぱいになってしまいそうな小さな卓の向こうから、不意に、レイゾンが驚いたように言った。
<いけなかったでしょうか……?>
白羽は片手で卓の上のレイゾンの手に触れ、もう一方の手で自身の髪に結んだままの石に触れながら応える。
レイゾンが言った「石」とは、二人で森で野宿した時に、彼が着けてくれたものだ。あの時は馬の姿で、だから鬣に結んでくれた。それを、ずっと着けたままにしていたのだ。なんとなく……外したくなくて。
レイゾンは白羽の答えにしばらく黙る。そして茶を一口飲むと、「いけなくはないが……」と話し始める。
「いけなくはないが……それはあくまで護符代わりのものだ。美しくはないだろう。飾りになっていなのではないか? 髪飾りがほしいなら、さっき通ってきたところにあった大きな店で——」
<いいのです、これで>
気遣うように言うレイゾンに、白羽はきっぱりと言った。レイゾンが息を呑む。白羽は微笑んで続けた。
<これが、いいのです。レイゾンさまが着けて下さったこれがいいのです>
「…………」
<特別、飾り立てたいとも思っておりませんし、こうした……あまり目立たぬものの方が好きです>
「そう……なのか? 遠慮ならするな。俺だって髪飾りの一つや二つ買うぐらいの金はある。以前王都で一緒に出かけた時もそうだったが、あまり遠慮されるとこちらも——」
<遠慮ではありません>
白羽は言った。再び、はっきりと。
<遠慮ではありません。むしろこの石の方が、店で売られているものよりもよほど貴重なものだと思っております。騎士のレイゾンさまがわたしに手ずから着けてくださった石です。これほど特別なものは二つとありません>
「……」
<記念、です>
最後に悪戯っぽくそう付け加えると、その意味に気づいたのだろう。レイゾンは苦笑し、やがて微笑み「そうか」と深く頷く。
そして再びゆっくりと茶を飲む彼の顔を見ていると、白羽も自然と笑顔になる。
そう。特別なのだ。
この石は、白羽が騏驥として騎士と共に全力で駆けた思い出の日に着けてもらったものなのだから。
(また、あんな時間を過ごすことができるだろうか……)
白羽も茶杯に口をつけつつ思う。
レイゾンを背に乗せ走った数日を思い返すだけで、胸がじわじわと熱くなるようだ。
風は心地よくて鞍上の騎士は頼もしくて……。
「……なら……」
と、ポツリと呟くようなレイゾンの声がした。
「なら、お互い良い思い出ができたと……そう思っていいか?」
向かいからじっと見つめてくるレイゾンの双眸は、眩しいものを見るかのように細められている。
柔らかで、穏やかで、優しい視線。
白羽は吸い寄せられるように見つめ返しながら、こくりと頷く。
黒灰色の瞳がますます細められる。
それはこの上なく幸せそうで、なのになぜかとても切なくも見える微笑だった。
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