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145 二人、街で
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ヨウファンの屋敷は、中心部からは少し離れたところにある。
そこから歩いているうちに、次第に風景が変わっていく。
昼下がりの街は、大勢の人出で賑わっていた。
「良い街だな」
白羽の少し前を歩くレイゾンが言った。
「人に活気があるのもそうだが、街自体がいい。街に入ってきたときから感じていたが、道が整っている。きちんと計画されて作られた証拠だ。それに綺麗だ。石畳も歩きやすいし、なにより広い。大勢の者たちが行き会うにはうってつけだろう。王都は整備が足りていない場所もあるが、ここは……ここまで来るのにざっと見た限りでは、そうした箇所もなかった。……金も足りていると見えるな」
白羽に聞かせているというよりは、半ば独り言の様子だ。が、彼がこの街に関心を持ち、良い印象を抱きつつあることは伝わってくる。
白羽は少しほっとした。
街を散策することはヨウファンからのいきなりの提案だったし、レイゾンは話の途中で気分を害したようだったので、いざ出かけても実は心配だったのだ。
だがこの様子なら、少なくとも嫌な気分にはなっていないようだ。むしろ、興味深そうにあちこちを眺めている。背の高い彼のその顔が、右に左に忙しなく動いている。
レイゾンの少し後ろをついて歩いている白羽はと言えば、懐かしさ半分、物珍しさ半分、といった心境だ。確かに以前この街を訪れたことがあるとはいえ、あのときはゆっくりと歩いて回ることなどしなかったからだ。
一座では仕事の支度も食事の準備も洗い物も繕い物もなにもかも自分たちでやらなければらなかったし、特に白羽は子供たちの中では年かさだったから、他の子たちの面倒をみるとも大切な仕事の一つだった。自由に街を歩く時間などなかったし、仮にあったところで、寝起きしていた街はずれからこんな中心部まで、一人で赴くことは難しかっただろう。
だから、今のように華やかな通りを通ったことなど一度もなかった。もしかしたら、”旦那さま”の屋敷に呼ばれた時に通ったかもしれないが……あの頃は周りを見る余裕などなかった。
(不思議なものだな……)
白羽は行き交う人々の忙しなくも活気のある様子や、飛び交う声を聞きながらぼんやり思う。
まさか、こんな形で再びここを訪れることになるなんて。
建ち並ぶ様々な大店や小店。さらには出店も軒を連ねている。小間物を売っているかと思えば衣類を売っている店もあり、食べ物も果実から菓子、さらには酒類を所狭しと並べている店もあり、雑然としつつ賑わっている。
遠く離れた土地からの品物なのか、見たことがない色とりどりの野菜や複雑な文様の織物、奇妙な形の置物や楽器らしきもの……と、一つ一つ見ていてはどれほど時間があっても足りないだろう。
そんな大通りには辻がいくつもあり、左右に伸びる道やそこにも並ぶ店を数えれば、いったいいくつあるのかわからないほどだ。
人も物も次から次へと湧き出していて、まるで渦のようだ。
ティエンに望まれて城で暮らすようになって以来、外を出歩くことなどなかったから忙しなさに戸惑ってしまう。
すると、
「なにか、気になるものはあるか。見たいものがあるなら気にせず見てみるといい」
不意に、頭上からレイゾンの声がした。
気付けば、彼は白羽のすぐ隣にいる。わざと歩みを緩めてくれたのだろうか。見上げると、彼は逆光の中で淡く微笑んでいる。
白羽は「いいえ」と頭を振った。
足を止めると[特にありません。大丈夫です]と書いて見せた。
「行きたいところは? お前は以前この街に来たことがあるのだろう? また行ってみたいところなどはないのか」
と、レイゾンは続けて尋ねてくる。
白羽は再び首を振ると、今しがた思い返していた、以前の訪れの際のことを書いて説明しようとした。
しかし、[確かに来たことはありますが……]と書いていたその時、
(あっ!)
二人して立ち止まっていたためか、行き交う人にぶつかってしまった。
辛うじて踏みとどまったが、よろけたはずみで、持っていた紙が滑り落ちる。
「大丈夫か?」
レイゾンが、白羽が落とした紙を拾ってくれながら言った。
「気をつけろ。——こっちだ」
そしてさりげなく、白羽の身体を護るようにして道の端の方へ誘導してくれる。
次いですぐさま、白羽の足元に片膝をついてしゃがみ込んだ。
「踏ん張ったほうの足を診るぞ。少しだけ触れるが——なるべくすぐに終える」
言うや否や、白羽が止める間もなく脚に触れて来た。
脛——足首——。
更には、
「俺の肩に捕まっていろ」
そう言ったかと思うと、白羽の脚をひょいと持ち上げ、履物を脱がせてしまう。
(!!!)
白羽は大いに狼狽したが、声が出ない。
道の端とは言え、二人がいるのは街で一番とも言えそうな大通りだ。大勢の人が行き来しているのだ。そんなところでレイゾンのような大きな男をしゃがみ込ませて、脚を触れさせている自分の姿を思うと、恥ずかしさに頬が熱くなる。
確かに、これは騎士が騏驥を気遣うなら普通のことだ。
脚は騏驥にとって何より大事で、今のようにちょっとしたはずみで足を傷めてしばらく走れなくなったり、下手をすればそのまま復帰できずに「処分」されるものもいるらしいのだから。
しかもレイゾンは、極力白羽に触れないようにしてくれている。触れ合えば白羽の気持ちはレイゾンに伝わってしまうとはいえ、触れて即離れる今ぐらいの接触なら、その恐れもないだろう。
(とはいえ……)
足の甲——そして土踏まず、踵——。
恥ずかしいことには変わりない。
レイゾンは鞭を帯びているし、白羽もよく見れば首に騏驥の証の「輪」があることがわかるだろう。だが……。
それがわかるほどじっと見られたくないし、かといって、ちらりと見ただけでは騎士と騏驥とは気付かれない可能性が高い。
白羽は真っ赤になったまま俯く。
騏驥の足が気になるとはいえ、こんな場所で——。
思わずレイゾンに対しての恨み言を抱いてしまう。
が、そのとき。
俯いたはずみで零れた髪越しに見えたレイゾンの表情に、どきりとした。
それは、心から騏驥を心配する——白羽の脚を気遣う真剣なものだったからだ。
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