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121 様々な騎士、彼の騎士
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しかし白羽は自身の髪色など気にかけぬまま、男たちを——騎士たちを睨みつける。
今や、こみ上げる憤りで全身が熱くなっているように感じるほどだ。
いつ終わるともなくレイゾンの悪口を聞くことになっただけでも不愉快なのに、その上、相手構わず暴力を振るおうとするとは。
(こんな——)
こんな。
こんな下劣な、騎士の誇りも知性も感じさせないような輩が、レイゾンを中傷していたのか。
こんな——レイゾンよりも騎士として遥かに劣るような言動の奴らが。
ただ生まれが違うだけで。
(わたしの騎士が——こんな奴らに——)
声が出ない代わりに——声が出ない分も、白羽は怒りを込めて男たちを見つめる。
沈黙と、その視線に射られ続けることに耐えられなくなったのだろう。
男たちは気を逸らすように大げさに頭を振ると、白羽に詰め寄ってきた。
「っ……お、お前! なんだ! なんのつもりだ!? なんだその生意気な目つきは!!」
「し、白い騏驥だからと言って勘違いするなよ。騏驥は騏驥だ。騎士に歯向かえばどうなるかわかっているだろうな!?」
「あいつの騏驥なら、責任はあいつがとるべきだな。——まったく、道理で躾が行き届いていないわけだ。その見た目で前王陛下に阿っていただけの騏驥と、そんな騏驥を賜ったものの、満足に扱えない騎士か」
騎士の一人がそう言って嘲るように嗤うと、他の二人もこれ見よがしにレイゾンを嘲弄する。
(——!)
<レイゾンさまは関係ありません!>
白羽は男たちに向けて言い返す。——が、やはり声は出ない。
必死に言い募ってみても、ただ怒りに顔を赤くした騏驥がパクパクと口を動かしているだけにしか見えないのだろう。
男たちは、今度は白羽のそんな様子を見て笑い声をあげる。
悔しさと歯痒さ、もどかしさに、白羽は目の奥が熱くなるのを感じた。
と同時に、男たちの数々の悪口に我慢できず、思わず飛び出してしまった自分の行動のせいでレイゾンが咎められるかもしれないと思うと、彼への申し訳なさで胸がいっぱいになる。
けれど堪えられなかったのだ。
レイゾンが悪し様に言われていたことが嫌だった。
彼は——。
だって彼は——。
こみ上げてくる様々な感情のせいで、瞳が潤み始める。
そんな白羽に、男たちは更に詰め寄り、責めるように言葉を継ぐ。
「それに……お前はどうして声を出さないのだ? 出ないのか? だとすれば、そんな半端な騏驥がどうして大手を振ってここにいるのだ。故障した騏驥など早々に処分されるべきだろう」
「それもそうだな。五変騎だと珍しがられ、ありがたがられるのも、それが万全で騎士の——国の役に立てばの話だろう」
「それとも、あいつのせいで口が利けなくなったのか? だとすれば可愛そうにな。いやしかし……陛下から賜った騏驥を壊したとなれば、あいつもどんな罰を受けることか……」
(!)
男の言葉に、白羽はぎくりと瞠目した。
(レイゾンさまが、罰を……?)
確かに、白羽が声を喪っていることは公になっていない。だから事情を知っている魔術師が密かに屋敷にやってきて治療してくれていたし、薬だってサンファがこっそりと魔術師から受け取っていた。
そして……確かにこの白羽の状況の元凶は彼だ。
彼に乱暴された後から、白羽は声を失ったのだから。
(でも——)
けれど、白羽はレイゾンへの罰など望んではいなかった。
そして、彼はきっと自身が罰を受けたくないからではなく、白羽を気遣って身体のことを秘密にしてくれていた——と思っている。
普通の怪我や病気のように治療の目処が立っているならともかく、白羽はいつ回復するのかわからない。そんな騏驥は、公になれば廃棄の可能性があるためだ。
だから彼は、白羽が治るまで責任を持つと言って……。
なのに……。
自分が後先考えずに姿を晒したために、声が出せないことが露わになってしまった。
知られてしまった。しかもよりによってこんな——レイゾンを嫉んでいるような騎士たちに。
(馬鹿……)
白羽は顔を顰める。
自分の衝動が恨めしい。
今までこんなことなかったのに。
本当にレイゾンが罰せられてしまうのだろうか?
自分が”処分”されることなど構わない。
ティエンの言葉があったために、今まで生きながらえてきただけのことだ。けれどレイゾンが罰を受けるのは——。
しかしそうして考え込んでいたために、すぐ側まで近づいてきている手に気づかなかった。
「白羽さま!!」
<!>
悲鳴のようなサンファの声に我に返り、慌てて男の手から逃れる。だが、身を翻した先に別の男の手があった。
<っ!>
更に逃げようとしたものの、いつの間にか囲まれている。
男たちはニヤニヤと笑いながらじりじりと白羽に近づいてくる。
「なににせよ、医師に検査してもらうべきだろう。お前が処分されることになるか、あいつが罰されることになるか……それとも両方か……」
「騎士をあんな目で睨むだけでも騏驥としての資質が問われるところだ」
勝手なことを言いながら、男たちは今度は逃げ惑う白羽を弄ぶように追いまわしてくる。
陰湿でしつこいその様子は、男たちの今までの言動を凝縮したかのような態度だ。
それでも白羽はなんとか男たちから逃げる。
レイゾンという主がいることを知っていて——それも、すぐ側の店の中にいると知っていて、彼の騏驥である自分にこんな真似をするなんて、レイゾンを侮っているなによりの証拠だ。
(レイゾンさまは……いつも……ずっと……こんな風に……)
軽んじられていたのかと思うと、彼が貴族を嫌っていたのがわかる。
彼の色々な粗暴な振る舞いも、様々なしきたりを知らなかったり慣れていないせいもあるのだろうが、わざとそう振る舞っていた面もあるのだろう。
あいつらのように——他の騎士たちのように——たまたま貴族に生まれただけで騎士を名乗っている者たちのようになりたくないと——そんな思いから。
(だから……)
その貴族の頂のような王の、その騏驥であった白羽のことも嫌っていた……のだろう。まだ会う前から彼が白羽を疎ましく思っていた理由がわかる気がする。
自分に降りかかる理不尽さ。
悔しさ。憤り。辛さ……。
いろいろなものを飲み込んで、耐えて、跳ね返して、彼は騎士になったのだ。
(なのに……与えられた騎士はわたしのような……)
<あっ!>
そのとき、男の手が白羽の衣にかかりかける。
寸でのところで逃れようとして——バランスを崩した。
(!!)
倒れる——と思ったその瞬間。
「——白羽!!」
声がしたかと思うと、白羽の身体はその声の主——白羽の主であるレイゾンの、その逞しい腕の中にあった。
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