前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

文字の大きさ
上 下
125 / 239

120 騏驥の静かな闘い

しおりを挟む
 殺到する敵に半ば囲まれながら、孫三郎まござぶろう血刀けっとうを振るってそれを押し止めている。
 そしてまた一人、寄せ手の首筋を裂いて血煙を散らせたが、赤い飛沫ひまつの舞う空間に突如として黒い影が躍り込んできた。

 黒尽くめの、見慣れぬ甲冑――
 その存在を視認した瞬間、飛来した流れ星が孫三郎の刀を破壊する。
 刀を折り砕いたのは、星のような鉄球の付いた金砕棒かなさいぼうだ。

「クッ、南蛮渡来なんばんとらいのモルゲンステルンか!」
「ほぉ、よく知っておる」
「すると、お主が『明星みょうじょうの六郷』だな」
しかり。一矢万矢いっしばんしの副首領がひとり、六郷典膳信之ろくごうてんぜんのぶゆきだ。息絶えるまでの短い間、見知りおけ」

 孫三郎と同程度に大柄な六郷は、三貫(約十一キロ)はありそうな鉄製の鈍器を小枝のように軽々振り回している。
 頭から爪先まで全身を覆っている漆黒しっこくの甲冑も、武器と一緒に手に入れた南蛮からの品だろう。

 孫三郎の常識外れな驍勇ぎょうゆうに攻めあぐねていた盗賊達は、圧倒的な怪力を振るう六郷の優勢を見て取ると、再び攻勢へと転じ始めた。
 ガラクタと化した刀を捨てた孫三郎は、脇差を抜いて構える。
 勢いに乗った敵勢は、孫三郎の斬撃にも弥衛門の射撃にもひるまずに突出。

 六郷からの攻撃はひたすらに避け、他の連中の攻撃は脇差で受け流して対応するが、これでは先行きは相当に暗い。
 弥衛門の援護射撃はあるが、焦りで狙いが定まらないようで、効果は覚束おぼつかない。
 ここらが限界だと判断した孫三郎は、大きく踏み込んできた坊主頭の槍の柄を斬り飛ばし、つんのめった男の膝を蹴り砕きながら大声で告げる。

「弥衛門、アレの出番だっ! 準備を頼む!」
「りょっ、了解っ!」

 言われた弥衛門は、火縄を手にして少し離れた場所にある岩陰へと走り込む。
 そしてしばらくゴソゴソと作業した後、精一杯の大声で叫ぶ。

「準備完了、だよっ!」
「御苦労!」

 孫三郎は斬りかかってきた相手の腹に前蹴りを突き入れ、後続ごと押し返すと弥衛門の所まで駆け寄る。
 そして刃毀はこぼれの目立ち始めた脇差を鞘に収めると、岩陰に置かれた巨大でいびつな形状の火縄銃を抱え上げた。

 これこそが、かつて孫三郎が静馬に語った秘密兵器の正体で、今回の作戦の不安要素である人手不足への懸念を一掃した代物『野辺送のべおくり』。
 大筒おおづつ石火矢いしびやの類に近い形状だが、束ねられた七つの銃身から時間差で銃弾を放つ連発式のカラクリは、おそらく現在の日本で唯一無二だ。
 盗賊達は、今までに見たことのない奇妙な物体の出現に戸惑い、一瞬動きを止める。

まどうな、ハリボテに決まっている!」

 そう断言した六郷が堂々と進撃するのに励まされ、止まった足は再び動き出した。

「愚か者めが。得体の知れぬ相手に出会えば、野の獣ですら警戒するというに」

 憐れみを含んだ孫三郎の呟きは、野辺送りの発射音に掻き消された。

          ※※※

 荒い呼吸に釣られて千々ちぢに乱れる思考をなだめ、アトリは状況を分析する。
 周囲には少なくとも五人の敵、そして救援は期待できない。
 三人に致命傷を与えたのと引き換えに、四箇所の手傷を負っていた。
 どれも浅いとはえ、戦いの中で自分の血を見るのも数年ぶりだった。

 少なからぬ動揺を抑えつけ、この場を切り抜ける方法を探す。
 残った武器は手にした直刀と懐のクナイ、それと鉤縄かぎなわと――他には何があったか。
 どうにか光明を見出そうとするアトリだが、果てしなく降って来る斬撃と突きと矢弾に対処しながらでは、落ち着いた判断など望むべくもない。

「ふおるぁぁああ――があっ!」

 半端な気合と共に飛び込んで来た、毛むくじゃらな男の腕を斬り上げた。
 大型の斧が、両手に握られたまま空中を回転し、岩場へと突き刺さる。
 まだやれる、まだ大丈夫。
 だがいずれ、集中力は途切れる。
 その時が危ない。

 そんな警戒が心に湧いた瞬間、視界の隅に異物を捉えた。
 反応が間に合って叩き落したが、同じものがまた飛んでくる。
 針――吹き矢か。

 飛び道具は総じて厄介だが、吹き矢は予備動作が殆どなく、相手が仕掛けてくる呼吸が計り辛い上に、近距離から使われるので単純に避け辛い。
 二本目の針を転がるようにかわしたアトリだが、その行動によって更に足場の悪い場所へと追い込まれてしまう。

真行寺久四郎しんぎょうじきゅうしろう……あなたですか」
「ガキのお守りばかりでも、腕はなまってないみたいだなぁ、アトリよ」

 久四郎は兄の右近に似た顔立ちだが、まとっている雰囲気はまるで異なる。
 正に偉丈夫いじょうぶといった風貌ふうぼうの右近は剣の達人だが、久四郎は細面ほそおもてで、武家の出でありながら異形いぎょうの武器や暗器あんきの類を好んで用いる変わり者。
 そしてアトリにとっては、かつて同じ師に学んだ兄弟子でもあった。

「俺のやった刀をまだ使ってるとは、嬉しいじゃねぇか。使い勝手はどうだ?」
「遠からず、切れ味は身をもって知れるかと」

 含み笑いをしながら久四郎は妙な曲刀を抜き、アトリと正対する。
 それは、正確に分類すると刀ではない。
 兜割かぶとわりと呼ばれる、打撃を主とする武器だ。

 乱戦を得意とする久四郎と、この状況で対決するのは自殺行為に等しい。
 強気で応じながらも、その事実を認めざるを得ないアトリは、どうにか打開策を探ろうとするのだが、今は寄せ手への反撃で精一杯だ。

 突き込まれた長巻ながまきを払った直後、足場の岩が崩れて体勢が揺らぐ。
 そこを逃さず、反対側から槍が伸びてくる。
 アトリがそれを察知した時には、既に手遅れの間合いに詰められていた。
 敗北を予感し、反射的に両目を閉じかけた瞬間。

「もらったああああああ、あ? あぱっ――」

 アトリの頭上を飛び越えた矢が、勝利を確信した男の雄叫おたけびを封じる。
 口中を射抜かれた男は斜面を転落し、横腹を貫こうとしていた穂先ほさきは、アトリの左腕に薄い切り傷を負わせるだけに終わった。

「待たせたな、アトリ! 取り急ぎ、雑魚を蹴散らそうぞ」
かしこまりました、姫様っ!」

 ユキの登場で瞳に生気を戻したアトリは、あけに染まった直刀を構え直した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

ひ弱な竜人 ~周りより弱い身体に転生して、たまに面倒くさい事にも出会うけど家族・仲間・植物に囲まれて二度目の人生を楽しんでます~

白黒 キリン
ファンタジー
前世で重度の病人だった少年が、普人と変わらないくらい貧弱な身体に生まれた竜人族の少年ヤーウェルトとして転生する。ひたすらにマイペースに前世で諦めていたささやかな幸せを噛み締め、面倒くさい奴に絡まれたら鋼の精神力と図太い神経と植物の力を借りて圧倒し、面倒事に巻き込まれたら頼れる家族や仲間と植物の力を借りて撃破して、時に周囲を振り回しながら生きていく。 タイトルロゴは美風慶伍 様作で副題無し版です。 小説家になろうでも公開しています。 https://ncode.syosetu.com/n5715cb/ カクヨムでも公開してします。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054887026500 ●現状あれこれ ・2021/02/21 完結 ・2020/12/16 累計1000000ポイント達成 ・2020/12/15 300話達成 ・2020/10/05 お気に入り700達成 ・2020/09/02 累計ポイント900000達成 ・2020/04/26 累計ポイント800000達成 ・2019/11/16 累計ポイント700000達成 ・2019/10/12 200話達成 ・2019/08/25 お気に入り登録者数600達成 ・2019/06/08 累計ポイント600000達成 ・2019/04/20 累計ポイント550000達成 ・2019/02/14 累計ポイント500000達成 ・2019/02/04 ブックマーク500達成

処理中です...