前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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114 外出(5) お買い物

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「本当にそれだけで良かったのか?」

 紙を売っている店に立ち寄り、つつがなく買い物を終えた後。
 軒車に戻ると、レイゾンは白羽の顔と買った品を見比べるようにしながらそう尋ねて来た。
 二人とサンファを乗せた車はもう次の店へ——レイゾンの本来の目的である鞭職人のところへと向かっているというのに、だ。
 
 しかもこの質問はもう何度目になるかわからない。
 店にいる間、店の奥で紙を見ている間も選んでいるときもずっと言っていたのだ。
 それを思い出し、白羽は小さく笑う。
 不思議な顔をするレイゾンを見つめると、こくりと頷いた。


「それだけで良かったのか」を何回も聞くことになった買い物だったが、それ自体は幸いにして滞りなく済んだ。
 そしてその一番の功労者はサンファだった。

 レイゾンの提案に白羽が応じ、買い物に行くことは決まったものの、考えてみれば二人ともどこへ行けばいいのかわからなかった。
 レイゾンは「紙のことなど気にしたことがない」というタイプだったし、白羽は白羽で今まで自分で買い求めたことがなかったためだ。
 さて、どうすればと思っていた時、それまで気配を消すようにして黙って事のなりゆきを聞いていたサンファが「あの……」と控えめに声を上げてくれたのだ。

 彼女は、質の良い、それでいて変化に富んだ紙や筆記具を置いているという店の名をいくつか挙げると、レイゾンの許可を取ってそのうちの一つを行き先として御者に告げたのだった。
 そして店に近づくと「ではわたしが先に行って店主に知らせておきます」と、自ら先触れを買って出て、白羽が止める間もなく車を降りて行ってしまったのだった。
 おかげで店ではゆっくりと品を見ることが出来たし、「これもいかがでしょぅか」と次々店主に見せられた品々も期待していた以上の素晴らしいものばかりだった。
 
 なんとなく白羽の好みを把握していてくれたような気がして不思議だったが、どうやらあの店は城内に品を献上していたところのうちの一つだったようだ。サンファはそれも加味しつつ、しかし高価になりすぎない店を、と考えてそこを選んでくれたようだった。

 白羽はレイゾンに向けて書く。

[レイゾンさまのおかげで、わたしは欲しいものを充分揃えることが出来ました。ありがとうございました。レイゾンさまこそ、本当にわたしが選んだものでよろしかったのですか?]

 そう。実は白羽は自分のものだけでなく、レイゾンのものも、彼に頼まれて買い求めたのだ。

『俺はこういうものに詳しくはないが、良いものを持っていて困ることはないだろう。お前が選んで、買っておいてくれ』——そんな風に言われて。

 それを聞きつけた店主がさらに張り切って色々な紙や筆を出してきたために、思っていたよりも時間はかかったが、白羽は言われた通りにレイゾンのものも選んだ。

(誰かのために物を選ぶなんて久しぶりだったな……)

 思い返すと、なんだかくすぐったいような気持ちになる。
 ティエン亡き後、こんなことは久しくなかったから。
 それに、自分では使わないような色味や模様の紙を選ぶのは楽しかった。騎士である彼が使うに相応しい良いものを選んだつもりだが、彼は本当に気に入ってくれただろうか?
 
 今日は買い物途中のため、買った品は白羽のものもレイゾンのものも後日屋敷に届けてもらう手はずにした。届いたものを改めて見た時に、彼はがっかりしないだろうか……。

 良いものを選んだつもりでも、レイゾンが気に入っていなければ意味がない。彼のイメージから、落ち着いた地模様のものを選んだけれどそれで良かっただろうか。
 尋ねた白羽の紙を見て、レイゾンは「もちろんだ」と頷いた。

「いいものを選んでくれたと思っている。俺だけではなにもわからないからな。書き心地にあれほど違いがあるとは思っていなかったし、模様も目立たないながらに綺麗だった。ああいう、目立たないが凝ったものはいいものだな。お前に選んでもらえてよかった」

 そして微笑むレイゾンの貌に嘘はない。

 選んでいる最中は、「任せた」と言われても自分だけで決めて買うわけには……とレイゾンにも色々と好みを尋ねたのだ。しかし筆談ではなかなか上手くいかなくて……。じれったくて、声が出ないのがもどかしくて堪らなかった。
 けれど、そう言ってもらえるとほっとする。
 よかったです、と声に出さずに言って微笑むと、レイゾンは一瞬戸惑ったような顔を見せて、うん、と言うように頷く。
 そして白羽から顔を逸らすようにしてサンファに向くと、

「お前にも世話になった。助かった」

 と、礼の言葉を告げた。
 
 お役に立てたなら何よりです、と応えるサンファの声は弾んでいる。おそらく白羽が良いものを手にできたことが嬉しいのだろう。
 白羽としてはレイゾンにお金を出させるのが申し訳なくて、”ほどほど”の物を選ぶつもりだった。
 けれど、こちらが買い物に慣れておらず、しかも騏驥だとわかっても気持ちのいい接客をしてくれた店主と、

『いいか、遠慮などせずおまえの好きな物を買え。お前のものとは言え、俺に見せるためのものなら、それは俺のものでもあるのだ。遠慮する必要はない』

 というレイゾンの言葉と、

『そうですよ白羽さま。せっかくなのですから』 

 というサンファの言葉、そしてそれに同意するレイゾンの頷きに背を押され、つい”それなり”の価格のするものを買ってしまった。
 城にも紙を納めている店だから、結構な価格になってしまったのに……。

(でも……)

 サンファとレイゾンとの仲が良くなっているのなら嬉しい。
 ——白羽は思う。
 それに、綺麗なものが手元に増えるのは素直に嬉しい。
 加えて今回買ったものは、レイゾンが気遣ってくれたものだから。

 だが……。

(けれど……なんだか今日は……)

 レイゾンの様子がおかしい気もする。
 白羽はそっとレイゾンの様子を窺う。
 今日の彼は出かける時からこちらをじっと見つめてきたり、道中では突然”あんなこと”を言ったり、かと思うと不意に目を逸らしたり……。

 それとも、今までもそうだったのだろうか。
 
(わたしが気付かなかっただけ……?)

 自分も、今日はレイゾンを見ているから気付くのだろうか。
 レイゾンのことを気にしているから……?
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