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112 外出(3) 騎士の想い騏驥の動揺
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彼は——レイゾンはいったいなにを……?
(もしかして、自分で思っているよりも見た目が可笑しいのだろうか?)
(騏驥が外出する時の装いとして相応しくないのだろうか)
(サンファに任せていれば間違いないと思っていたけれど……)
(考えてみれば彼女も「騏驥が街に出るとき」の格好には詳しくなかったのかもしれない……)
それなら出かける前に言ってくれれば良かったのに。
彼も忘れていたとか? 今になって思い出したとか……。それ以上に、ひょっとして自分を連れ出したことを後悔しているとか……?
出来れば何気なく——さらりとした口調でどうしたのか問いたいものの、口が利けない身ではその「何気なく」ができない。
紙と筆は持っているが、ここで書き示すのはいかにも仰々しい。
何か言いたいことがあるなら、レイゾンの方から言ってくれないだろうかと——困った白羽がじっと見つめていると、
「…………」
レイゾンは、気持ちを切り替えようとするかのように、コホンと小さく咳払いする。次いで口を開いた。
「……つまり……騏驥のお前がわざわざその姿へと変わってくれたなら、騎士としてはそれに合った物を揃えるべきではないかと思ったのだ」
<!>
そんな! と白羽は首を振る。そんなつもりは一切ない。
と、レイゾンは「わかっている」と苦笑して言った。
「お前にそのつもりがないことはわかっている。だが……騏驥にそう気を遣われては、じっとしてはおられぬのだ……」
そしてレイゾンは白羽をじっと見て言った。
「……美しい——美しいあの白い姿をわざわざ変えるほど俺を気遣ってくれるとはな。予想もしていなかった。……お前は……そのように細やかな気遣いができる騏驥だったのだな……」
俺はそんなことも見ようとしなかった。
レイゾンは自嘲するように笑って言う。
「いや、以前の俺ならばむしろそんなことにも苛立っていたかもしれないな。がさつで気が利かない俺への当てつけか——と。ひねくれた考え方をしていた。いつの間にか……そんな風に……」
そう話すレイゾンの声は、普段の彼のそれよりもずっと小さい。けれど白羽の耳にはしっかりと届いた。そして、彼が騎士になるまでに経験した——経験せざるを得なかった辛さを想像して少し切なくなる。
彼の従者であるユゥが話していたことによれば、以前のレイゾンは——本来の彼は、もっと真っ直ぐだったようだから。
(いや……)
以前の、じゃない。今の彼も「そう」ではあるのだ。
世慣れていなくて素朴で率直で飾り気がなくて。発する言葉は心のままで、皮肉を込めることなどしない人。だから彼に乗ってもらうのは心地が良かった。馬の姿の時に彼と接するのは心地よかった。騎士に手綱を預けるような——ある意味自分の命を預けるような時は、その素直さを信頼できたから。
けれどその率直さや真っ直ぐさゆえに、彼は嫌な思いも沢山して……。
(挙句、騎士としての出鼻をくじかれた格好になったのだ。……わたしのせいで……)
——となれば、他の騎士や、騎士の象徴のような王やその側にいた白羽に対して、良い印象を持たず、斜めに見るようになっても仕方がなかったのかもしれない。
(今は、違うようだけれど)
少なくとも、「以前の自分なら」と言えるなら。
(もっと早く、お互い歩み寄れていたら……)
白羽は、もう何度も考えたことを改めて思う。
視線の先で、レイゾンが苦笑した。
「まあ——つまりは、お前のその姿に似合うものを何か買い求めたいと思ったのだ。いつもとは違っているが…………」
美しいことに変わりはない。
レイゾンはあまり大きくない声で言う。
どこかぎこちないような、少し上ずったような、たどたどしいような口調と声音。
微かに白羽が目を丸くすると、レイゾンはふっと目を逸らしてしまった。が、そうすると彼の耳朶が赤くなっているのがわかる。
白羽もまた、慌ててそこから目を離して俯いた。
(…………)
心臓がどきどきしている。
見た目のことは、それこそまだ幼いころから幾度も言われていた。
髪や目が気味悪い、と言われるのと同じ頻度で褒める言葉を。
ティエンも幾度となく。但し彼は、姿かたちの美しさ「だけ」を口にしたことはなかった気がするけれど。
だから白羽にとってはある意味、もう特別ではなかった言葉だった。
なのに。
(なぜ……)
今はこんなに胸がどきどきするのか。
困惑の白羽は、俯いたまま顔を上げられない。
すると、そんな白羽の態度をどう受け止めたのか。
レイゾンはおもむろに、
「ああ——いや、だが今までの——普段のお前は美しくないというわけじゃない。もちろん美麗だ。白い衣に白い髪が零れ落ちて……流れるようで……髪飾りも映える。……俺は、す…………悪くないと思っている。ただ、その姿のためのものは、お前はもう何も受け取らないだろう。だから——」
等々、さっきよりも些か狼狽えているような早口で話し始める。
白羽はますます胸がどきどきして、頬が熱くなって顔をあげられなくなった。
(もしかして、自分で思っているよりも見た目が可笑しいのだろうか?)
(騏驥が外出する時の装いとして相応しくないのだろうか)
(サンファに任せていれば間違いないと思っていたけれど……)
(考えてみれば彼女も「騏驥が街に出るとき」の格好には詳しくなかったのかもしれない……)
それなら出かける前に言ってくれれば良かったのに。
彼も忘れていたとか? 今になって思い出したとか……。それ以上に、ひょっとして自分を連れ出したことを後悔しているとか……?
出来れば何気なく——さらりとした口調でどうしたのか問いたいものの、口が利けない身ではその「何気なく」ができない。
紙と筆は持っているが、ここで書き示すのはいかにも仰々しい。
何か言いたいことがあるなら、レイゾンの方から言ってくれないだろうかと——困った白羽がじっと見つめていると、
「…………」
レイゾンは、気持ちを切り替えようとするかのように、コホンと小さく咳払いする。次いで口を開いた。
「……つまり……騏驥のお前がわざわざその姿へと変わってくれたなら、騎士としてはそれに合った物を揃えるべきではないかと思ったのだ」
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そんな! と白羽は首を振る。そんなつもりは一切ない。
と、レイゾンは「わかっている」と苦笑して言った。
「お前にそのつもりがないことはわかっている。だが……騏驥にそう気を遣われては、じっとしてはおられぬのだ……」
そしてレイゾンは白羽をじっと見て言った。
「……美しい——美しいあの白い姿をわざわざ変えるほど俺を気遣ってくれるとはな。予想もしていなかった。……お前は……そのように細やかな気遣いができる騏驥だったのだな……」
俺はそんなことも見ようとしなかった。
レイゾンは自嘲するように笑って言う。
「いや、以前の俺ならばむしろそんなことにも苛立っていたかもしれないな。がさつで気が利かない俺への当てつけか——と。ひねくれた考え方をしていた。いつの間にか……そんな風に……」
そう話すレイゾンの声は、普段の彼のそれよりもずっと小さい。けれど白羽の耳にはしっかりと届いた。そして、彼が騎士になるまでに経験した——経験せざるを得なかった辛さを想像して少し切なくなる。
彼の従者であるユゥが話していたことによれば、以前のレイゾンは——本来の彼は、もっと真っ直ぐだったようだから。
(いや……)
以前の、じゃない。今の彼も「そう」ではあるのだ。
世慣れていなくて素朴で率直で飾り気がなくて。発する言葉は心のままで、皮肉を込めることなどしない人。だから彼に乗ってもらうのは心地が良かった。馬の姿の時に彼と接するのは心地よかった。騎士に手綱を預けるような——ある意味自分の命を預けるような時は、その素直さを信頼できたから。
けれどその率直さや真っ直ぐさゆえに、彼は嫌な思いも沢山して……。
(挙句、騎士としての出鼻をくじかれた格好になったのだ。……わたしのせいで……)
——となれば、他の騎士や、騎士の象徴のような王やその側にいた白羽に対して、良い印象を持たず、斜めに見るようになっても仕方がなかったのかもしれない。
(今は、違うようだけれど)
少なくとも、「以前の自分なら」と言えるなら。
(もっと早く、お互い歩み寄れていたら……)
白羽は、もう何度も考えたことを改めて思う。
視線の先で、レイゾンが苦笑した。
「まあ——つまりは、お前のその姿に似合うものを何か買い求めたいと思ったのだ。いつもとは違っているが…………」
美しいことに変わりはない。
レイゾンはあまり大きくない声で言う。
どこかぎこちないような、少し上ずったような、たどたどしいような口調と声音。
微かに白羽が目を丸くすると、レイゾンはふっと目を逸らしてしまった。が、そうすると彼の耳朶が赤くなっているのがわかる。
白羽もまた、慌ててそこから目を離して俯いた。
(…………)
心臓がどきどきしている。
見た目のことは、それこそまだ幼いころから幾度も言われていた。
髪や目が気味悪い、と言われるのと同じ頻度で褒める言葉を。
ティエンも幾度となく。但し彼は、姿かたちの美しさ「だけ」を口にしたことはなかった気がするけれど。
だから白羽にとってはある意味、もう特別ではなかった言葉だった。
なのに。
(なぜ……)
今はこんなに胸がどきどきするのか。
困惑の白羽は、俯いたまま顔を上げられない。
すると、そんな白羽の態度をどう受け止めたのか。
レイゾンはおもむろに、
「ああ——いや、だが今までの——普段のお前は美しくないというわけじゃない。もちろん美麗だ。白い衣に白い髪が零れ落ちて……流れるようで……髪飾りも映える。……俺は、す…………悪くないと思っている。ただ、その姿のためのものは、お前はもう何も受け取らないだろう。だから——」
等々、さっきよりも些か狼狽えているような早口で話し始める。
白羽はますます胸がどきどきして、頬が熱くなって顔をあげられなくなった。
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