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108 外出の誘い
しおりを挟む白羽は慌てて<なんでもありません>と首を振って見せる。
レイゾンはそれでも暫くこちらを見つめていたが、やがて、ふっと息を零した。
「本当になにもないか? ならばいいのだが……。またどこか具合を悪くしたのではないかと……」
<…………>
白羽は、再び「大丈夫です」というように首を振る。
そんなにじっと見つめられると、ティエンのことを考えていただけにばつが悪い。白羽はそっと視線を落とす。
が、なぜかレイゾンの視線はまだ白羽から離れない——ようだ。
肌に感じる視線に困惑しつつ、ややあって白羽はレイゾンを見つめ返す。
と。彼は何事か考えているような——少し言い淀むような顔を見せて口を開いた。
「ところで白羽……もしお前が良ければだが……明日、少し街に出てみないか」
<…………>
街?
微かに首を傾げる白羽に、レイゾンは一つ小さく咳払いして続ける。
「鞭を……新しい鞭を買い求めたいと思っていてな。それを見に行こうと思っていたのだ。それで、お前も一緒にどうかと…………」
そう言うと、レイゾンはじっと白羽を見つめてくる。
気のせいか、なんだか今までとは少し趣の違う視線のようにも思える。
(鞭……)
白羽は胸中で呟く。
騎士にとって鞭がとても大切なものだということは白羽でも知っている。
騏驥に騎乗する時に用いる実用品であると同時に、身を飾る装飾品でありなにより騎士度あることの象徴なのだから。
だからレイゾンがそれを買い求めることは何の不思議もないが、それをわざわざ白羽に話すことも更には同行させようとすることも些か不思議だった。
騏驥によって鞭を使い分ける騎士もいるようだが、それはある程度その騎士と騏驥の関係が長くなっていればこそだろう。どういう鞭であれは騎乗する騏驥に対して有効かがわかっていればこそ——そうしたことが相談し合える仲であればこそ、の話だ。
レイゾンと白羽は……そうではない。
そこまで深い仲ではないし(なにしろ白羽は騏驥として実績もなく調教でもレイゾンを乗せて走ったのは数回なのだ)——なにより病が癒えれば彼の元を離れる身なのだ。
彼にとっては同行させるメリットなど何一つないだろう。相談相手にもならないのだから。
しかも白羽はこの外見だ。
騏驥というだけでも周囲の目を集めるのに(そうだと聞いている)、この見た目では一層目立ってしまうだろう。
騎士を連れ歩きたがる騎士もいるにはいるようだが、白羽のことを隠すようにしていたレイゾンがそれを望むとも思えないが……”そう”なのだろうか?
<…………>
真意が計れず黙り込んでしまう白羽を、レイゾンはじっと見つめてくる。
答えを急かしている様子でも、苛立っている様子でもない。ない……が……。
(…………)
白羽はやはり違和感を覚える。
レイゾンの——彼のその瞳はなんだろう?
まるで何かを探っているかのような、そんな双眸。
今までのやり取りにおかしなところでもあっただろうか……?
やはりすぐに応えなかったからだろうか。
(でも……)
戸惑う白羽は、気分を変えるようにもう一杯お茶を煎れる。レイゾンの分と、自分の分と。
そうしながらそっとサンファに目を向けると、傍らに控えている彼女と目が合った。彼女もレイゾンの申し出に幾らか戸惑っているようだ。が、レイゾンの視線は見えていないからか、白羽が感じているような違和感は覚えていない様子だ。
気にしすぎだろうか……。
それでも訝しく思う気持ちがなくならないまま、レイゾンの前に新しい茶を置く。
と——じっと白羽を見つめていた彼が、微かに笑んで言った。
「そう難しく考えるな。命令じゃない。嫌なら無理強いはしない。お前の都合や体調もあるだろうからな。まぁ……気分転換にどうかと思ったんだ。……今まで街に出たことは?」
<…………>
白羽は首を振った。
王都に来てからはずっと城の中にいたから、街のことは入城する道中で見かけた景色しか知らない。その様子も、人づてに聞いただけだ。
しかし白羽はそれよりも、レイゾンの気配の方が気になった。
それまでじっと白羽を見つめてきていた彼の眼差しから、あの何かを探るような気配が失せたような気がしたのだ。いったい——どういうことなのか。
気のせいかもしれないけれど、気になってしまう。
(出かければ……その理由がわかるだろうか……?)
鞭のことはなにもわからないけれど、レイゾンもそれは承知しているはずだ。それでも誘ってきたということは、ただ本当に、白羽の気分転換になればと考えてくれてのことかもしれない。
もしくは——そんな風に騏驥とともに出歩きたかったのかもしれない。
だとすれば……。
白羽は筆を取ると、
[わかりました]
と、紙に書いてレイゾンに見せた。
続けて、
[お供します。ただ、外出は慣れないのでサンファも一緒に……]
一人では不安でそう書くと、レイゾンは「もちろんだ」と頷いた。
「かまわない。では明日——俺が城から帰ってきてからだから……昼から出かけることになるだろう。いいか?」
白羽が頷くと、レイゾンはほっとしたように再び茶に口をつける。
そんなレイゾンの貌や瞳はいつも通りだ。
けれど白羽の胸に残った違和感は、ずっと消えなかった。
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