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90 贈物
しおりを挟む(彼に診てもらったことはないし……)
白羽は不思議に思いつつも、その、紙に包まれたものを取り出す。
と、なんとそれには魔術符で封がされている。白羽しか開けられないようになっているのだ。
(…………)
ずいぶん大仰だなと思いつつ、恐る恐る包装を解く。
その瞬間、柔らかな甘い香りがパッと部屋に広がった。
「まあ!」
声を上げたのは、覗き込んできていたサンファだ。
「滋蓉桃に白峰丹! こちらは月杏ではありませんか! 貴重なものをこんなに……! ああ……なんていい香りでしょう。しかもこんなに大きくて……」
包まれていたのは、幾つもの果実を干したものだった。
時間をかけて作られたそれは甘みが増し、香りもより芳醇になる。
干し果実自体はさほど珍しくないが、果実や干し加減によっては非常に希少で高価なものになる。
ここにあるものはすべて希少と言っていい果実で作られたものばかり。しかも大きく、形がいい。柔らかさも絶妙で、傷も一つもなく、香りも全く損なわれていない。
サンファが思わず声を上げたのも当然の、滅多に見ない素晴らしいものだ。
過日のティエンが時折、白羽に贈ってくれていたもののように。
しかも数種ある果実は、全て身体に良いと言われているものばかりだ。
(どうしてこんな……どうして、会ったこともない医師が……?)
この屋敷に来てからは見ることもなかった貴重な食べ物に、ウキウキとした様子を隠せないサンファに対し、白羽の頭の中には疑問ばかりが募っていく。
白羽は手近に置いている筆をとると、同じくそばに置いている紙に疑問を書きつけた。
[これは、本当に医師からもらったもの? 彼はどうしてこれを?]
そしてサンファに見せると、彼女は「ええ」と頷いた。
「本当に、あの医師の方でした。白羽さまが城を出るところを見届けた者の一人として、あれからどうなったか気になっていたから……とか言っておりました。これは、たまたま手に入れたものだそうです。偶然わたしが通りかかったためにお裾分けだとか」
(…………)
白羽は眉を寄せた。
見届け人がその後の騏驥のことを気にしていることも、この品を医師が誰かからもらうことも、それを、たまたま通りかかったサンファに——白羽の侍女だと顔を知る彼女に渡すことも一応は筋が通っている。が、あまりにできすぎている。
まるで誰かに咎められた時の言い訳のようだ。
しかも——。
(ならばこの封は……)
白羽は改めて手元に目を落とす。ただのお裾分けに、あんなにしっかりとした封をするだろうか。
その時、包みの中に干し果実とは別のものがあることに気づいた。紙だ。手紙。
綺麗な薄紙のそれを、慌てて取り出して開く。
その手跡は、過去に見たことはないが、誠実そうなしっかりとしたものだ。そしてそこにはこう記されていた。
体調を崩していることを心配していること。
身体に良いと言われているものが手に入ったので、医師に託すこと。
ゆっくりと養生してほしいこと。なにも心配なくということ……。
そして署名は——ダンジァのものだった。
(ああ……)
だが白羽にはわかる。
これはダンジァからのお見舞いであり、同時にシィンからの贈り物だ。
白羽は思わずその手紙を抱きしめた。
あの後、きっとダンジァはシィンに報告したのだろう。白羽が見つかったことを。当然だ。彼はシィンの騏驥で、白羽を探していたのも彼の命だったのだろうから。
だがおそらく、”全て”は話していない。
『なにも心配なく』とはそういうことだ。白羽の名誉のために、そして事を荒立てないために、彼は自身の主に秘密を作ってまで胸の中に収めてくれている。
そしてこれらの果実が白羽の好物だと言うことは、シィンが知っている。また、彼でなければ簡単には手に入らないものだ。それを、直接の贈り物では角が立つからと、騏驥を通して、そして医師を通して贈ってくれたのだ。
ダンジァもまた見届け人だったし彼は騏驥。
騎士が自分のものでもない騏驥を気にかけることは立場上問題のあることでも、騏驥が同じ騏驥を気遣うなら、さほどおかしくはない。
宴で騒ぎがあった後なら、なおさらだ。
(気遣ってくださっている……)
気にしてくれている。
昔馴染みのシィンが。そして同じ騏驥が。
そう思うと、ずっと心もとなく心細かった現状に、幾らかの慰めを得るようだ。
あの騏驥の医師はおそらく、城内と厩舎地区を行き来しているのだろう。あまりないケースだが、ダンジァが外から迎えられた騏驥だということを考えればあり得ることだ。
白羽がしみじみと嬉しさを噛み締めていると、
「あの……白羽さま……それは……?」
サンファがおずおずと尋ねてくる。白羽の様子から手紙が気になるが、手紙だから訊きづらい、というところなのだろう。
白羽は微笑むと、
[騏驥からのものだよ。この果物もあの騏驥が贈ってくれた]
と書いて見せる。「まあ」とサンファが目を丸くした。
白羽はそんなサンファを可笑しく思いながら、干し果実を一つ取ると、そっと千切って口に運ぶ。柔らかなそれは懐かしい味だ。滋味、という言葉がぴったりのような、優しく穏やかな味わい深さだ。
白羽は半分をさらに半分にすると、一つをサンファに分け、そして一つを彼女が抱える子猫の口元に差し出す。
子猫は不思議そうに見ていたが、程なく目を細めて美味しそうに舐め始める。やがて両手を器用に使って、それを食べ始めた。
「あぁ美味しい……。この子も美味しさがわかるのですね」
サンファは美味しさを噛み締めるようにしみじみ言うと、猫を撫でながら続ける。そして彼女は、ちらりと手紙を見て言った。
「あの騏驥からの手紙とはいえ、独断とは思えません。紙も良いもののようですし……香りからして——」
言いかけた言葉を、白羽は首を振って止める。
口にしては、彼らの配慮が台無しだ。
するとサンファは一旦は黙ったものの、改めて口を開いた。
「白羽さま……やはりもう一度、どなたか別の方に騎士になっていただけないか、殿下にお願いしてみてはいかがでしょうか」
(!)
驚いた白羽は目を丸くする。サンファは声を落として続けた。
「騏驥が騎士を選べないことは存じております。ですが……決まりには何事も例外がございましょう。なんなら殿下に白羽さまの——」
<——!>
白羽は、声にならない声をあげると、はっきりと嗜める意図で霜花の腕を掴んだ。
声が出ていたら「やめろ」と即座に言っていただろう。
彼はサンファを睨むと、気まずそうに俯く彼女に伝えようと筆をとり、素早く書いた。
[何度も言うけれど、わたしは殿下の騏驥にはなれない。そして殿下には既に立派な騏驥がいる。こうしてわたしを気遣ってくれる彼がいるのに、なんてことを]
急ぐためか文字が乱れる。それでも白羽は少しでも早く、と続ける。
[もう二度とその話はしないように。お前がわたしを心配してくれているのはよくわかっている。ありがたく思っている。けれどこの話は、]
——そこまで書いた時。
不意に扉が叩かれる音がする。
はっと向いた白羽の耳に届いたのは、
「——俺だ」
レイゾンの声だった。
—————————————-
(改めて書くのも無粋ですが)果実の名は全て造語です。
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