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74 本心
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◇
吐精とともに激情が去り、劣情が去り、離した身体が醒めるにつれて次第に頭も覚めてくると、レイゾンは自分がしてしまったことに内心激しく狼狽し始めていた。
目の前には、あちこち破れてボロボロになった衣を身体に纏っている白羽の哀れな姿だ。いや——これはもう纏っているとは言えないだろう。”以前は衣だったもの”が辛うじて身体のあちこちに絡みついているだけだ。
その身体も……。
「…………」
レイゾンは見ていられず、思わず顔を逸らした。
今更ながらにとんでもないことをしてしまったと理解する。
ぐったりと横たわる白い騏驥の華奢な肢体。投げ出された四肢。あちこちに鬱血の跡がある。甘い情交の跡ではなく、彼が暴れた時についたものだろう。もしくは——自分が彼を無理やり拘束したときに……。
レイゾンは、少し前までの自分の所業を思い出すたび、自身への嫌悪がこみ上げてくる。
それを振り払うようにぶるぶると頭を振った。
(いや……いや——これは仕方がなかったのだ)
仕方がなかったのだ。
これが言うことを聞かないから。
これが俺のものにならないから。
俺のものなのに。
俺のものにならないから。
いつまでも前の主を想って……だから——。
だから俺は間違ったことはしていない。
目の前の事実から目を逸らしたまま必死で胸の中で抗弁する。
そう——。そうだ。
元々これは前王との爛れた関係で深く繋がっていたような騏驥だ。
主とはそういう仲になる騏驥なのだ。
騏驥になる前は踊り子で、そのときの手管で前王に取り入ったような——。
レイゾンは、自分に言い聞かせるように幾度も独りごちる。
だが。
「…………」
レイゾンは先刻まで触れていた白羽を想う。彼の様子はまだ見られない。彼を見ないまま、ただその感覚だけを追う。思い返す。蘇ってしまうのだ。
あの肌——滑らかな正絹のようなあの肌……!
程よく弾力があり、同時にしっとりと指に吸いつくようで、いつまでも触れていたいと思うほどの肌——。
けれどその肌はほんの少しも快感に戦慄くことはなかった。
「…………」
もちろん自分が無理強いしたことは自覚している。
彼の意に添わぬ性交、しかも性急に挿し入った。抵抗し続ける身体を無理やり押さえつけて。
けれど——それにしても。
(あの反応は……)
まるで生娘のそれのようだった……。
レイゾンは想う。
騎士になる以前、幼少期から青年期を過ごした故郷では、レイゾンは周囲の妙齢の女性たちにとても人気があった。
庶子ではあったが父はその土地では結構な力を持っていたからかもしれないが、おそらくレイゾン自身が見た目に優れていたためだろう。体格的には少年のころからすでに大人びていたし、頬に傷ができてからも、むしろ「それがいい」と言われるほどだった。
女たちからはひっきりなしに秋波を送られていたし、男たちからは「お前なら仕方ない」と言われ、恨まれることもなかったほどだ。
つまり、知る限り、故郷にレイゾンと張り合えるほどの外見の者はいなかったのだ。
そのため——なのか、ときにレイゾンはまだ経験のない女性と褥をともにすることがあった。遠くに働きに行く娘から「思い出に」と望まれることがあったのだ。
レイゾンとしては複雑な思いもあったものの、断る理由もなかったために、そういう女性と数度同衾した。もちろん優しく——いい思い出になるよう願って。
白羽の反応は、そのときの女性たちのものにとても似ていたのだ。
とてもではないが、快楽を知りそれを望む反応ではなかった。むしろ怯えて、拒絶して……。
(当然……だが……)
自分のしたことを想えば、それは当然の反応だ。
が……。
「…………」
レイゾンはどうにも拭えぬ違和感を覚え、まだ躊躇いはあったものの、そろそろと白羽へ目を向ける。
すると、白羽の細い身体はゆるゆると起き上がるような動きを見せている。動けるようになったのだろう。しかしまだ恐る恐るなのか、緩慢な動きだ。
見ていると、ズキ……とレイゾンの胸が痛む。
自分の感情を——怒りと憤りともどかしさをぶつけただけの行為だった。性交というより暴力。屈服させて服従させて自分のものにしたいだけの……。
(こんなはずでは……なかったのに……)
こんなつもりでは、なかったのに。
レイゾンは自己嫌悪に胸が軋むのを感じながら「白羽……」と自らの騏驥を呼ぶ。
らしくなく声が震えていることが自分にもわかる。
が……応えはない。
「白羽」
レイゾンは再び呼ぶ。今度はさっきよりも安定している声だ。少し大きく。けれど、怒鳴り声のように聞こえないように注意して。
しかし——。
「っ……白羽……!」
堪らずレイゾンはやや荒く声を上げた。
どうしてこう——上手くいかないのだ。どうしてこう、この騏驥は人が優しくしたいと思う時に限って……。
「白羽——」
しかしそう呼んで彼に近づき顔を見ても、よくよく考えれば続ける言葉はない。
レイゾンは、身を起こしはしたもののまだ俯いている騏驥に気まずさを覚えつつ、労わるようにそっと触れようとする。しかしその手はスッと避けられた。
白羽は乱れた衣を掻き合わせると、身体ごとレイゾンから目を逸らす。そして見つめる先は——。
「……たいそうな騏驥だな」
レイゾンは収まりかけていた怒りが再びこみ上げてくるのを感じながら言った。
白羽はレイゾンから顔を逸らし、そして見つめているのは前王の柩。
乱れた髪の隙間から覗く白いうなじに向けて、レイゾンは苛立ちながら続ける。
「……お前は、最中も声すらあげなかった。高貴な者相手でなければ、嬌声すら聞かせたくないというわけか!?」
ついさっきまで自分の乱暴な行為を後悔していたはずなのに——確かにそのはずだったのに、今はもう自分を見ない白羽に胸の中が煮えるようだ。
今もなお——身体を繋いでもなお、前の主を求める白羽の様子に。
嫉妬で、胸が煮えるようだ。
レイゾンはギリギリと奥歯を噛み締めた。
認めたくなかった自分の気持ち。だがここに至ってはもう誤魔化せない。
嫉妬。
これは嫉妬だ。
所有欲、独占欲、嫉妬。
それも——彼が”騏驥だから”じゃない。
こんな頼りない騏驥なら代わりはいくらでもいる。まともに走ったことのなかった騏驥で、負荷をかけた調教をすれば疲れてしまうような騏驥なのだから。
嫉妬しているのは、彼が見たこともなかったほど美しいからだ。
自分は、一目でその美貌に——惹かれて——。
だから前の主にこんなにも嫉妬している。
騏驥としての白羽だけでなく、その全てを自分のものにしたいと——そう思っているから。
吐精とともに激情が去り、劣情が去り、離した身体が醒めるにつれて次第に頭も覚めてくると、レイゾンは自分がしてしまったことに内心激しく狼狽し始めていた。
目の前には、あちこち破れてボロボロになった衣を身体に纏っている白羽の哀れな姿だ。いや——これはもう纏っているとは言えないだろう。”以前は衣だったもの”が辛うじて身体のあちこちに絡みついているだけだ。
その身体も……。
「…………」
レイゾンは見ていられず、思わず顔を逸らした。
今更ながらにとんでもないことをしてしまったと理解する。
ぐったりと横たわる白い騏驥の華奢な肢体。投げ出された四肢。あちこちに鬱血の跡がある。甘い情交の跡ではなく、彼が暴れた時についたものだろう。もしくは——自分が彼を無理やり拘束したときに……。
レイゾンは、少し前までの自分の所業を思い出すたび、自身への嫌悪がこみ上げてくる。
それを振り払うようにぶるぶると頭を振った。
(いや……いや——これは仕方がなかったのだ)
仕方がなかったのだ。
これが言うことを聞かないから。
これが俺のものにならないから。
俺のものなのに。
俺のものにならないから。
いつまでも前の主を想って……だから——。
だから俺は間違ったことはしていない。
目の前の事実から目を逸らしたまま必死で胸の中で抗弁する。
そう——。そうだ。
元々これは前王との爛れた関係で深く繋がっていたような騏驥だ。
主とはそういう仲になる騏驥なのだ。
騏驥になる前は踊り子で、そのときの手管で前王に取り入ったような——。
レイゾンは、自分に言い聞かせるように幾度も独りごちる。
だが。
「…………」
レイゾンは先刻まで触れていた白羽を想う。彼の様子はまだ見られない。彼を見ないまま、ただその感覚だけを追う。思い返す。蘇ってしまうのだ。
あの肌——滑らかな正絹のようなあの肌……!
程よく弾力があり、同時にしっとりと指に吸いつくようで、いつまでも触れていたいと思うほどの肌——。
けれどその肌はほんの少しも快感に戦慄くことはなかった。
「…………」
もちろん自分が無理強いしたことは自覚している。
彼の意に添わぬ性交、しかも性急に挿し入った。抵抗し続ける身体を無理やり押さえつけて。
けれど——それにしても。
(あの反応は……)
まるで生娘のそれのようだった……。
レイゾンは想う。
騎士になる以前、幼少期から青年期を過ごした故郷では、レイゾンは周囲の妙齢の女性たちにとても人気があった。
庶子ではあったが父はその土地では結構な力を持っていたからかもしれないが、おそらくレイゾン自身が見た目に優れていたためだろう。体格的には少年のころからすでに大人びていたし、頬に傷ができてからも、むしろ「それがいい」と言われるほどだった。
女たちからはひっきりなしに秋波を送られていたし、男たちからは「お前なら仕方ない」と言われ、恨まれることもなかったほどだ。
つまり、知る限り、故郷にレイゾンと張り合えるほどの外見の者はいなかったのだ。
そのため——なのか、ときにレイゾンはまだ経験のない女性と褥をともにすることがあった。遠くに働きに行く娘から「思い出に」と望まれることがあったのだ。
レイゾンとしては複雑な思いもあったものの、断る理由もなかったために、そういう女性と数度同衾した。もちろん優しく——いい思い出になるよう願って。
白羽の反応は、そのときの女性たちのものにとても似ていたのだ。
とてもではないが、快楽を知りそれを望む反応ではなかった。むしろ怯えて、拒絶して……。
(当然……だが……)
自分のしたことを想えば、それは当然の反応だ。
が……。
「…………」
レイゾンはどうにも拭えぬ違和感を覚え、まだ躊躇いはあったものの、そろそろと白羽へ目を向ける。
すると、白羽の細い身体はゆるゆると起き上がるような動きを見せている。動けるようになったのだろう。しかしまだ恐る恐るなのか、緩慢な動きだ。
見ていると、ズキ……とレイゾンの胸が痛む。
自分の感情を——怒りと憤りともどかしさをぶつけただけの行為だった。性交というより暴力。屈服させて服従させて自分のものにしたいだけの……。
(こんなはずでは……なかったのに……)
こんなつもりでは、なかったのに。
レイゾンは自己嫌悪に胸が軋むのを感じながら「白羽……」と自らの騏驥を呼ぶ。
らしくなく声が震えていることが自分にもわかる。
が……応えはない。
「白羽」
レイゾンは再び呼ぶ。今度はさっきよりも安定している声だ。少し大きく。けれど、怒鳴り声のように聞こえないように注意して。
しかし——。
「っ……白羽……!」
堪らずレイゾンはやや荒く声を上げた。
どうしてこう——上手くいかないのだ。どうしてこう、この騏驥は人が優しくしたいと思う時に限って……。
「白羽——」
しかしそう呼んで彼に近づき顔を見ても、よくよく考えれば続ける言葉はない。
レイゾンは、身を起こしはしたもののまだ俯いている騏驥に気まずさを覚えつつ、労わるようにそっと触れようとする。しかしその手はスッと避けられた。
白羽は乱れた衣を掻き合わせると、身体ごとレイゾンから目を逸らす。そして見つめる先は——。
「……たいそうな騏驥だな」
レイゾンは収まりかけていた怒りが再びこみ上げてくるのを感じながら言った。
白羽はレイゾンから顔を逸らし、そして見つめているのは前王の柩。
乱れた髪の隙間から覗く白いうなじに向けて、レイゾンは苛立ちながら続ける。
「……お前は、最中も声すらあげなかった。高貴な者相手でなければ、嬌声すら聞かせたくないというわけか!?」
ついさっきまで自分の乱暴な行為を後悔していたはずなのに——確かにそのはずだったのに、今はもう自分を見ない白羽に胸の中が煮えるようだ。
今もなお——身体を繋いでもなお、前の主を求める白羽の様子に。
嫉妬で、胸が煮えるようだ。
レイゾンはギリギリと奥歯を噛み締めた。
認めたくなかった自分の気持ち。だがここに至ってはもう誤魔化せない。
嫉妬。
これは嫉妬だ。
所有欲、独占欲、嫉妬。
それも——彼が”騏驥だから”じゃない。
こんな頼りない騏驥なら代わりはいくらでもいる。まともに走ったことのなかった騏驥で、負荷をかけた調教をすれば疲れてしまうような騏驥なのだから。
嫉妬しているのは、彼が見たこともなかったほど美しいからだ。
自分は、一目でその美貌に——惹かれて——。
だから前の主にこんなにも嫉妬している。
騏驥としての白羽だけでなく、その全てを自分のものにしたいと——そう思っているから。
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