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69 それぞれの宴のあと(5)
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「……っ……だ、だが——」
それでも、レイゾンは更に言いつのろうとした。だが、リィは再び首を振る。
「それに……レイ=ジンとルーランとの立ち合いが実現したのも、GDの奏上があってこそです。つまり……貴殿や貴殿の騏驥から陛下の意識が逸れたのも……」
言いながら、リィは「そうなのでしょう?」と言うような視線でGDを見る。
レイゾンも、ハッとGDを見る。
GDは表情を変えない。相変わらず落ち着いた佇まいでそこにいるばかりだ。彼は否定も肯定もしない。もちろん彼の騏驥も静かに控えているだけだ。
が……。
(確かに……)
レイゾンは胸の中で呟いた。
確かに、GDが発言してから自分を取り巻く空気が変わった。
結果、レイゾンが思い悩む原因はすべて排除された。そしてもちろん、白羽を悩ませていたことも。
ならば……。
そういうこと、なのだろうか?
彼は——彼らは自分を庇ってくれた、と……?
窺うレイゾンの視線の先、GDはゆっくりと口を開いた。
「わたしは自分の騏驥の望みを叶えただけだ。彼は、自分と同じ騏驥が間近で理不尽な目に遭っているのを見ていられなかったようだ。……だから、それをなんとかしてやりたかった。……それだけだ」
「…………」
その口調は、当たり前のことを当たり前にしただけ、とでも言いたげな、さらりとしたものだ。誰かに恩を着せようとするでもない、あっさりとしたもの。
だから尚更に、レイゾンは苦しくなる。自分と彼との違いを見せつけられているようで胸が苦しくなる。自分の余裕のなさを、自分の騎士としての至らなさを思い知らされるようで。
(……仕方がなかったのだ……)
レイゾンは唇を噛んで項垂れながら、胸の中で幾度もそう繰り返す。
それは自分への言い訳にすぎず、慰めにもなっていないと解っていても、”騎士の資格がない自分”を直視することはどうしてもできず、目を逸らすかのように胸の中で呟き続ける。
(では……もしかして白羽がここからいなくなったことも……)
彼らが関わっているのだろうか?
(白羽は金の騏驥とともに部屋を出たと言っていたが、見ていただけにしては随分と……)
詳しかった。
ひょっとして、それも彼らが画策して……?
ならば今の居場所も知っているのでは——。
「っ——」
レイゾンがGDに尋ねようとした、そのときだった。
「……レイゾン、ここにいたのだな。ああ——皆もいたのか」
シィン王子とその騏驥がゆっくりと近づいてきた。
気づけば、部屋にはもうほとんど人がいない。おそらく王子が、王がいなくなった後の対処をしたのだろう。
レイゾンは気まずい思いを感じながら王子に顔を向けた。
気まずさが全身を包む。
さっきまでの騒ぎを——自分の醜態を見られていたかも知れないと思うと、顔を合わせ辛い。が、今のシィンの言葉から考えると、レイゾンを探していたようだ。
「……どうなさいましたか、殿下」
レイゾンが尋ねると、シィンは「うん」というように小さく頷く。そしてチラリちらりと二頭の騏驥それぞれに目を走らせ、激しい立ち合いだったにも関わらず、怪我一つしていないことを確認すると、改めてGDに目を向ける。
が、GDはただ目礼するだけだ。
含みがあるようにも思えるやりとりに、もしかして殿下も、さっきの二頭の騏驥の立ち合いがレイゾンと白羽を庇ってのものだったとご存じだったのだろうか……と、レイゾンが思い始めた時。シィンは再びレイゾンに向くと、
「其方の騏驥についてだ」
と切り出した。
柔らかな口調だが、レイゾンはびく、と思わず姿勢を正してしまう。
白羽?
殿下は白羽の行方をご存じなのか?
自分一人が蚊帳の外だったのだろうか?
眉を寄せて次の言葉を待つレイゾンに、シィンは続ける。
「少し前から席を外していたようだな。ツァイファンが言うには、白羽は控室にいるようだ」
「…………それは……いったい、どういう……」
「彼の騏驥が、白羽に案内を頼んでともに部屋を出たようなのだが、途中で白羽が具合を悪くしたらしい。そのため、ここへは戻らず控室へ送ったようだな。疲れが出たのだろう。ツァイファンは、それを自身の騏驥から聞いてわたしに伝えてくれた」
「俺……わたしは何も聞かされておりませんが」
「陛下があのようなことになられて、慌ただしくなってしまったためだろう。ツァイファンは陛下に付き添って行くときに、たまたまわたしの近くを通った故、それを伝えてきたのだ。其方を先に見つけていたら、其方に直接伝えていただろう」
シィンは淡々と話す。
「…………」
そう……かもしれない。
しかし——。
(白羽は俺の騏驥だぞ)
胸の中では、そんな気持ちがこみ上げるのを止められない。
白羽は俺の騏驥だ。
なのにどうして、俺抜きで話が進んでいるのだ?
俺のいないところで……。
レイゾンは、自分が蔑ろにされているようで悔しいやら頭にくるやらだ。不満はふつふつと募っていく。
だがこうなってしまった原因は、レイゾン自身にある。自分が、白羽よりも命令に従うべきではないかということを重く考え、迷ったためだ。GDに言わせれば、騎士の資格のないふるまいをしたため。
そして——自分自身もそう思うから、不満は溜まりに溜まっているのに口に出せない。
(白羽も、そう思っているのだろうか……)
すぐに断らなかった俺を一番側で見ていて、どう感じたのだろうか……。
(くそ……)
返す返すも、あの時の自分の判断のまずさが恨めしい。
今になって冷静になれば、確かにGDの言う通りなのだ。白羽は自分の騏驥で、自分は騎士。誰の命令を聞く必要もないはずなのだ。それなのに。
その場の雰囲気に気圧されて、白羽を、自分の騏驥を守ることが二の次になってしまった。
(謝るべき……なのだろうな……)
レイゾンは白羽を想いながら思った。
謝るべきだろう。自分の態度を。騏驥を不安にさせてしまったことを。潔く。
それが、あの時すぐにすっぱりと断れなかった自分が、せめて今、騏驥にしてやれることだ。
みっともないと思うし恥ずかしいと思うが、せめて騎士として誠実ではありたい。
こうなってみれば、白羽と離れて、少し頭を冷やして自分を振り返る時間をもらえたことは良かったかもしれない。
勝手に人の騏驥を連れ出されたことには今も納得いかないが、GDの配慮は白羽を護ってくれただけではなく、レイゾンに対しても間違っていなかったということだ。
(名門生まれの……恵まれた騎士……か……)
レイゾンはちらりとGDを見る。
自分とは正反対の騎士。
今までは、家名や出自を鼻にかけた騎士にばかり会ってきたから、そういう奴らには、とにかくムカついていた。自分の方がよほど努力しているし、騏驥に乗る技術もあると思っていたから、どうして自分が彼らに馬鹿にされなければならないのか、と思うばかりだった。
けれどGDのような騎士に会うと、考えてしまうのだ。
騏驥にとっては、GDのような騎士こそが”騎士らしい騎士”で、自分の方が異物ということなのだろうか、と。
レイゾンにとってはムカつく存在でも、貴族はやはりレイゾンにはない”何か”を生まれたときから持っていて、だから騎士に相応しいのだろうか、と。
そしてその”何か”は、努力では補えないものなのかもしれない……と。
(だとしたら……自分は……)
レイゾンが騎士になれたのは、幸いにして魔術を使う能力が潜在的にあったためだ。
魔術師ほどではないが、伸ばしていけば騎士になれるかもしれないというぐらいの魔術力を持ち合わせていたためだ。
おそらく、ずっとずっと昔の祖先のどこかに、貴族の庶子でもいたのだろう。辺境に赴任してきた貴族や遠征してきた騎士が、その土地の女性と関係を持つことは珍しくない。
しかしレイゾンにある魔術力は”それだけ”で、貴族にはとても及ばない。
その及ばないものを、ささやかな魔術力を、なんとか大切に育て、鍛えて、騎士になることができたのだ。騎士して最低限の魔術力を身に宿すことができた。
しかし、そんな風に努力しても、元々のスタート地点が違うことが最後まで挽回できないのだとしたら……。
自分は騎士になれはしたが、貴族の出である他の騎士たちにはずっと敵わないままかもしれない……。
騏驥が——白羽が自分との間に壁を感じさせるのも、一方的に主を決められたからというだけではなく、その相手が自分だったからなのかもしれない……。
レイゾンは、考えれば考えるほど暗くなってしまいそうな気分を振り払うように髪をかき上げると、
「……では、わたしは騏驥の控室……? というところへ向かえばいいのでしょうか。そこに白羽が?」
改めてシィンに尋ねる。シィンは「ああ」と頷いた。
「場所はこのダンジァが知っている。聞いてから行くがいいだろう」
そして彼の騏驥であるダンジァに目配せする。ダンジァは礼儀正しくレイゾンに目礼して近づいてくる。
他の騎士や騏驥たちも、帰途につくようだ。GDはシィンに陛下の様子を尋ね、見舞いの件について話しているようだし、リィは、部屋に飾られていた果物から林檎だけを毟り取って持って帰ろうしているルーランを叱って、その林檎を取り返そうとしている。
レイゾンは今までずっと強張っていたからだが
ひとまずは——これで——。
今夜のこの酒宴も、騒ぎも、終わり——だろう。
レイゾンは他の騎士や騏驥たちとともに部屋を出る。
なにはともあれ、白羽と会わなければ。
そう考えながら、ダンジァからの説明を受けようとしたとき——。
「……ダ、ダンジァさ——」
突然、廊下の向こう側から聞いたことがないほどの動転した声が聞こえてきたかと思うと、場所に似合わない慌ただしさで女が駆けて来た。
なんと——サンファだ。
レイゾンは驚きに目を丸くした。
あれは間違いなく白羽の侍女。だがどうして彼女がここに?
この宮の中に、いつ入った?
確かに今日の宴のために白羽に付き添う旨は聞いていたが、宮には入れなかったはずだ。
しかしそんなことはとても尋ねられないほど、彼女は狼狽えている。縋るようにダンジァに縋りつくその姿は、
いつもどちらかといえば無表情で澄ましている彼女とは別人のようだ。髪は乱れ、息も上がっている。
それに、どうしてこの騏驥に……?
レイゾンはちらりとダンジァを見る。
彼はサンファを宥めながら「どうしたのですか」と尋ねる。と、白羽の侍女は今にも泣き出しそうな顔で、
「白羽さまが……い、いらっしゃらないんです……っ……!」
と、引き攣った声で言った。
一瞬で周囲が緊迫する。
「どういうことですか?」
それでも落ち着いた声で、ダンジァは再び尋ねる。
声を聞きつけたからだろう。王子も他の騏驥たちも寄ってくる。サンファはほとんどしゃくりあげるように言葉を継ぐ。
「へ、部屋に戻っていらしたときから、とても、と、とても具合がお悪いご様子で……っ……それで、わ、わたし、薬を調達しようと……」
「白羽を置いて、お一人で部屋を出たのですね」
「お、ぉか……お加減が悪い様子で、ずっと座り込んでいらしたので……っ……それで……」
「責めているわけではない。それでお前が部屋に戻ったときには、白羽は姿を消していた——というわけだな」
尋ね返したのは、ダンジァではなくその主、シィンだ。
サンファはシィンに気付くとはっと目を見開いた。「もうしわけありません……っ」と床に額づこうとする彼女を、ダンジァが慌てて抱えるようにして止める。
レイゾンはそんなダンジァの腕の中からひったくるようにしてサンファを奪うと、彼女の両肩を掴み、「もっとちゃんと話せ!」と詰め寄った。
周囲がどう思おうが構うものか。むしろレイゾンの方が他の騎士たちに向けて叫びたいくらいだ。お前たちが余計なことをしたせいで——俺をのけ者にして余計なことをしたせいで——と。
白羽が、あの酒席から席を外したことはよかったことなのだろう。けれどその画策はレイゾンの与り知らぬところで行われ、そして今、いるはずの場所に白羽はいないという。いなくなったという。
あの部屋から出ることがなければ、こんなことにはならなかったのに。
レイゾンは苛立った。
自分に。周囲に。この場所に。色々なものに。
「あいつはどこにいたんだ!? どこからいなくなったんだ? 城の中に詳しいなら話せ!さっさと言え!」
早く白羽を見つけ出して、こんなところから帰りたい。——帰るのだ。
出て、二人になって、そしてちゃんと、話を——。
レイゾンはますます動転するサンファを揺さぶり、叫ぶようにして繰り返し白羽のことを尋ねながら、そればかりを考えていた。
それでも、レイゾンは更に言いつのろうとした。だが、リィは再び首を振る。
「それに……レイ=ジンとルーランとの立ち合いが実現したのも、GDの奏上があってこそです。つまり……貴殿や貴殿の騏驥から陛下の意識が逸れたのも……」
言いながら、リィは「そうなのでしょう?」と言うような視線でGDを見る。
レイゾンも、ハッとGDを見る。
GDは表情を変えない。相変わらず落ち着いた佇まいでそこにいるばかりだ。彼は否定も肯定もしない。もちろん彼の騏驥も静かに控えているだけだ。
が……。
(確かに……)
レイゾンは胸の中で呟いた。
確かに、GDが発言してから自分を取り巻く空気が変わった。
結果、レイゾンが思い悩む原因はすべて排除された。そしてもちろん、白羽を悩ませていたことも。
ならば……。
そういうこと、なのだろうか?
彼は——彼らは自分を庇ってくれた、と……?
窺うレイゾンの視線の先、GDはゆっくりと口を開いた。
「わたしは自分の騏驥の望みを叶えただけだ。彼は、自分と同じ騏驥が間近で理不尽な目に遭っているのを見ていられなかったようだ。……だから、それをなんとかしてやりたかった。……それだけだ」
「…………」
その口調は、当たり前のことを当たり前にしただけ、とでも言いたげな、さらりとしたものだ。誰かに恩を着せようとするでもない、あっさりとしたもの。
だから尚更に、レイゾンは苦しくなる。自分と彼との違いを見せつけられているようで胸が苦しくなる。自分の余裕のなさを、自分の騎士としての至らなさを思い知らされるようで。
(……仕方がなかったのだ……)
レイゾンは唇を噛んで項垂れながら、胸の中で幾度もそう繰り返す。
それは自分への言い訳にすぎず、慰めにもなっていないと解っていても、”騎士の資格がない自分”を直視することはどうしてもできず、目を逸らすかのように胸の中で呟き続ける。
(では……もしかして白羽がここからいなくなったことも……)
彼らが関わっているのだろうか?
(白羽は金の騏驥とともに部屋を出たと言っていたが、見ていただけにしては随分と……)
詳しかった。
ひょっとして、それも彼らが画策して……?
ならば今の居場所も知っているのでは——。
「っ——」
レイゾンがGDに尋ねようとした、そのときだった。
「……レイゾン、ここにいたのだな。ああ——皆もいたのか」
シィン王子とその騏驥がゆっくりと近づいてきた。
気づけば、部屋にはもうほとんど人がいない。おそらく王子が、王がいなくなった後の対処をしたのだろう。
レイゾンは気まずい思いを感じながら王子に顔を向けた。
気まずさが全身を包む。
さっきまでの騒ぎを——自分の醜態を見られていたかも知れないと思うと、顔を合わせ辛い。が、今のシィンの言葉から考えると、レイゾンを探していたようだ。
「……どうなさいましたか、殿下」
レイゾンが尋ねると、シィンは「うん」というように小さく頷く。そしてチラリちらりと二頭の騏驥それぞれに目を走らせ、激しい立ち合いだったにも関わらず、怪我一つしていないことを確認すると、改めてGDに目を向ける。
が、GDはただ目礼するだけだ。
含みがあるようにも思えるやりとりに、もしかして殿下も、さっきの二頭の騏驥の立ち合いがレイゾンと白羽を庇ってのものだったとご存じだったのだろうか……と、レイゾンが思い始めた時。シィンは再びレイゾンに向くと、
「其方の騏驥についてだ」
と切り出した。
柔らかな口調だが、レイゾンはびく、と思わず姿勢を正してしまう。
白羽?
殿下は白羽の行方をご存じなのか?
自分一人が蚊帳の外だったのだろうか?
眉を寄せて次の言葉を待つレイゾンに、シィンは続ける。
「少し前から席を外していたようだな。ツァイファンが言うには、白羽は控室にいるようだ」
「…………それは……いったい、どういう……」
「彼の騏驥が、白羽に案内を頼んでともに部屋を出たようなのだが、途中で白羽が具合を悪くしたらしい。そのため、ここへは戻らず控室へ送ったようだな。疲れが出たのだろう。ツァイファンは、それを自身の騏驥から聞いてわたしに伝えてくれた」
「俺……わたしは何も聞かされておりませんが」
「陛下があのようなことになられて、慌ただしくなってしまったためだろう。ツァイファンは陛下に付き添って行くときに、たまたまわたしの近くを通った故、それを伝えてきたのだ。其方を先に見つけていたら、其方に直接伝えていただろう」
シィンは淡々と話す。
「…………」
そう……かもしれない。
しかし——。
(白羽は俺の騏驥だぞ)
胸の中では、そんな気持ちがこみ上げるのを止められない。
白羽は俺の騏驥だ。
なのにどうして、俺抜きで話が進んでいるのだ?
俺のいないところで……。
レイゾンは、自分が蔑ろにされているようで悔しいやら頭にくるやらだ。不満はふつふつと募っていく。
だがこうなってしまった原因は、レイゾン自身にある。自分が、白羽よりも命令に従うべきではないかということを重く考え、迷ったためだ。GDに言わせれば、騎士の資格のないふるまいをしたため。
そして——自分自身もそう思うから、不満は溜まりに溜まっているのに口に出せない。
(白羽も、そう思っているのだろうか……)
すぐに断らなかった俺を一番側で見ていて、どう感じたのだろうか……。
(くそ……)
返す返すも、あの時の自分の判断のまずさが恨めしい。
今になって冷静になれば、確かにGDの言う通りなのだ。白羽は自分の騏驥で、自分は騎士。誰の命令を聞く必要もないはずなのだ。それなのに。
その場の雰囲気に気圧されて、白羽を、自分の騏驥を守ることが二の次になってしまった。
(謝るべき……なのだろうな……)
レイゾンは白羽を想いながら思った。
謝るべきだろう。自分の態度を。騏驥を不安にさせてしまったことを。潔く。
それが、あの時すぐにすっぱりと断れなかった自分が、せめて今、騏驥にしてやれることだ。
みっともないと思うし恥ずかしいと思うが、せめて騎士として誠実ではありたい。
こうなってみれば、白羽と離れて、少し頭を冷やして自分を振り返る時間をもらえたことは良かったかもしれない。
勝手に人の騏驥を連れ出されたことには今も納得いかないが、GDの配慮は白羽を護ってくれただけではなく、レイゾンに対しても間違っていなかったということだ。
(名門生まれの……恵まれた騎士……か……)
レイゾンはちらりとGDを見る。
自分とは正反対の騎士。
今までは、家名や出自を鼻にかけた騎士にばかり会ってきたから、そういう奴らには、とにかくムカついていた。自分の方がよほど努力しているし、騏驥に乗る技術もあると思っていたから、どうして自分が彼らに馬鹿にされなければならないのか、と思うばかりだった。
けれどGDのような騎士に会うと、考えてしまうのだ。
騏驥にとっては、GDのような騎士こそが”騎士らしい騎士”で、自分の方が異物ということなのだろうか、と。
レイゾンにとってはムカつく存在でも、貴族はやはりレイゾンにはない”何か”を生まれたときから持っていて、だから騎士に相応しいのだろうか、と。
そしてその”何か”は、努力では補えないものなのかもしれない……と。
(だとしたら……自分は……)
レイゾンが騎士になれたのは、幸いにして魔術を使う能力が潜在的にあったためだ。
魔術師ほどではないが、伸ばしていけば騎士になれるかもしれないというぐらいの魔術力を持ち合わせていたためだ。
おそらく、ずっとずっと昔の祖先のどこかに、貴族の庶子でもいたのだろう。辺境に赴任してきた貴族や遠征してきた騎士が、その土地の女性と関係を持つことは珍しくない。
しかしレイゾンにある魔術力は”それだけ”で、貴族にはとても及ばない。
その及ばないものを、ささやかな魔術力を、なんとか大切に育て、鍛えて、騎士になることができたのだ。騎士して最低限の魔術力を身に宿すことができた。
しかし、そんな風に努力しても、元々のスタート地点が違うことが最後まで挽回できないのだとしたら……。
自分は騎士になれはしたが、貴族の出である他の騎士たちにはずっと敵わないままかもしれない……。
騏驥が——白羽が自分との間に壁を感じさせるのも、一方的に主を決められたからというだけではなく、その相手が自分だったからなのかもしれない……。
レイゾンは、考えれば考えるほど暗くなってしまいそうな気分を振り払うように髪をかき上げると、
「……では、わたしは騏驥の控室……? というところへ向かえばいいのでしょうか。そこに白羽が?」
改めてシィンに尋ねる。シィンは「ああ」と頷いた。
「場所はこのダンジァが知っている。聞いてから行くがいいだろう」
そして彼の騏驥であるダンジァに目配せする。ダンジァは礼儀正しくレイゾンに目礼して近づいてくる。
他の騎士や騏驥たちも、帰途につくようだ。GDはシィンに陛下の様子を尋ね、見舞いの件について話しているようだし、リィは、部屋に飾られていた果物から林檎だけを毟り取って持って帰ろうしているルーランを叱って、その林檎を取り返そうとしている。
レイゾンは今までずっと強張っていたからだが
ひとまずは——これで——。
今夜のこの酒宴も、騒ぎも、終わり——だろう。
レイゾンは他の騎士や騏驥たちとともに部屋を出る。
なにはともあれ、白羽と会わなければ。
そう考えながら、ダンジァからの説明を受けようとしたとき——。
「……ダ、ダンジァさ——」
突然、廊下の向こう側から聞いたことがないほどの動転した声が聞こえてきたかと思うと、場所に似合わない慌ただしさで女が駆けて来た。
なんと——サンファだ。
レイゾンは驚きに目を丸くした。
あれは間違いなく白羽の侍女。だがどうして彼女がここに?
この宮の中に、いつ入った?
確かに今日の宴のために白羽に付き添う旨は聞いていたが、宮には入れなかったはずだ。
しかしそんなことはとても尋ねられないほど、彼女は狼狽えている。縋るようにダンジァに縋りつくその姿は、
いつもどちらかといえば無表情で澄ましている彼女とは別人のようだ。髪は乱れ、息も上がっている。
それに、どうしてこの騏驥に……?
レイゾンはちらりとダンジァを見る。
彼はサンファを宥めながら「どうしたのですか」と尋ねる。と、白羽の侍女は今にも泣き出しそうな顔で、
「白羽さまが……い、いらっしゃらないんです……っ……!」
と、引き攣った声で言った。
一瞬で周囲が緊迫する。
「どういうことですか?」
それでも落ち着いた声で、ダンジァは再び尋ねる。
声を聞きつけたからだろう。王子も他の騏驥たちも寄ってくる。サンファはほとんどしゃくりあげるように言葉を継ぐ。
「へ、部屋に戻っていらしたときから、とても、と、とても具合がお悪いご様子で……っ……それで、わ、わたし、薬を調達しようと……」
「白羽を置いて、お一人で部屋を出たのですね」
「お、ぉか……お加減が悪い様子で、ずっと座り込んでいらしたので……っ……それで……」
「責めているわけではない。それでお前が部屋に戻ったときには、白羽は姿を消していた——というわけだな」
尋ね返したのは、ダンジァではなくその主、シィンだ。
サンファはシィンに気付くとはっと目を見開いた。「もうしわけありません……っ」と床に額づこうとする彼女を、ダンジァが慌てて抱えるようにして止める。
レイゾンはそんなダンジァの腕の中からひったくるようにしてサンファを奪うと、彼女の両肩を掴み、「もっとちゃんと話せ!」と詰め寄った。
周囲がどう思おうが構うものか。むしろレイゾンの方が他の騎士たちに向けて叫びたいくらいだ。お前たちが余計なことをしたせいで——俺をのけ者にして余計なことをしたせいで——と。
白羽が、あの酒席から席を外したことはよかったことなのだろう。けれどその画策はレイゾンの与り知らぬところで行われ、そして今、いるはずの場所に白羽はいないという。いなくなったという。
あの部屋から出ることがなければ、こんなことにはならなかったのに。
レイゾンは苛立った。
自分に。周囲に。この場所に。色々なものに。
「あいつはどこにいたんだ!? どこからいなくなったんだ? 城の中に詳しいなら話せ!さっさと言え!」
早く白羽を見つけ出して、こんなところから帰りたい。——帰るのだ。
出て、二人になって、そしてちゃんと、話を——。
レイゾンはますます動転するサンファを揺さぶり、叫ぶようにして繰り返し白羽のことを尋ねながら、そればかりを考えていた。
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