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66 それぞれの宴のあと(2)
しおりを挟む【sideリィ——宴のあと】
そういうことか……。
”その瞬間”明らかになった企み。
それまで水面下ですすめられていた(だろう)計画が成就した(だろう)その様子に、リィは思わず大きくため息をついていた。
(予想ばかりだがおそらく当たっている。なぜなら当事者の二人は平然とした顔をしていたし、GDもまったく動じなかったからだ)
王はすっかり狼狽し、シィンの気遣う声にも、ろくに返事ができないありさまだ。真っ青になった顔のまま、ほとんど引きずられるようにして部屋から出ていく。否、運び出されていく。
だが無理もないだろう。
いきなり刃物が目の前に突き立ったのだ。それも——二つ。
(しかも折れた剣先……とは)
リィは床に投げ出された二本の剣の残骸に目を向ける。
たまたまとはいえ、測ったように同じような折れ方だ。
繰り返し激しく剣を交わしていた結果……なのだろうが……。
「情けねぇなあ」
と、リィの傍らから笑い交じりのそんな声が聞こえる。
リィはぎょっとして振り返った。声に驚いたせいじゃない。内容が不穏だからだ。誰かに聞かれたら問題になる。
が——。その声の主でありリィの騏驥であるルーランは「大丈夫だよ」と笑いながら言った。
「大抵の奴らは、俺の声を聞く余裕なんかないさ。大慌ての真っ最中なんだからな。——だろ?」
「…………」
言われて、改めて部屋を見れば、その通りだ。
殆どの客たちが、どうすればいいのか解らないといった様子で右往左往している。
ルーランが軽く顎をしゃくる。
「まともなのは、せいぜい、あの王子様ぐらいだろ。騏驥がずっと気にしてたせいだろうな」
「? ダンジァ……が……?」
リィはつられるように王子を——シィンを見て呟く。いなくなった王の代わりにこの場を収めようとあれこれ忙しなく指示を出している彼と、その騏驥を。
ルーランは続ける。
「俺たちが遊んでた間中、ずっとこっちを見てた。王子を気にしてこっちを気にして……ピリピリしてた。時々睨んでたから、俺があいつの王子様になにかするんじゃないかと警戒してたんだろうな」
くすくす笑いながらルーランは言う。が、リィは当然ながらまったく笑えなかった。
王子の騏驥であるダンジァに余計な気を遣わせるなという想いが一つ。
そしてもう一つは、あの、普通に見ればお互い真剣で本気のように見えた立ち合いを、あっさり”遊んでた”と言ってしまうこともそうだが、その最中に、対戦していたレイ=ジンだけでなく周囲から見ていたダンジァや王子の様子にまで目を配っていたこと思うと、この騏驥のずば抜けた能力の高さを改めて思い知らされたためだ。
しかし、ダンジァにそんなに警戒をされるとは。
(いったいどんな騏驥だと思われているのだ……)
そう思って頭を抱えた途端、
「あんなに警戒されるなら、いっそ本当になにかしてやればよ——」
「ルーラン!」
さっき以上に聞き捨てならない言葉を発しかけた騏驥を、リィは慌てて叱る。
軽口だろうとは思うが、彼はほんの挑発のつもりで大事になりかねないことをするから怖い。
「……ルーラン、わたしはシィン殿下と争う気はない。向こうもそうだろう」
「…………」
「嫌な思いをさせられたこともない。いいな。覚えておけ。滅多なことはするな」
「へーい」
「はい、だ」
「はいはい」
「…………」
全く真剣みの感じられない返事を聞きながら(それでも返事をしただけましだ)、リィは胸の中で「まったく……」と溜息をつく。
リィはシィンとは特別親しいわけではないが、彼はリィのことを”適度に相応に”扱ってくれている。だから嫌な印象を抱いたことはないし、これからもそうだろうと思っている。
騎士としても立派な方だと思っている。先刻だってあの白い騏驥を庇おうとしていた……。
しかし次の瞬間、リィは首を傾げた。
そう言えば、あの白い騏驥の姿が見えないように思えたのだ。
それに、金の騏驥の姿も見えないようだ。どうしたのだろう? レイゾンはいる……がツァイファンの姿はない。王が部屋を出るときに付き添ったのだろうか? でもあの白い騏驥、白羽は……?
きょろきょろしていると、
「——リィ」
GDが声をかけてきた。
なにごともなかったかのような貌だ。そして実際、彼がなにかしなければならないようなことはなにもなかった(もちろんリィもだ)。
彼は王の許可を得て自身の騏驥とルーランとを立ち合わせることになった。
判者を置かなかったことも認められていたし、折れた剣だって元々は警護の兵たちが使っていたものだ。
リィは全てが終わったときに彼の目論見に気づいたけれど……そう言えば彼はどうしてこんなことを?
(彼らしくない……ような……)
そう思っていると、
「そんな顔をしないでくれ。巻き込む形になってしまって申し訳なかったとは思っている。借りができたな」
少し眉を下げた表情で、彼は言う。リィは少し迷ったものの、結局「気にしなくていい」と首を振った。
「貸しを作ったとは思っていないから、気にしなくていい。だが……その……」
こうなるに至った理由が知りたい——。
そう思いつつリィが見つめると、GDは頷き、声を落として話してくれる。
「わたしの騏驥が……少し機嫌を損ねていた……。いや、はっきり言おうか。随分憤慨していてね。気持ちもわかるから、なんとかしてやりたかった」
「…………」
レイ=ジン?
リィは、GDの後ろ、少し離れたところでいつものように控えるレイ=ジンをちらりと見る。
しかしそう言えばGDは立ち合いが始まる前にもそんなことを言っていたような……。
だがいつも冷静なレイ=ジンが憤慨とは。
(なぜ……)
この宴席で、GDが蔑ろにされていたとは思えない。ではそれ以外の何かが?
彼の騏驥は、GDのことには恐ろしく敏感だ。しかしそうでないときは無関心にも思えていたのに。
(そういう意味では、彼はルーランと似ているかもしれない)
(ということは、嫌い合っているのは同族嫌悪のようなものなのだろうか……)
考えるリィに、GDは続ける。
「……彼が、わたしのことについてそれはそれは色々と気にしていることは周知の事実なんだが……それ以外でも、やはり騏驥だからなのだろうね。特に始祖の血を引く騏驥——生粋の騏驥だからなのだろう、騏驥としての誇りのようなものを気にすることがある……」
「…………」
「騏驥の誇り……騏驥と騎士……そういうことをね」
GDは、さっきまで王がいた場所へ視線を向けながら言う。
そしてふっと伏し目がちになり、改めて目を向けたその視線の先には、不安そうな顔できょろきょろしているレイゾンの姿があった。
だが彼はすぐに視線をリィに向けて続ける。
「ルーランを相手にしたのは……これもレイ=ジンの希望だが……まあ、彼としても色々複雑な感情があったようだよ」
少し笑ってGDは言う。
「ルーランのことは嫌っているようだが、力は誰より認めているのだろう。それに、色々と通じ合うものもあるようだし、力及ばないと解っていても、ルーランに挑む形にするのが一番だと思ったようだ。わたしもそう判断した。それぞれの役割というものがある……。……まあそれでも、あわよくば勝てるのではと期待もしていたようだが……そうはいなかったようだな」
あまり顔に出ていないが、彼はあれでも落ち込んでいるんだ。
最後はより小さく、秘密を話すようなどこか悪戯っぽい声で、GDは言う。
そんなことをしてもレイ=ジンには聞こえるだろうに……。滅多に見ないレイ=ジンの様子を揶揄うのが楽しいのだろう。
そしてGDはリィの背後にいるルーランをちらりと見る。
GDの話は、ルーランにも聞こえていたはずだ。どんな顔をしているのだろう、とリィも気になって振り返ろうとしたとき、
「——俺の騏驥を知らないか? いないんだ」
レイゾンの、狼狽えているような声が耳に飛び込んできた。
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