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62 宴(7) やるしかないけれど……本当に大丈夫……?
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「勝手に変わって悪かったと思ってる。でも……いつまでも押し問答してるのもかっこ悪いだろ。……どうせやらなきゃならないことなんだし」
「…………」
「大丈夫だよ。あんたが心配してるようなことは起こらない」
「……『起こさない』じゃないのか」
リィが睨みながら言うと、ルーランは苦笑する。苦笑して、そっとリィを下ろしてくれた。足元が少しふわふわするのは、庭の長い草の上だからだろうか?
リィはそそくさと自身の乱れた服を正す。襟、裾……。まったく……。
睨み上げた視線の先で、ルーランは微笑した。
「俺の騎士に恥をかかせるような真似はしないから、あんたは安心して見てればいい」
「…………」
恥はもう存分にかいた——と言いたいところだが、ルーランの貌は思っていたよりもずっと真面目で、彼は彼なりに何か考えているのだと察せられる。
「……わかった」
リィは頷くと、携えていた革袋からルーランのために用意していた衣装を取り出す。魔術のこめられた袋は大抵のものを収めてくれるのだ。便利だが……本当はこれを入れておく予定はなかった。そして入れた後は、もう着せることはないと思っていたのに。
(ここで使うことになってよかったのか悪かったのか……)
リィは、リィの返答を聞くために庭にやって来た男に「騏驥は立ち合いに応じる」とその旨を伝える。そして「人の姿になったので身なりを整えるため少し時間をいただきたい」と付け加えると、使者は了解して宴席へ——王やGDの元へ戻っていく。
(これでもう引っ込みがつかなくなってしまったな……)
応じはしたものの、まだ思い悩むリィをよそに、ルーランはやる気になっているのか、自らしゃきしゃきと衣装を纏い始める。
(……でもレイ=ジンもどうしてまたルーランと立ち合うなど……。そう言えば、控室で揉めたと聞いたが、そのせいなのだろうか?)
GDの騏驥とルーランとの仲が決して良くないことはリィもなんとなく知っている。だがそれはGDもわかっているはずだ。わかっていてこんな勝負を許したということは、やはりレイ=ジンはよほどルーランに対して憤っているのだろうか……。
(お前はなにをしたのだ、まったく……)
リィはルーランの着付けを手伝ってやりながら、溜息をつく。
レイ=ジンはルーランを嫌っているようだしそれを態度にも出すが、だからといって無闇に喧嘩を売るような騏驥ではないはずだ。いつも騏驥としての体面を大切にしている。
“始祖の血を引く騏驥”としての——騏驥としての誇りを持っていて、だから騏驥の評判が悪くなりかねない行動は慎んでいるはずなのに。
(GDのことについて何か余計なことを言ったのだろうな、きっと)
簡単に想像がついてしまう答えに辿り着き、リィはまた溜息をつく。
が、そんな風にたびたび頭を痛くさせられる騏驥でも、やはり良い騏驥は良い騏驥だ。ルーランはルーランだ。
衣を着終えると、ルーランは「どう?」と離れてみせる。他の誰かに見せるためではなく、ただリィのために。
そんな彼の姿は——リィの視界に綺麗におさまった彼の騏驥のその姿は、見惚れるほどの格好の良さだった。
均整の取れた長身を包む、千歳緑の衣。深い緑は彼の目を引く外見に落ち着きと威厳を加えている。髪をちゃんと結えてやれないのが残念だ。
せめて邪魔にならないようにと手早く結って、最後に釵子を挿してやる。
「……目元は隠さないほうが良かったか?」
「ん? どっちでもいいよ。気にしてない。あんたが結ってくれた髪ならなんでもいい」
言うと、彼は右目の辺りを隠すように零れ落ちている前髪を、弄ぶようにピン、と弾いて見せる。そしてにっこりと笑った。
リィも微笑むと、再び離れて見てみた。
「うん……」
立派だ。
改めて見てもそう思う。
これならどこへ出ても恥ずかしくない。
主の贔屓目かもしれないが、今夜集められた五騎のどの騏驥よりも素晴らしいと思える。
赤も黒も白も金も、どれもそれぞれに秀でた美しさを誇っているが……
(わたしの目には、彼が一番だ)
リィは自然と微笑みながらルーランを見つめる。気のせいか、彼の眼差しも柔らかだ。どことなく照れているようにも見える。可愛らしい。
許されるならいつまでも見ていたい。
だが、そうそう長く皆を待たせるわけにはいかない。
リィはルーランに向けて「行くぞ」と無言で一つ頷くと、彼を従え、踵を返して皆が待つ部屋へ向かう。
庭から見ていた時と違い、部屋が広く感じられるのは気のせいじゃない。立ち合うためのスペースをとったのだろう。
開け放たれていた窓から二人が部屋に入ると、それまでのざわめきが水を打ったように静かになる。が、視線は嫌というほど感じる。それらはリィに対してというよりルーランに対してだ。
この世で唯一の三つ輪の騏驥。しかも——隻眼の騏驥。
じろじろ見られることでイラついていないだろうかとルーランの様子が気になったが、幸い大人しくしているようだ。リィは王の前に進み出ると「お待たせいたしました」と挨拶した。
「まったく予想もしていないことでしたが、わたしの騏驥も挑まれて退くような騏驥ではございません。むしろ滅多にない機会、精いっぱい戦うことで、このたびのご招待の返礼に致したいと思っております」
「そ——そう……だな。殿下の騏驥は色々と……そう……色々と噂を聞いておるゆえ、わたしも楽しみだ」
期待しつつもどこか恐々……という口調だが、王はその怯えを隠すように「ははは」と笑う。
見れば、レイ=ジンは既に用意が済んでいる。
ルーランの剣は……とリィが振り返ると、彼はなぜか既に帯剣していた。
「????」
目を瞬かせるリィに、ルーランは笑って軽く顎をしゃくって見せる。その先には、ルーランに剣を取られて狼狽えている警護の兵がいる。リィのあとをついて部屋に入ってくる途中、たまたまそこにいた彼から剣を奪ったようだ。
「………………」
リィは早々に頭を抱えたい思いだった。
できるなら「やっぱりこの話はナシで」とルーランを連れて帰りたい。
(なにが『大丈夫だよ』だ。なにが『あんたが心配してるようなことは起こらない』だ)
——早速起こってるじゃないか!
「…………」
「大丈夫だよ。あんたが心配してるようなことは起こらない」
「……『起こさない』じゃないのか」
リィが睨みながら言うと、ルーランは苦笑する。苦笑して、そっとリィを下ろしてくれた。足元が少しふわふわするのは、庭の長い草の上だからだろうか?
リィはそそくさと自身の乱れた服を正す。襟、裾……。まったく……。
睨み上げた視線の先で、ルーランは微笑した。
「俺の騎士に恥をかかせるような真似はしないから、あんたは安心して見てればいい」
「…………」
恥はもう存分にかいた——と言いたいところだが、ルーランの貌は思っていたよりもずっと真面目で、彼は彼なりに何か考えているのだと察せられる。
「……わかった」
リィは頷くと、携えていた革袋からルーランのために用意していた衣装を取り出す。魔術のこめられた袋は大抵のものを収めてくれるのだ。便利だが……本当はこれを入れておく予定はなかった。そして入れた後は、もう着せることはないと思っていたのに。
(ここで使うことになってよかったのか悪かったのか……)
リィは、リィの返答を聞くために庭にやって来た男に「騏驥は立ち合いに応じる」とその旨を伝える。そして「人の姿になったので身なりを整えるため少し時間をいただきたい」と付け加えると、使者は了解して宴席へ——王やGDの元へ戻っていく。
(これでもう引っ込みがつかなくなってしまったな……)
応じはしたものの、まだ思い悩むリィをよそに、ルーランはやる気になっているのか、自らしゃきしゃきと衣装を纏い始める。
(……でもレイ=ジンもどうしてまたルーランと立ち合うなど……。そう言えば、控室で揉めたと聞いたが、そのせいなのだろうか?)
GDの騏驥とルーランとの仲が決して良くないことはリィもなんとなく知っている。だがそれはGDもわかっているはずだ。わかっていてこんな勝負を許したということは、やはりレイ=ジンはよほどルーランに対して憤っているのだろうか……。
(お前はなにをしたのだ、まったく……)
リィはルーランの着付けを手伝ってやりながら、溜息をつく。
レイ=ジンはルーランを嫌っているようだしそれを態度にも出すが、だからといって無闇に喧嘩を売るような騏驥ではないはずだ。いつも騏驥としての体面を大切にしている。
“始祖の血を引く騏驥”としての——騏驥としての誇りを持っていて、だから騏驥の評判が悪くなりかねない行動は慎んでいるはずなのに。
(GDのことについて何か余計なことを言ったのだろうな、きっと)
簡単に想像がついてしまう答えに辿り着き、リィはまた溜息をつく。
が、そんな風にたびたび頭を痛くさせられる騏驥でも、やはり良い騏驥は良い騏驥だ。ルーランはルーランだ。
衣を着終えると、ルーランは「どう?」と離れてみせる。他の誰かに見せるためではなく、ただリィのために。
そんな彼の姿は——リィの視界に綺麗におさまった彼の騏驥のその姿は、見惚れるほどの格好の良さだった。
均整の取れた長身を包む、千歳緑の衣。深い緑は彼の目を引く外見に落ち着きと威厳を加えている。髪をちゃんと結えてやれないのが残念だ。
せめて邪魔にならないようにと手早く結って、最後に釵子を挿してやる。
「……目元は隠さないほうが良かったか?」
「ん? どっちでもいいよ。気にしてない。あんたが結ってくれた髪ならなんでもいい」
言うと、彼は右目の辺りを隠すように零れ落ちている前髪を、弄ぶようにピン、と弾いて見せる。そしてにっこりと笑った。
リィも微笑むと、再び離れて見てみた。
「うん……」
立派だ。
改めて見てもそう思う。
これならどこへ出ても恥ずかしくない。
主の贔屓目かもしれないが、今夜集められた五騎のどの騏驥よりも素晴らしいと思える。
赤も黒も白も金も、どれもそれぞれに秀でた美しさを誇っているが……
(わたしの目には、彼が一番だ)
リィは自然と微笑みながらルーランを見つめる。気のせいか、彼の眼差しも柔らかだ。どことなく照れているようにも見える。可愛らしい。
許されるならいつまでも見ていたい。
だが、そうそう長く皆を待たせるわけにはいかない。
リィはルーランに向けて「行くぞ」と無言で一つ頷くと、彼を従え、踵を返して皆が待つ部屋へ向かう。
庭から見ていた時と違い、部屋が広く感じられるのは気のせいじゃない。立ち合うためのスペースをとったのだろう。
開け放たれていた窓から二人が部屋に入ると、それまでのざわめきが水を打ったように静かになる。が、視線は嫌というほど感じる。それらはリィに対してというよりルーランに対してだ。
この世で唯一の三つ輪の騏驥。しかも——隻眼の騏驥。
じろじろ見られることでイラついていないだろうかとルーランの様子が気になったが、幸い大人しくしているようだ。リィは王の前に進み出ると「お待たせいたしました」と挨拶した。
「まったく予想もしていないことでしたが、わたしの騏驥も挑まれて退くような騏驥ではございません。むしろ滅多にない機会、精いっぱい戦うことで、このたびのご招待の返礼に致したいと思っております」
「そ——そう……だな。殿下の騏驥は色々と……そう……色々と噂を聞いておるゆえ、わたしも楽しみだ」
期待しつつもどこか恐々……という口調だが、王はその怯えを隠すように「ははは」と笑う。
見れば、レイ=ジンは既に用意が済んでいる。
ルーランの剣は……とリィが振り返ると、彼はなぜか既に帯剣していた。
「????」
目を瞬かせるリィに、ルーランは笑って軽く顎をしゃくって見せる。その先には、ルーランに剣を取られて狼狽えている警護の兵がいる。リィのあとをついて部屋に入ってくる途中、たまたまそこにいた彼から剣を奪ったようだ。
「………………」
リィは早々に頭を抱えたい思いだった。
できるなら「やっぱりこの話はナシで」とルーランを連れて帰りたい。
(なにが『大丈夫だよ』だ。なにが『あんたが心配してるようなことは起こらない』だ)
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