前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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61 宴(6) 騎士、そして騏驥

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 そのため——リィはとうとう決断しなければならなくなった。
 つまり、人ではなく馬の姿でルーランを宴に同席させることを。
 せっかく彼のために作った衣装を諦めなければならないことは——その衣装を着た彼を皆に見せることを諦めなければならなかったことは残念だったが、馬の姿にさせていれば、少なくとも舌禍で揉めることは避けられる。
 室内での宴に並ぶこともないだろうし、レイ=ジンたちと顔を合わせることもない。騏驥がずっと人の姿でいられないことは周知の事実だし、ならばいっそ、馬の姿の彼に騎乗して騎士として宴に出ればいいだろうと——そう考えて。
 騏驥の鞍上は騎士にとってもっとも「いるべき場所」であるから咎められることもない。
 全員が”無事に”宴に参加しそれを終えることを目的とするなら、この方法が最善だろう、と。

 そして実際、ついさっきまでは特に問題なく過ごせていたのだ。
 宴のために騎士と騏驥が順に呼ばれるなか、他の騎士たちと違い庭から、それもルーランの鞍上から挨拶したときには王もさすがに驚いていたが(王にこの変更は伝えられていなかったらしい)、馬上礼は礼を欠くものではないから問題なかった。
 そしてルーランも、リィががっかりしているのを感じて、さすがに反省したのだろう。
 つまらない、帰りたい、面白くない、と繰り返してはいたものの馬の姿から人の姿に変わるようなことはせず、時に跳ねたり立ち上がろうとしたりと決して真面目ではなかったものの、取り敢えずは激しく暴れることなくリィの手綱に従っていた。
 庭の草が美味しかった(らしい)のと、城の厩務員が用意してくれた飼葉がおいしかった(らしい)ためもあるのだろう。

 だから、リィも胸を撫で下ろしていたのだが……。

(まさかこんなことになるとは……)

 宴の様子を眺めながら、どうも嫌な気配になったなとは感じていた。
 窓は大きく開いているから、庭からでも部屋の中の様子はなんとなく眺められていたし、音は庭に配されているジェムを通じて聞こえてきていた。
 このジェムは、元は王の話を聞き洩らさないために配慮されていたものなのだが、そこから聞こえてくる話を聞いているうちに、なんとなく、それまでのぎこちなくも和やかな雰囲気が、変わってしまったように思えていたのだ。
 王の話をきっかけに。

 気のせいかもしれないが、王はなぜか白い騏驥とレイゾンを特に気にしていて、挙句、その白い騏驥にこの場で舞えと言い出して……。

 さすがにそれには、リィも眉を寄せてしまったのだ。
 シィンが諫めるような声を上げた通り、たとえ過去がどうであれ白羽は今は騎士に仕える騏驥なのだ。この国の宝ともいうべき聖獣で、酒の席の余興に引っ張り出されるような者ではない。
 だから王の言葉にはリィも眉を寄せたし、断ろうとしないレイゾンも訝しく思った。
 彼には彼の考えがあり、立場があるのは理解している。
 だが……騏驥のためには断るべきだろう。
 しかしそれとなく気にして見やっていても、レイゾンは戸惑った様子のままだ。
 
 だから、どうするのだろうと気になりつつ見守っていたところ——。

「……というわけで、どうだろうか、リィ殿」

 朗らかにGDに問われ、リィは今度は自分が困惑することになってしまったのだ。
 まさかあの話の流れから、こうなるとは思っていなかった。

 ルーランと剣で立ち合いたいというレイ=ジンの希望。それを告げてくるGDの声。
 もちろんリィには断る権利はある。ある……が……。

 宴席の気配は、明らかに「立ち合いを期待している」ものだ。
 GDもその気のようだし(そもそもその気でなければ王にこんな話をしないだろう。彼がこうした席でこんな提案をすることは珍しい。そしてそれを言えば、レイ=ジンが人前に出ようとするのは尚更珍しい)、肝心のレイ=ジンも臨戦態勢だ。
 部屋の警護をしている護衛が用意した幾つかの剣を手にとっては、重さと感触を確かめている。
 そんなことだから、この場にいる全員の視線がリィに——リィとその鞍下のルーランに集中している。シィンでさえも、抑えようとしても抑えられていない期待した顔だ。

(しかし……ここでルーランに人の姿になれというのは……)

 不安すぎる気がして、だからリィはなかなか首を縦に触れない。

(これではレイゾン殿のことを言えないな)

 リィが胸の中でひとりごちたとき。

<——リィ、下りてくれ。ここまで言われて逃げるわけにはいかないだろ>

 手綱を通して、ルーランが話しかけてきた。

「だが……」

<それに、こういう状況で断るほうがあとあと問題になるんじゃねーの>

「…………」
 
<心配しなくても、俺は負けないよ>

「そ、そういう心配ではなくてだな……」

 リィが言うと、ルーランは小さく笑う。

<そ。俺は勝つよ。だから問題ないだろ>

「…………お前、わかっていて言っているだろう?」

<ん?>

「わたしが心配しているのは勝敗じゃない。お前が——」

 しかし、リィのその言葉は最後まで言えなかった。
 あっと思ったときには、ルーランの姿は人のそれに変わっていたためだ。

「うわっ!」

 跨っていたはずのものが不意に消え、リィの身体は宙に浮く。つい先日も感じた浮遊感。けれど今回も地に落ちることはなかった。
 ルーランの腕の中に、彼の胸の中にしっかと抱きしめられたから。

「ル、ル、ルルル、ルーラン!」

 しかし今回は、前とは事情が違った。
 人前だ。大勢の人前だ。それも王をはじめとした高位高官の貴族たち、そして騎士たちの前なのだ。にも拘らずルーランは全裸で——何も纏っていない自らの身体を僅かに隠すこともなく、むしろ誇るようにしてリィを抱えて立っている。
 この上なく端正でありながら、いつものような不遜な——周り全てを馬鹿にしているような顔で。
 抱かれているリィの方が、どんな顔をすればいいのかわからず慌ててしまう。
 宴席の方からのざわめきが一層大きくなるのが聞こえる。
 庭はもう暗くなっているとはいえ、灯りはあちこちにある。今の自分とルーランとの様子は、皆からいったいどんなふうに見えているのか……。
 気になるものの、それを確かめる勇気がない。
 恥ずかしさに泣きたい思いでいると、

「……悪い」

 珍しく殊勝なルーランの声がした。
 ふっと見ると、彼は心から申し訳なさそうな、困ったような顔を見せていた。
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