前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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60 宴(5) 騎士、そして騎士

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「っ…………」

 伸ばしかけていた手が、宙を泳ぐ。
 それは、まるで今の自分のやり場のない想いや、不安定な立場を思い知らされるようで、酷く惨めに思える。と同時に——自分に触れられることを嫌がった白羽に対して、もやもやとした怒りのような穏やかではない気持ちがこみ上げてくる。

(なんなのだ……)

 そもそもは、この騏驥が王の命令に大人しく従っていれば自分もこれほど悩まされなかったものを……。
 先刻までの苦悩を思い出し、レイゾンが顔を顰めたとき。

「レイ=ジン、そなたの忠なる心、よくわかった。その気持ち、嬉しく思うぞ」

 王の、抑えようとしても抑えきれない興奮と喜びに満ちた声がした。

「確かに騏驥にとって剣技の腕前もまた日々の鍛錬の成果。それを披露したいというなら止める道理もない。存分に見せてみよ」

 にこにこと頬を緩ませて言うと、注がれていた酒を機嫌よく飲み干す。そしてぐるりと辺りを見回して言った。

「では……と……相手はどうするかの。騏驥同士の方が面白かろうが……」

 そして一点にふっと目を止めると、面白そうに眼を細めて続けた。

「シィン、そなたの騏驥はどうだ。わざわざ城の外から迎えるほどの騏驥ならば、剣の腕も相当のものなのだろう? たびたびその騏驥の自慢をしていることはわたしの耳にも届いているぞ。この機会にレイ=ジンと立ち合ってみてはどうだ。レイ=ジンならお互い手加減することもあるまい」

 まるで挑発するような口調だ。レイゾンは聞いていてあまりいい気分はしなかったが、さっきといい、王は王子に対していつもこんな感じなのだろうか……。
 しかしシィンがそれに答えるより早く、

「そのことですが——陛下」

 GDが口を開いた。
 傍らのレイ=ジンは既に立ち上がり、上衣を脱いで動きやすい格好になっている。
 その麗しくも凛々しい姿に目を細める王に向け、GDは続ける。

「我が騏驥レイ=ジン、殿下の騏驥と腕を競いたい気持ちも大いにあるようですが、かの騏驥と立ち合う機会は、また後々もございましょう。陛下のご意向をもって、せっかく五騎が集った今回ならば、この場ならではの騏驥と立ち合いたいと申しております」

「お……おお。なるほど……左様か」

「はい。ですので、是非ツァイファン殿の騏驥か、リィ殿の騏驥と手合わせ致したいところなのですが……。あいにくツァイファン殿と彼の騏驥は、王都に着いてほどなくこの宴にいらしたとか。お疲れのところお相手していただくのは忍びなく……。陛下のお許しがあれば、ぜひリィ殿の騏驥と立ち合いたいと思っております」

 周囲から、おおっと声がこぼれた。
 GDは微笑んで王を見つめ、レイ=ジンはもうその気で鋭く庭を見つめている。
 庭——そこにいる、もう一頭の騏驥を。今は馬の姿で騎士を背にして佇む、その騏驥を。

 宴の席は俄かにざわつき始める。まさか緑の騏驥を指名するとは思っていなかったのだろう。あの騏驥が危険だということは、騎士たちの間では当然のことのように、それ以外でも騏驥を知る者たちには殆ど余さず広まっている。
 だが同時に、そんな騏驥がどれほどの強さなのか、みな興味があるのだろう。静かに、しかし確実に辺りの期待が高まっているのがわかる。
 
 育成施設での訓練や自主的な鍛錬以外で、騏驥同士で立ち合うことなどないだろう。
 しかも、王さえもが気にする黒い騏驥と、最強で最悪の騏驥と言われる緑だ。
 五変騎が揃うこと自体この宴がなければ叶わなかったかもしれないし、今後見られることもないかもしれない。
 ならば、見てみたい。
 ——そんな、周囲の客たちからの期待が伝わってくるのだ。
 
 レイゾンもまた、興味を引かれた一人だった。
 リィはどう応えるだろうか、早くGDとその騏驥の呼びかけに応じないだろうかと、庭のリィと彼の騏驥をついつい見てしまう。
 白羽のことを考えたくなかったからかもしれない。
 彼を気にすると、彼を見ると、先刻拒絶されたことを思い出してしまう。悔しさを思い出してしまう。それから逃げるかのように、レイゾンは首を長くして次の展開を待つ。
 本当は——振り返りたかった。振り返って白羽の様子を確かめたかった。
 けれど、また避けられたらと思うとどうしても振り向けず、レイゾンは庭の騏驥を見つめ続けた。



◇ ◇ ◇



 なんだか妙なことになっている……。

 リィはルーランの背の上で困惑していた。
 
 この宴に招待されてからというもの、リィはずっと自身の騏驥の扱いについて悩んでいた。王からの招待である以上、参城しないわけにはいかない。それも、命じられた通り騏驥を連れて行かなければならないだろうことは承知していた。
 しかし。

 しかし——である。

 こんな無作法な騏驥を宴に同席させれば混乱を引き起こしかねない可能性が高く、そうなれば、良くて後々まで笑いものになり、悪ければ処分しろと言い渡される可能性もある。それが懸案事項だったのである。
 当然、最悪の事態になる前になんとかするつもりではあるが、「いつ揉め事を起こすか」とハラハラしながら宴を過ごすのかと思うと頭が痛かった。

 奇跡的に大人しくしている可能性もあるし、だとすれば自身の騏驥の素晴らしさを皆に知らしめたい気持ちもあるが、そんな奇跡に賭ける気はリィにはなかった。
 なにしろ、ルーラン自体が「そんな宴に出るのはめんどくさい」という態度を露わにしていたのだ。
 ただでさえじっとしているのが嫌いな彼が、「やりたくないこと」に半ば無理やり参加させられて大人しくしているわけがない……。
 ——というのがリィの予想で、そのため、どうすれば穏便にルーランを宴に参加させられるかというのがここ数日のリィの最大の悩みだったのである。

 そして今日。
 ルーランには煩いほど「大人しくしていろ」と言い含めて彼を伴い登城したのが、お昼過ぎ。本当はギリギリまで連れて来たくなかったのだが、時間ギリギリになればなったで彼が「やっぱり行きたくない」とゴネて遅刻してしまう危険性を考慮して、少し早めに城に着くようにしたのだ。
 彼だって自分の立場はわかっているはずだ。今日の自分の役目はわかっているはずだ。人目のある城内で、無闇矢鱈とリィの気を揉ませるようなふるまいはしないだろう——と考えて。
(しかも宴のためにと千歳緑の衣を誂えた。深みのある色味のそれは彼にとても似合っていて、誰に見せても恥ずかしくない格好をさせたと思っていた……のだが)

 しかし結果から言うと、リィのその期待は予定通り(?)に破られた。

 城へ登ったのち、リィは騎士のための控室で、ルーランは騏驥のための控室で宴の開始まで待つことになっていたのだが、別れてほどなく「迎えに来てください」と報せを受けたのだった。
 同じく控室にいたレイ=ジンや様子を見に来たダンジァと揉めてそこに居られなくなったらしい(つまり対応できませんと匙を投げられたのだ)。
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