前王の白き未亡人【本編完結】

有泉

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58 宴(3)

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 しかし——それにしても。

(美しいな)

 レイゾンはいつしかじっと白羽を見やりながら思った。
 隣にはレイ=ジンがいる。一番美しいといわれる騏驥が。それでもレイゾンの眼には白羽の方が美しく見える。
 今夜のためにと彼に贈った衣装は、最初に会ったときに彼が纏っていたものを思い出してそれを基にしつつ「王から招待された宴」「けれど規模は大きくない」「他にも五変騎が並ぶ」「そういう場に相応しいものを」と職人に指示して造らせたものだ。細かい指示だったからか、職人には苦笑されたが、似合っている……と思う。
 彼にはやはり白が似合う。
 知らず知らずに見とれながらそう思っていると、

「それにしても驚きました」

 今度は反対側から声がした。
 ツァイファンだ。
 彼もまた、今夜初めて会った騎士だ。
 普段は王都から遠い辺境の領地に居を構えているという。確か、王の身内だとか何とかだとか。
 まだ若そうだが、五変騎の一頭を従えているぐらいだから、彼も優れた騎士なのだろう。まあ確かに王家の一端に名を連ねるなら、血統はご立派なはずだ。
 そのため……ではないだろうが、彼もまたさっきまで他の客たちから何度も酒を注がれていた。同じ騎士でも通り一遍の挨拶を交わすことしかなかったレイゾンとは違い、彼は賓客というわけだ。
 見た目は(失礼ながら)リィやシィン、GDといった他の騎士たちに比べればあまりぱっとしないものの、金色の髪は優雅で、全体的に品よく柔和な雰囲気だ。身なりは、金の騏驥の騎士である立場通り一際豪華。そんなツァイファンは、若者らしい屈託のない声音で言う。

「急にこんな宴を催すなんて。こんなことは初めてです。わたしたちですら驚いたくらいですから、レイゾン殿は尚更だったのでは?」

「ぁ……ああ、まあ……」

「まあ、わたしとしては陛下のご相伴に預かる形で他の四騎の騏驥を見られるのは嬉しいことですが……」

 言うと、彼は騎士たちの背後に座っている騏驥を、そしてシィンの傍らに控える騏驥を、さらには庭へ目を向けて言う。

「騏驥がお好き、なのだな」

 レイゾンが言うと、ツァイファンはふっと目を細めた。

「興味深い生き物ですからね。レイゾン殿もお好きでは? 一部の騎士は名ばかりであまり騎乗していないようですが……五変騎の騎士は違うでしょう」

「それは、まあ」

「レイゾン殿の白い騏驥もとても美しい。馬の姿でも、きっと格別なのでしょうね」

「…………」

 本音なのかそれが礼儀なのかはわからないが、ツァイファンは手放しで白羽を褒めてくれる。だがレイゾンはその言葉に上手く返事ができない。
 美しいのは認めるし純然たる事実だと思うが、そんな風に言われても”自分の騏驥”が褒められているという実感がないのだ。白羽は自分の騏驥だという自信、確信がない——そう言い換えてもいいかもしれない。
 白羽は今、レイゾンの騏驥としてここにいる。周りはそう思っている。けれど当のレイゾンだけが、そう思えていない。そして多分……いや、きっと白羽も。
 レイゾンはもう一度振り返って白羽の様子を見ようかと考える。さっき見た彼は、とても静かで、そして浮かない顔だった。こうした席が苦手なら、気遣った方がいいのではないだろうか。
 いや、でも……。
 
 レイゾンが迷っていると——

「——みな、楽しんでいるようだな」

 そのとき、向かいから声が届いた。
 向かい。——国王陛下からだ。

 レイゾンは慌てて正面に向き直る。隣のツァイファンが「おかげさまで」と微笑みながら声を返した。

「陛下のおかげをもちまして、美食、美酒に加えて滅多に見ぬ騏驥たちをこの目にでき、とても有意義なひとときを過ごせております」

 続く言葉もそつがない。
 凄いな、と傍らのレイゾンは感心する。王も満足そうに頷いては、注がれる酒を上機嫌で飲んでいる。五騎の騏驥を揃えられたこの宴に満足しているのだろう。
 と——。
 
「——レイゾン」

 次はいきなりレイゾンに向けて声がかかった。
 名指しで声をかけられて、思わず慄いてしまう。緊張で硬くなる身体を無理やり動かすようにして王を見つめ、次の言葉を待つ。すると、笑みとともに声が続いた。

「久しぶりだが、元気にしていたか。王都暮らしはどうだ」

「はい。その……つつがなく……。まだまだ色々と慣れぬ点もありますが……」

「そうか。過ごしているうちにそのうち落ち着こう。白羽とは上手くやっておるのか」

「は…………そちらも徐々に……」

 緊張して、上手く口が回らない。と、助けてくれるかのようにツァイファンが「今もその話をいたしておりました」と王に応じた。

「滅多に見ない美しい騏驥だと、レイゾン殿と白い騏驥の話をしておりました。今日の衣装もレイゾン殿の見立てでは?」

 そして巧みにレイゾンにも話を向けてくる。

「ああ……まあ……」

 頷くと、

「やはり! ——陛下、かようにレイゾン殿と白い騏驥とは上手くやっているようでございます。白羽をレイゾン殿に賜った陛下のご慧眼でございますね」

「…………」

 レイゾンは感心していた。いつもなら貴族のペラペラよく回る舌を煩く忌まわしく思っていたが、今はそれに救われている気さえする。
 騎士という立場であっても、自分が王と直接話すのはまだハードルが高い。
 レイゾンは、王が早く他の誰かと話してくれないかと期待する。が、次に聞こえてきたのは予想もしていない言葉だった。

「ほう。さきほどはよく見なかったが、それほど美しいなら改めて見たいものだ。レイゾン、白羽にもう少し前へ出るよう伝えよ。それでは姿が見えぬ」

「…………」

 刹那、背後でびく、と白羽が震えた気配がする。レイゾンがそっと振り向くと、白羽はますます俯いている。耐えるようにぎゅっと衣を握りしめた指先は震えて白い。
 迷ったものの、レイゾンは「こちらへ」と白羽を呼んだ。王にそう言われて、隠しておくわけにはいかないだろう。
 彼の騏驥は、おずおずとレイゾンの側へ並ぶように——しかしやや後ろに控えるように座りなおす。

「なるほど」

 ややあって、王が声を零した。
 
「確かに美しいな。兄上が寵愛なさっただけのことはある。——そう思わぬか」

 王は酔ったような弾んだ声で続けると、最後の一言は周囲の他の客たちに向けて言う。この場に居るということは王に親しい騎士や高官たちなのだろう。ツァイファン以上に王に阿るように口々に「そうですな」「いやまったく」と応える。
 それで機嫌を良くしたのだろう。王は杯になみなみと注がれていた酒を一気に飲み干す。そして言った。

「兄上は白羽をことのほか愛されていた。騏驥となる前から城に住まわせ、片時も離さぬ溺愛ぶりでな……。そんな白羽がまさか騏驥となるとは思わなかったが、これもまた奇妙な縁であることだ」
  
「…………」

 どう……反応すればいいのかわからない。
 レイゾンはさっと周囲を見回す。客たちは王の言葉にいちいち頷いている。
 リィはルーランの鞍上で訝しそうな表情を浮かべてちらちらとこちらを気にしている。GDは無表情、ツァイファンは苦笑気味だ。そしてシィンは……眉を寄せている。
 傍らの白羽は、ますますきつく衣を握り締めている。前王を思い出しているのだろうか? そう想像した途端、レイゾンの胸が軋むように痛む。
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